第5話 ディリオスの稽古

 ディリオスは皆を連れて、城門を潜り抜けて左にある訓練場を目指した。


彼はわりと大きめの木の前に立ち、手刀で表皮を打ち破り、そのまま皮層までを刀のように斬りつけた。そして回転から横蹴りを放ち、大きな木は倒れてきた。


彼は左に倒れゆく大木に対して、片手を添えて倒れるのを止めた。

そして、軽く撫でるように押した。巨木は再び揺れ動かなくなると、


ディリオスは鋭さを増した手刀で、一気に上まで枝を払っていった。そして頂上付近までいくと今度は逆側に生えている枝を、駆け落ちるように枝を切り落としていった。


そこから上空に飛び、不要な痩せた木を伐り、残りの木の枝を、巨木に対して絡むように全てを払いのけた。彼は倒れてくる木を片手で受け止めると、広々とした場所に落とした。


 かれらはそこで初めて気がついた。我々が座る為に用意した巨木なのだと、ディリオスはまるでカンナで削ったように、表面を平たく削りとった。

「即席な席だから、これくらいでいいだろう、皆そこに座って聞け」


「俺は罠三つ張っていた。一つ目でつまずいたはずだ。あの薄い板がそうだ。一番最善の突破方法は何だった? 考えたものを教えてみろ」


サツキの目をみて、分かった。最初の罠から突破する方法で、つまずいた事を。


「いいか。能力者の強みは能力にある。しかし、柔軟さに欠ければ、ハッキリ言って雑魚だ。自分の能力を完璧に把握してないと、楽勝な戦いが苦戦に変わる」


「まず最初の薄い板だ。割れれば当然音が出る。問題は音をどう殺して進むかにあった。俺ならここでアンナ・ランバートを使う。音がならない限り、基本的に守備隊は中間から遠方に目を向ける。近場に敵がいるとは思わない。当然だが、ネイサン・バルスを主軸にしてまずは近づく、ここですでに勝利は確定していた。エヴァンの能力である印は、イストリア城塞の中にあるからな」


皆が納得した表情で、ディリオスを見ていた。


「いいか。いつでもそうだが、お前たちは頭が固すぎる。だから苦戦する。レガが負けた敗因も同様だ。自分よりも勝る敵と、戦わなければならなくなる。逃げる事も出来ない場合もある。そこで混乱するか、勝機を見出すかだ」


「そして時には敵の罠を利用することも重要だ。罠が発動すれば、多数の者は対応する。その隙をついてやればいい。ブライアンなら城壁まで飛んで、一瞬で守備兵を気絶させて戻る事も可能だ。これだけの人数がいれば何とかなる」


「闘いとは単純ではない。単純にやれば倒される。その為に必要なのが柔軟性、分析能力、決断力等色々あるが、当面の間、個人で戦うことは無い。何故なら簡単に身につくものではないからだ」


「現実で言うと、サツキとアツキは俺の戦い方を、能力に柔軟性を持たせて能力の開花に成功させた。本気で強く願う事により、二人は開花を果たした。それと同じだ。

本気で取り組むことが、何よりも大事だ。日頃から自分の能力を、どういう風に活かせるかを、考える事を忘れるな」


「相手に合わせて稽古をこれからつけてやる。だいたいの強さは把握している。まずはブライアンだ。強さだけで言うなら、この中で一番強いからだ。先に言っておくが、相当集中しないと、ブライアンの動きに目がついていけなくなるだろう。俺の姿は見えなくても仕方はないが、見ようとする気持ちは忘れるな。全く見えない場合は気配を探せ、慣れれば気配のほうが、正しい答えを出す」


「サツキ。高閣賢楼に行きたいのなら行ってもいいぞ。今日は混雑しているだろうがどの本も自分のためになるからな」


「いえ。今日はこちらに残させて頂きます」


「わかった。全員、俺を殺すつもりで来い。俺は武器は携帯せずに稽古に当たるが、お前たちは全員得意な武器などがあるなら、使いたいだけ使うといい。俺に躊躇ちゅうちょは必要ない。絶対に当たると思うな。当たらない」


意味深な言葉に一瞬皆、戸惑いを見せた。


仮に当たったとしても問題ない。俺は中位の上位に当たるような、自動結界が張られている。打ち破ればしばらくは再発動はしないらしい。だから打ち砕くためにも全力でこい」


「わかりました!」


「まずはブライアンからだな。久しぶりだが、前より強くなったのか?」


「大将! 俺は前とは比較にならないほど、俺は強くなった。強くなればなるほど、大将の強さにはビビるぜ。最初からぶっ放していく!」


ブライアンの強さは誰もが認めていた。好戦的で言葉には棘があるものの、言葉に見合う勇気と強さがあった。


ブライアンらしく真正面から、右の拳を打ち込んできた。

ディリオスは左手でそれ流して、カウンターにそのまま左手で裏拳を見舞った。

ブライアンもその裏拳では微動だにせず、受けた。ディリオスは素早く回転して、右肘をがら空きの横腹に入れた。


そして既に、ブライアンの顔面から回転時に引き戻していた。左拳で右肘を入れた脇腹に一瞬に五発入れた。ブライアンが苦悶の表情を見せた。ディリオスはそのまま正面から進みながら、左手を前に出して顔面に向けて、手を差し出した。


