第6話 眠りから目覚めた悪魔の因子

 城壁にいるレガに、試練は終了したと伝えて無かったが、あのディリオスを知っているレガは、すぐに気づいた。昔のあの頃のように、近づく者全てを敵視する、同一人物とは思えない程の、実弟と闘う時にだけ発する、恐ろしい彼の中に共存する悪魔が目覚めた力を、昔よりも遥かに強い悪魔の目覚めを感じた。


対峙するストリオスは、恐ろしさのあまり攻撃を仕掛けた。全力で孔雀が羽を広げるように、数百枚はあるカードを出して、変貌したディリオスに向けて放った。カードは触れた瞬間に、地面へ落ちていった。カードが無力だと知った彼は、ジョーカーに残り全てのカードを打ち込み、ジョーカーを強化させた。突進させて、我が身を退いた。


突進して来るジョーカーに対して、彼は無防備に突っ込んだ。ジョーカーの鎌の射程に入っても彼は進み続けた。ジョーカーが鎌を振った、彼はそれに対して、俊足を一瞬だけ使ってジョーカーの懐に入って、右腕を鎌の持ち手に、繰り出した。拳はすり抜けた、彼はそのまま本体であるストリオスに、狙いを定めて突き進んだ。


ストリオスは彼が来た瞬間に、指を鳴らして、ジョーカーと自分の位置を入れ変えた。ディリオスは、そのままジョーカーに攻撃を仕掛けた。拳はすり抜け、蹴りも空をきり、血も傷もつかないジョーカーに対して、攻撃力を高めつつ攻撃し続けた。


それとは逆にジョーカーは一切攻撃しようとせず、唯々ただただ攻撃は素通りのままディリオスは攻撃の手を緩める事無く、攻め立てた。地面は削られ、それらの小石や土が掘り返されて行く中、只管攻撃していった。


暫くして、ストリオスの顔色が青く染まっていった。そしてディリオスが攻め立てている場所に、同時に傷を負うようになってきた。ディリオスは彼を見る事は無かったが、まるで別人のように、悪魔や天使と闘う時のような形相で暴れていた。


 レガはミーシャを連れてセシリアも、もしもの時のために一緒に連れてきた。

それを目にしたブライアンやアツキ、サツキは、ミーシャに毎日会うように、レガが言っていた事を思い出した。強すぎるが故、そして弱すぎるが故に、その力は時折、発動していた。それを知るのはレガ一人だった。


実弟であるコシローに対して、普通に闘えないと悟ったディリオスは、実弟に対して普通に闘えば殺されると何度も覚悟した事があった。普通の自分では殺されると感じた彼は、実弟を対象にと定めていたが、世の中が繋がりを見せた事と同時に、悪魔的な強さを持つ本来なら実弟にしか切り替える事の無い、全エネルギーを吐き出す完全な攻勢モードを作り上げていた。


ストリオスがいくら強くあっても、発動するはずの無いモードであった。だが、現実に発動した。「サツキ! アツキ! お前たちは天魔の動向を探れ!」


「わかりました!」二人は危険の及ばない場所に移動して、すぐに天魔の動きや会話を探った。サツキにアメリアは近づいて背中に触れた。「少ししか送れないけど、使ってください」稽古後でエネルギーが足りないだろうと感じて、アメリアはサツキにエネルギーを送った。


「ありがとう。アメリア。もう大丈夫よ」

「再び大規模な激闘が始まってるらしい。五位の悪魔が、ヴァンベルグを居城にしている。六位の天使軍団はヴァンベルグに攻め込むようだ」


「そうみたいね。確かに全ての六位の天使軍団で攻めるみたいだけど、五位の悪魔の居城に攻めても勝機はあるの?」


「会話的には言葉数は少ないが、すでに勝った後の事を相談している。どうやって勝つのかは話には出てきてない。既に作戦を立てた後のようだ」


「どちらにしても、すぐに結果は出そうね。ヴァンベルグの居城近くまで、天使は向かっているわ」


「そうだな。第六位の指揮官はウルフェルって奴らしい。特殊能力を使って戦うようだ。第五位の悪魔は動揺しているな。弱いのに何故攻めてくるのか、理解できない

ようだ」


「でも助かったわ。今のディリオス様だと反応を見せてもおかしくないもの。闘っている時は、他への注意が逸れやすいのが、良かったわ」


「俺が思念でレガ様に報告しておくよ」

「ええ、任せたわ」



「わかった。アツキとサツキは、そのままヴァンベルグの様子を見ていてくれ」


 ミーシャはディリオスの変貌ぶりに驚いていた。驚いてはいたが、彼女は恐れる様子も見せずに近寄った。そして彼に触れた。まるで獰猛な獣が、主にだけは従順なように、彼は大人しくなった。

