第2話 真の強さ

 朝が来た。ディリオスは、ミーシャが寝ている時だけ、頬にキスをしていた。彼は生い立ちから、口数も少なくなり、無言で過ごす日もあった。


最初、イストリア王国に来た時は、戸惑いを見せたほど愛とは無縁だった。ダグラス王にも歓迎され、ミーシャの生誕祭でリュシアンとも出会った。


昔の彼は人間は悪意ある生き物だとしか判断していなかった。僅かに慕ってくれる配下と、隣国の友ヨルグくらいしか話す機会もなかった。


だから人並以上に警戒心も強かったが、イストリア王国に身を置くようになってから、彼は人間らしく成長しようとしていた。ミーシャと一緒に寝るようになってから、頬にキスするのでも緊張した。


 このホワイトホルンで知らない人は居ない程までに勇名を轟かした男は、黒衣で身を固めてはいたが、褒められた事も無かった為照れ屋だった。反対に罵倒や刺客には慣れていた。


ミーシャにキスする為に、最近は一度早めに起きて、キスをしてまた寝ていた。普通の世界では生きて来なかった。だが、ようやく慣れてきていた。


ヨルグが死んだ時、ダグラス王から見て、必要以上に悲しんだのはそういう生い立ちがあったからだった。


皆が起きる朝がきた。ディリオスにとっては、二度目の朝だった。

ミーシャと共に朝食を食べて、彼女に触れているだけで、彼は幸せだった。


世界を守ろうとしているのは、ミーシャの為だと言っても間違いではないほど、彼は今、生きているこの世界が大切だった。


 彼は久々に体を動かす為、朝食後、ミーシャと色々話した後、鍛錬場に足を運んでいた。既に多くの人がいて驚いたが、周囲の者たちは彼以上に驚いていた。彼はギリギリまで彼女といた。大好きだったからだ。


彼は伝来の漆黒の身動きの取りやすい、薄手の服を着ていた。


久々に朝の香りをかぎながら、彼はゆっくりと演舞を始めた。

今日の闘いに活かせる為の彼独自の演舞であった。彼は目を閉じて、呼吸と風の動きで、何かを感じるように徒手での激演舞を舞っていた。


 相手は七百人いる、その中にはレガもいる。手抜きではなく、流れを止めずに次々に倒していかねばならないため、一撃を重くする演舞になるため、それも周囲に対応しなければならない。


両手両足を駆使して、いかねばならない。動きを止めれば一斉に攻められる。彼は瞼を閉じてから、一度も動きを止める事無く、徐々に速度を上げていった。


無駄な動きは一切なく、華麗に拳や蹴りや技を、途切れる事無く繋げていくのは、現実的には無理である。相手が避けた場合や、防御された場合や反撃された場合など、数多にある状況の中で最善で対応していかなければならない。


 彼が演舞を初めて二十分ほどたった。彼は閉じていた目を開いた。そして体に気合を入れた。それは周囲が気づくほどの気迫であった。彼は残り十分で最後の仕上げをしていった。


それは演舞では無く、実際に戦っているかの如く、力強さを感じ、高速で移動して、次々と敵を倒していっているかの様に見えた。消えた瞬間、正面奥に動かせずに置いていた岩石に縦拳を放った。


岩石は粉々になった。彼は一呼吸入れて、そのままその場を立ち去って行った。


そのまま城門をくぐり抜けて、城門前に出た。城門よりも離れた場所に、レガ率いる七百名が立っていた。


程よい広さのある場所で闘うには丁度良い場所だった。


レガの場所まで彼は歩みながら行った。途中でバタバタと倒れて行く中

男の前まで行った。「もう始まっておりますぞ」


「わかっている。だから排除した。そして一番の障害は先に潰そうと思ってここまで来た!!」最後の言葉と同時に彼は拳打を放った。


 レガは身を引いた。そしてディリオスが放った拳打は左右から来た者たちに右に流され、そしてすぐに左に流された。男は笑みが出た。流れを片方だけ、流されるだけでも再び構えを取るまでに時間はかかる、それを両方から流されたら完全に力が消えてしまう、上に隙だらけになってしまう。コンビネーションも完璧だ。