それは何の威力も無いが、一瞬視界をさえぎる為に、漆黒の男は手を出しただけだった。他の鍛錬をしていた者たちも、彼らの稽古をずっと見ていた。音の無い静寂の世界の中で、一瞬だけ背後から音がした。ブライアンは目で捉えるよりも速く、十発以上の拳を入れた。


しかし、誰もいなかった。ブライアンは気づいたが、一撃での勝負しかないと、空から迫る影に対して、拳を自分の影と重なる刹那の時に、上空へ全力で打ち込んだ。


彼は高速回転からブライアンが気づいた事を知り、回転したままブライアンへの攻撃は止めて、そのまま彼の懐深くに落ちると、がら空きの胸と腹に対して、ブライアンが吹き飛ぶまで強い拳を打ち込みまくった。彼の正面全てに対して、一撃一撃が目で見えないくらいの速度で重い拳を入れていった。


ブライアンがその威力で浮き出した。足で踏ん張る事が出来ない程までに、力の限界が、拳の音が更に速度を増していき、彼は左の足で股関節を強く蹴りつけた。ブライアンが態勢を崩したと同時に、彼は左膝を落ちてくる顎にそれを見舞った。そして彼は、そのまま前のめりに落ちた。


すぐにアツキが生きてるかどうかを確認した。

「大丈夫だ、アツキ。そいつは並みじゃない」

その言葉通り、普通なら死んでいてもおかしくないのに、彼は生きていた。


少しして意識を取り戻したが、動けなかった。そして声を出した。

「大将……俺は……俺はどうだ? 強くなったか?」

「俺が強くなりすぎただけだ。気にするな。お前は資質は高い、今度は強くなるための稽古をしてやる。とりあえず休め」


「他の奴の戦いを見たい」

「椅子を持ってきてやる」

「有難い。あと水もほしい」

「すぐに持ってくるから待ってろ」


ディリオスは壁を普通に登っていった。そして何処かの部屋に入っていった。

そしてすぐに水が彼の元へ飛んできた。椅子も汚いが頑丈な椅子を送った。


「さて、次は誰にする。俺のほうでちゃんと強さは見抜いてやるから大丈夫だ。こいつとは前にも敵として戦ったし、性格的にも本気出来て欲しいと懇願するから、やっただけだ」


サツキが立ち上がった。

「よろしくお願いします」

「言葉は必要ない。いつでもきていい。武器も同様だ。その腰の黒刀はお飾りじゃないだろ?」

彼女は黒刀を抜いた。


「こい。全力でくるんだ」

彼女は長椅子から直接飛び掛かった。彼は左利きのほうの二指を使って、刀の相手をした。

「それじゃダメだ! 本気を出せ、躊躇いは剣先を鈍くする。俺との力量の差は天と地ほどある。それにそこにいるアメリアは治癒系の能力者だ。この状況で本気が出せないのは全く意味を成さない」


刀に力が増した。眼光も鋭くなり、ようやく理解したかと彼は思った。

稽古自体あまりしていない為、限界はすぐに来た。

「筋は悪くない。時間がある時にまた稽古しよう」

「はい……よろしくお願いします」彼女は息も絶え絶え言葉を口にした。


「ストリオスは俺の御庭番衆にいたんだよな」

「評価も悪くない。攻撃系能力者か。それは愉しみだ。存分に使ってくれ」

「ではお言葉に甘えて」


言葉と同時に目に力が宿った。彼の両手から、カードが絶え間なく溢れ出した。

しかし、攻撃には来ず、自分の“蝙蝠の舞”のように、彼を取り巻くようにカードは出ていた。(何だ? 誘発型か? まあ試してみるか)そう思うとディリオスは攻撃を仕掛けた。


 ディリオスが攻勢に出ると、カードを飛ばしてきた。彼はそれを二指で受け止めた。非常に硬質化されていた。鉄よりも鋭いほどのカードだった。身体エネルギーで硬質化させて、精神エネルギーで作り出すタイプだと分かった。しかも相当、鍛錬しないと不可能なほど、カードは彼を取り巻いていた。(まだ俺が知らないだけで戦力になる者は多いのかと思った。俺のように手から離れたら、操る事はできないようだな)