「何があったの?」

「ミーシャか……ありがとう、助かったよ」


「何者かは分からないが、まるで強い力に、引きずり込まれるように脅された。イストリアを滅ぼすと言われた。おそらく悪魔の指揮官だ。脅された時に、心の隙間から幻視をかけられたんだろう」


「何を見せられたの?」


「俺には実弟がいる。こんな世界になる前から俺とコシローとは仲が悪い。俺の世界は複雑極まっていたことは、ミーシャも知ってるだろう。俺のどうしようもない二人の親は、俺は親の代理という名目で、ミーシャの誕生日や、他への親善で、色々な場所に派遣された。それにより俺の名声が高まって、邪魔な存在になった」


「お話しておくべきでしょう。貴方様に、非は一切ないことです」

レガが口添えをした。


「俺と奴は何度となく、つまらない理由が元で、何度も殺し合いをさせられた。俺の親にとって俺たちは、どちらも邪魔でしかなくなって、俺たちはどちらも、強さの点では互角だった。俺たちに戦わせて、二人が弱った時に処分しようとしていた。コシローはあまり頭は良くない。だが、俺は幼い頃から殺されそうになったり、俺に味方する仲間は皆、殺されていった。レガやアツキやサツキに手を出せば、俺の逆鱗に触れると考え、三人には手出ししなかった」


「俺はあの悪魔のような親の思い通りにならないように、奴と闘う時には、本気では戦わなかった。だが、奴は本気できていた。争う度に、体の骨を折られた。そして奴はこの世界になる前から、獰猛な奴だった。俺の腕や頭など、噛まれて血を流すほど歯が食い込んでいた」


「レガに言われるまで俺も気づかなかったが、俺の意識は極希でしかなかったが、奴の悪魔的なものに、影響されたのかどうかもわからないが、自分が自分じゃなくなる事が起こるようになった。もう何年もそれが出ることは無かった」


「弟のコシローはあの火の球で死んだんじゃないの?!」

「いや、俺にはわかる。奴は生きてる。そしてとんでもなく強くなっている」


「俺は一族を抜ける時に、忠告はした。だが、戯言のようにあしらわれた。年越しの日だった。多くの部族がきていた。ヨルグとマーサも来ていた。俺はそれとなくヨルグとマーサを連れ出して、エルドール王国に行った」


「奴は世界を敵にまわすつもりだ。それだけの強さもある。それよりもミーシャのおかげで助かった。レガ、お前はこれを懸念していたから、ミーシャに毎日会うように言ったんだな」


「そうです。それにイストリアは貴方を拒否しません。それどころか貴賓として扱ってくれます。我々の主である貴方様とミーシャ様も、近い将来ご結婚します。貴方様にとってミーシャ様だけが、生き甲斐で命を懸けてこの国を守るでしょう。我々もこの国を守りたいと思っています」


「そうだな。俺はミーシャとお前に助けられたが、奴はひとりだ。俺が新たに防御の工夫はしたが、奴は隠れもせず、来るのなら真正面から来るだろう。通常でも正気を失っているような奴が、凶暴化したかもしれないと考えると、恐ろしい」


「ディリオスの弟にも何かあって変わったの?」


「俺が知る限りではひとつだけある。奴には俺のように、仲間はいなかった。悪意ある連中に騙された。俺はそいつらがどんな奴らか、知っていたから忠告はしたが、弟は聞く気も無かった。結局、騙されて不味い状態になった。うちの親は世間体を気にして、助けなければならない時に、全ての真実を封印した。あの頃から奴は更に悪魔じみてきた。そして奴の存在自体、幻になっていった。同じ場所で暮らしてはいたが、その件以来会ってない」


「さっき、ミーシャが触れてきてくれて、俺は正気を取り戻した。心では葛藤している自分には気づいていた。相手がストリオスで助かった。あと少し遅かったら、殺していた」


「先ほどの戦いで、私の能力がバレたのですか?」

ストリオスが驚いた顏をして尋ねてきた。


「ああ。俺だけはわかった。他の者でわかった者はいないはずだ」

「私は今まで戦った相手に、能力がバレたことはありません」


「それも知っている。俺相手に余裕を見せていたから、今まで誰にもバレてないからこその自信が、あるのだと思った。悪いが俺は並みじゃない」


「皆にバレてもいいので、私の能力の弱点を教えて頂けますでしょうか?」


「まず、ジョーカーはランダムで出る。いつジョーカーを引けるかは、術者であるお前にもわからない。相手に威圧を懸ける為、そしてジョーカーを引き当てるまでは、戦う事を避けたことだ。時間稼ぎをしているのは、明らかだった。俺が近づいても、一枚しか投げて来なかった。上手く戦うには布石を置かねばならない。そしてジョーカーを引いたらすぐに行動に移した」