今、攻撃してこなかったのは、自信がある事への証であり、本気でこいという挑戦状だとディリオスは受け取った。


ディリオスの周囲に取り巻き出した。作戦的には、読み通りではあったが、これほどまで力をつけさせた事は予想外だった。ディリオスは更に予想外を見せてやると心底から思った。


 彼は予定通り行くことにした。但し、力を込めるエネルギーの量は相当高めて、手抜きはしないと決めた。彼のその意思は、非常に強い意志であったため、それなりに力量ある者たちは気づいて、思わず間合いをとった。


最初は驚いたが、そもそもが全員を先ほどの奴らほどまで鍛え上げるには、まだまだ時間は足りない。最初に印象付ける事で、全員がそうなのだと、思い込まされた事に気づいた。


レガもディリオスが頼りにするほど優秀ではあるが、ディリオスにいずれは見抜かれる事も、分かっていた。しかし、まだ気づかれてないと誤算していた。


 ディリオスは風のように周囲の取り巻きの中に入って、気づかれる前に力を込めた拳で気絶としていった。


流れが一瞬止まった、一気に加速して次々と気絶とされていくのを見て、本来ではまだ早いが、次の手でいくしかないと判断した。


元来のレガのシナリオでは、多少の体力を削っておいて、攻勢部隊で一気に畳みかける予定であった。彼は次の手の部隊への合図を出した。


周囲の者たちが少しづつ遠ざかっていき、正面から突っ込んでくる一人の男がいた。別段素早くも無く、身体エネルギーだけの戦いのはずなのにと、疑念を抱くほど弱い男が突っ込んできた。


周囲に気を張ったが、何も無かった。ディリオスは一度退いて見せ、どう動くのかを見ることにした。変わらず突っ込んできたので、高速からの回転回し蹴りを首に放った。しかし、倒れず足を取られた。希に見る防御タイプであった。


身体エネルギー系のブライアン程ではないが、希に身体エネルギー系でありながら、防御力だけが異常に高いタイプが居る事は知っていた。ガッチリと掴まれ、明らかに攻撃が得意そうな奴らが周囲から現れだした。


ディリオスはその掴まれている力を利用して、上半身をサッと上げて、顔面の顎に肘を打ち込んだ。ぐらついた事により有効だとわかり、そのまま逆の手で、間を置かずに、顎に平手打ちを見舞った。


解放されたディリオスは既に上空から来ている者に対して、逆立ちから、手で位置取りをしながら蹴りつけた。拳よりも遥かに強い足蹴りの威力で、吹き飛んでいった。


おおよその強さを知ったディリオスは、攻勢に転じた。エネルギーの多くを足に集めて高速で一気に間合いをレガまで詰めた。何人もの者たちが一気に振り返った。


皆、数で安心し、エネルギーを体中に分散していた。いつもの様に黒衣も着ていなかった為、風を受けることも無く、通常よりも異常に速かった。


レガとディリオスの間に配備していたのは、精鋭だったが、信じ難いほどの速度で、目で後から追うのが精一杯だった。


拳にエネルギーを流し込み、邪魔が入る前に、非常に強力な拳激を放った。


レガは両手を重ねて、威力に耐えうる以上のエネルギーを流し込み、攻撃にも変化できる万能的な構えを取った。


二段、三段と防衛線を張っていた、かれらが追いつけない速度で移動して、レガとディリオスはぶつかり合った。ディリオスの背後から追従しようと、向きを変えた時には、若き将は、皆の方を向き、大きな男がディリオスの背中に寄りかかるように、前のめりに倒れていた。


 レガの敗因いくつかあった。まず、余力を残して、攻撃に転じようとした事にあった。状況的には正解であるが、相手が悪かった。ディリオスの力を削ぐことが、あまり出来ない状況のまま、一気に力を使ってディリオスは攻勢に出た。


本来、二人がぶつかり合う時には、レガ的には半分以下までエネルギーを消費させる予定であった。しかし、実際には二割程度しかエネルギーを削ることが出来なかった。


一気に間合いを詰められ思考が追いつかなかったこともある。彼はレガを取り巻く者たちには、わざと攻撃せずにレガのみを目指した。仮に取り巻きを倒すと、条件反射で、他の仲間がすぐに動くが、取り巻きに手を出さない事によって、戸惑いを生ませた。取り巻き同士が見つめ合い、動くまでに数秒かかるとディリオスは見ていた。