 彼は攻勢しかないと確信した。カードを作り出す何かしらの意味を感じたからだった。現在もエネルギー消費させながら何かを待っている。しかし、対抗手段は他にもあった。しかしそれには布石が必要だった。


ディリオスはストリオスに対して、最速で二つの対抗手段を思いついた。一つ目はバリアである結界は破壊されるが、気絶させるほどの威力で落とすか。


もうひとつの対抗手段は見る限りではカードは絶え間なく出ていた。それはつまりディリオスの能力を使えば一瞬で連鎖させて全てのカードを無力化するというものだった。


後者のほうが絶対に良い事は分かっていたが、攻撃しない限り相手が動きそうもなく、仮に攻勢に出た場合には繋がる事は確率的にも無に等しかった。


 何を企んでいるのかは分からないが、攻勢に出るしか道は無かった。

彼は正面から出来るだけ面積を狭める為、腕を胸元で交差させ、足も交差させてそのまま突っ込んだ。カードの力が結界に打ち勝ち、結界は消え去った。


ストリオスはすぐに後方へ下がろうとした。ディリオスはすぐに間合いを狭める為、彼を追った。彼は一枚のカードを素早く選ぶと、そのカードで自分の指先を切った。

そしてその血の付いたカードをディリオスに向けて飛ばした。


そのカード以外のカードを使って、ディリオスの左右にもカードを複数枚飛ばしてきた。そこまで自信があるならやってやると彼は思って、カードを先ほどと同様に指先で掴んだ。


ディリオスはカードを見た、ジョーカーのカードだった。彼はすぐにカードを燃やすべきだと理解はしたが、手段が無かった。彼は即座に全力で、ストリオスに向かって投げ返した。しかし、手遅れだった。カードからジョーカーが出て来てカードは消えた。


彼は力を込めた空弾を、数発撃ち込んだ。効かないと分かっていたが、ストリオスの反応を見る為だけに撃ち込んだ。自分がストリオスを全く見ていない仕草を見せながら、あらゆる闘いからの状況打破を彼の頭の中で巡り尽くしていた。


(カードを強化する身体エネルギーでジョーカーの強さが変わり、カードを作り出す精神エネルギーで、必ず出せる訳じゃなく、運頼りにジョーカーのカードが出るまで、時間稼ぎしていた。カードが完全に消えても、カードからの束縛から外れた事により力を増すタイプで己の血で何かしらの誓約を結んで対象者に攻撃を仕掛けるって所までは簡単に分かる。とりあえずジョーカーの相手をしてみるか)


ディリオスはジョーカーの持つ長柄の鎌に、注目していた。しかし、抑々そもそも実体があるのかも不明だった。仮に実体の無いタイプで、あの鎌が身体的に傷を負うものならいいが、そうではない精神的や四肢を制限する為だとしたら、相当厄介な事になる。時間には制限はあるだろうが、仕方ない少し本気になるしかないと、彼は思った。


 彼は構えを見せた。ブライアンは感じた。面倒な相手だから一気に片付けるつもりだと、彼だけはディリオスが本気を少しだけ出す事を、前もって感じ取った。彼の本気の恐ろしさを知っていたからだった。


自分に出した全力の攻撃とは違って、彼独特の、死が見えるような殺意ともまた違った、存在がこの世から消されていく、骨と肉が徐々に破れていく様を、自分で自分を見ている。それが何度も何度も、この世の中から消し去られるような、おぞましい感覚だった。


彼自身でそれを止める事は出来ず、両の親の醜い世界で生きた故に、生まれるものだった。この恐ろしさを止める事はミーシャだと最初に気づいたのはレガだった。ミーシャに会った後、彼のそういったものがいつもはあるのに、彼女と会った後は、徐々に消えていっていた。レガはそれを見抜き、なるべく毎日会うよう提案したのだった。


ブライアンと、高閣賢楼の智の番人だけは気づいていた。僅かずつではあるが、彼の強さと、智の番人の強さが、徐々に狭くなっている事を二人だけは知っていた。そして、今はアツキもサツキもエルドール王国で感じた、あの表現のしようもない、恐ろしさに止めどなく滴り落ちる、冷や汗をかいていた。


そして、ブライアンも同様に畏怖し、冷や汗が体から溢れ出てきていた。彼はアツキとサツキの様子も変だったため、かれらの元へ行って話しかけた。

「これはヤバいんじゃないか? アツキさんとサツキさんなら、わかるだろ?」


「分かってはいるが、どうしようもない。これは昔のディリオス様が、弟君と闘う時だけに見せていた。何故今出るのかは分からないが、逃げる準備はしておけ」

アツキは汗まみれになりながら言った。


辺りから音が消えた。


彼が目をつぶっているだけで、誰もが感じるほどの、畏怖の念を抱かせていた。



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