ストリオスは見破られている事に、冷たい汗を感じた。


「一番の問題は、全てのカードを、ジョーカーに入れたことだ。つまりは無敵ではない、エネルギー消耗型だとすぐに分かった。数十の拳で攻撃したが、一切動揺はしてない事から、こっちが先に力尽きるのだろうと思った。何故なら隙を見せても一切、ジョーカーは攻撃しようとしてこなかった。おそらく、ダメージの総量的に、予想よりも俺の攻撃が強かったから、ジョーカーで攻撃するには、それなりにエネルギーを消費するのだと理解した。あとは指で鳴らすだけで、位置を入れ替える能力を使った事だ。ここまで話せば十分バレていたことは分かるだろう?」


「自信過剰だが、まだまだ先は遠い。勝負自体に勝つのなら楽勝すぎたから、付き合っただけだ。ジョーカーと入れ変わる前に、気絶させる事は容易だからな」


「完敗です。正直言って、気持ちが良いほどの完全敗北です」


「鍛錬あるのみだ。ブライアンもサツキも行って来ていいぞ」


「わかりました。行ってきます。アツキも行ってこい」


「一応ヴァンベルグに動きがあったら伝えてくれ」


「他の者も行ってこい。まだ俺には程遠い事を実感できただろう」


「クローディアには話があるから残ってくれ。他は皆行ってこい」


皆は、アツキたちを追いかけて行った。


「強さの壁に当たってるはずだ。ミーシャのお気に入りだし、強くなるコツを色々と教えておこうと思って、残って貰った」


「ねぇ? ディリオス。ここで見ててもいい?」

「勿論。終わるまでちょっと時間かかるが、待っててくれるなら一緒に戻ろう」

「お姉さん。がんばって!」


「体術はおそらくベガル平原出身だから、苦手だろう。となると中距離か長距離ということになる。主な狩りは弓と剣どっちが使っていた?」

クローディアは迷っていた。


「その剣で、ちょっとかかってきてくれ。本気でな。手抜きは時間の無駄使いでしかない」彼女は頷いて、剣を抜いた。


数十手の攻撃後「悪くはないな、体術は苦手なのか?」



「まだ教わってないので、何とも言えません」

「体術は基本的に教わるものじゃない。俺が走らせているのは、準備運動だ。あと体力をつける意味でもある。戦いとはひとつじゃない。誘導もひとつの手だ。簡単な話、弓の扱いに慣れれば、それを布石として接近から攻撃などに使える。但し、何度も使えるものじゃない。布石にするなら、ひとりの相手に一、二回だな」



「いいか。一回目の布石を二回目でも活かせるように、戦闘中に戦いながら選択していくのが強い者の証拠でもある。この壁を突破している者は、実際は少ない。皆、最初の手が失敗に終わると、一瞬思考能力が止まりやすい。それは隙にしかならない。次手や一手目が失敗した時の事を考慮しつつ、戦闘中にそれらの全てを、考えられるようになるんだ。闘いとはそういうものだ」


「自分を偽って死ぬのは最も愚か者だ。信念を貫いて負けるのは仕方ない。生きるも死ぬも、全ては自分の選択によって変わる。体術も少し教えておこう。ミーシャが許してくれるなら、毎日三十分程度なら稽古してやる」


「見ててもいいならいいよ!」

「お許しがでたな。最初に覚えるのは剣との相性のいい型がいいな」


そこに座ってミーシャと見ててくれ。あと剣を貸してくれ。彼は彼女と入れ替わる時に、彼女の剣の柄に指を当てて抜き出した。


そして地面に手を当てて、人型の土偶を作り出した。


彼は色々と教えていった。基本狙ってくるのは致命傷だが、敢えて致命傷を狙うふりをして、体術で相手の膝などに蹴りを入れてから、態勢を崩して、手傷を負わせる方法など、基礎的だが役立つ事を教えていった。


「練習台として土偶を作っておいてやるから、無理せず地道にがんばれ」


彼が両手を地面に当てると間隔を空けて、五十体ほど作り出した。

「お前たちも使っていいからな」他の訓練をしている者たちへ向けて言った。


「ミーシャいつならいい? お昼ご飯の後かな? 二時にしようよ」

「じゃあ明日の二時にまた会おう。無理はしないことだ」


そういうと二人は消えて行った。

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