一番の敗因はディリオスの拳の重さもあるが、彼は一撃ではレガを倒す事は出来ないと思っていた。

それはレガも気づくべきであったが、あまりの展開に思考が止まった。


ディリオスは攻勢を決めた時に、一気に間合いを詰める為に脚力を上げる為に、多くのエネルギーを一度足に移動させた。そして間合いを詰めたと同時に、最初の拳は、レガに防御の体制を取らせる為であった。


そこまでは予定通りだったが、レガは二重、三重の防衛線を突破はしたが、すぐに来ると予想して、ディリオスの攻勢後は、一度退くと考えた。しかしディリオスは右の拳を放った時には、既に右肘にエネルギーを移動させていた。連続攻撃を万能な構えで受けた為、攻撃に転ずる事が出来ないほどのダメージを受けた。


彼は更に、敢えて右で拳と肘を入れ、本命は左利きである回転肘打ちを、高速回転で打ち込んだ。奥の奥まで響くほどの激痛から、レガは気を失った。


 レガの防衛線である者たちが振り返った時には、勝負はついていた。その為、彼の背中に倒れかかっていた。


彼は誰よりもディリオスの戦いを見てきた。しかし、相手にした時、どうするべきか迷った。だから初戦は敢えて、身体エネルギーのみの戦いを申し込んだ。レガは強いが、油断してはいけない相手に油断したのが、最大の敗因となった。


レガがもし左利きだと思えば、状況は変わったかもしれないが、勝負の世界では判断ひとつ間違えば、命は無くなる。ディリオスはそれをよく理解していた。このエネルギーの移動による戦闘スタイルは、ブライアン・キッドマンとの戦いで気づいた。


 通常なら死ぬはずである攻撃に何度も耐えるのは異常でしかなかった。彼は完全にそれを自分の物としている為、多少自分より強い相手にも勝ってきた。ディリオスが今ブライアンを百%としたらまだ七十%程度である。ブライアンと対峙した時にはまだ使っていなかったから倒しきれなかった。


レガに最後に打ち込んだ左肘打ちは、常人なら腹部が吹き飛ぶ程の威力であった。

だが、ディリオスは躊躇ためらうことなく入れた。それは彼を良く知る故に打ち込んだ。そして実際、気を失った。


城壁から見ていた人たちは、勝負が長引くと聞いていたが、短時間で終わった意味が分からなかったが、ふさぎ込んでいたディリオスであったが、鍛錬して挑戦してきたレガが率いる七百名を打ち破った事で、強さは以前より増していると思わせた。そしてそれは事実であった。


今朝、三十分だけ、久しぶりに体を動かす準備運動をした時に、色々試してみたがエネルギーの強さがハッキリと上がっている事に気づいた。最後に岩石を打ち砕いたのは、どの程度で破壊できるものか試した為のものであった。


ディリオスは仮説を立てていた。高閣賢楼のどこかにあるのだろうが、あの中から見つけるのは不可能に近い。智の番人にまた頼ることになりそうだと考えていた。

その仮説は天のバベルと地のバベルと関係があるのかと考え始めていた。


ミーシャの部屋に籠りきりだった為、世界の状況を知らずにいた。五位の天使か悪魔

の門が開いて出て来ているからなのかと思っていた。それほどまでに、急激に力が上がっていた。六位の指揮官であったバルドは確かに強かったが、以前の自分なら勝てない相手だという認識はしていた。


皆に話せば動揺することになるだろうから黙っていた。ミーシャにはバレているが、やはり良い酒と肉でも持って行って聞くのが早道だと答えを出した。サツキのように正確には探知できないが、六位のバルドを倒して暫くしてから、明らかに邪悪な者が出現している事を感じていた。


場所も近いか遠いかもわからないが、悪魔でもない邪悪な存在が複数人、出現していた。中位クラスの天使や悪魔には、何かがあるとしか思えないほど、聖なる存在や邪悪な存在が点在している事も分かっていた。


そんな世界なのに自分が、ここを離れる事はミーシャの為にもしたくない事であり、

不安に思う者たちも大勢いるだろうと思っていた。レガの部隊に希望を託してはいたが、あの程度では任せられないのが本音だった。


いきなり飛ぶように起き上がった。リュシアンが復活した事を思い出した。彼になら任せられる。部下も優秀である。彼は足早にリュシアンの元へと向かって行った。


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