三叉の鉾 第二章 —新世界の孤高なる勢力—

春秋 頼

第1話 レガの奇策

 ディリオスはイストリア城塞の屋根から、高々とあがる水しぶきが収まっても、ずっと眺めていた。サツキは何と声をかけるべきか、分からなかった。そして彼を見上げた。そして、男の視線に違和感を覚えた。


確かに遠くを見ていたが、その視線は僅かに、下方に向けられていた。我らの旧領土であった彼の地に、厳しい眼光で見つめていた。彼女も以前は住んでいたから知っていた。ドークス帝国のように隠れる為に、地下を広々としていた訳では無く、大きな森があったため、地下に訓練場や武器庫、宝物庫、避難場所を設けていた。


暫く見つめた後に一言発した。「あの地には近づかないようにするよう皆に伝えろ」


 サツキは不思議に思った。あれほど至大な火炎球が落ちたのに、全ては燃え尽きたはずの場所に対して警戒する、声色せいしょくは漆黒の男と、恐れられていた頃に戻っていた。そして、彼の言う巨大な森も、すでにその一瞬で半分消滅していた。


 彼女が懇願し、彼に異常事態を告げたのに、男は一見しただけで、状況を把握していた。それは、元来の洞察力のある目から見た彼の警告だった。サツキには分からない事だらけだった。彼女はその意味を、自分たちの主であるディリオスに尋ねた。



「全てが燃え尽き、現在も燃え続けています。あの炎が消えるまでだけでも数日を要します。森も全て燃え尽きるはずです。焼野原となるのも時間の問題です」



男は視線を変えないまま、口を開いた。

「お前はあの途方も無い巨大な火炎弾で、全ての生物が生き残れる訳はないと思っているのか?」サツキは頷いた。

「直撃すれば、確かに厳しいだろう。だが、ドークス帝国を消したのは何だった?」



「それはあの至大な火炎の球と、変わらないほど大きな炎を纏った、巨大な岩石でした」彼女は見た通りの事を話した。



「何故だ?」

「? 何故とはどういう意味でしょうか?」

「何故ドークス帝国には、岩石を落としたんだ?」



全てを見たあと、アツキもディリオスの場所にきたが、言葉は発しなかった。


「俺は一度だけカミーユを連れて、ドークス帝国の偵察に行った。あの城には人間そっくりの土偶や木偶が各所に配備されていた。動きも一定だった事から、数を増やして見せかけていた。俺たちの領土は狭かった為、地下を使ったが、奴らは見つからない為に地下にいた」



「どういうことでしょうか?」

「サツキらしくないな。俺がきがかりで、勉強不足だったとしておこう」

「……申し訳ありません」



「いいか。あの岩石と火炎は、ほぼ変わらない大きさだった。そして岩石の速さは近づけば近づくほど、速度を増していた。そしてあの大天使たちを、昇天させるのも目的だったが、ドークス帝国は、天使を本気で怒らせた。我らの旧領土には、千人近い大天使の部隊が既にいた。今まで外にいなかった以上、どうやって作っていたかは知らんが、地下で作っていると考えるのが妥当だろう。だから、あの神霊体の熾天使二人は、人間もろとも全てを破壊した。完全に消滅させるためにな」



サツキは気がついた。



「つまり、我々の地にいた大天使の軍団を昇天させる為に岩石ではなく、火炎の球で消し去ったのですね。岩石でないと、陸地もろとも滅する事は、厳しいと判断した」


「そうだ。そしてお前はまだ気づいてないが、旧領にはがいる。奴はおそらくあの時、一番下の階層にいたはずだ。もはや人間の気質は感じないが、俺には分かる」



「お前たちは見てなかったが、俺はヨルグとマーサとロバート王を同時に殺すしか無かった。あの臆病なヨルグが、愛する者の為に剣を抜いていた。だが、俺から第六位の悪魔は目を離す事は無かった。愛するものの死を、目の当たりにさせない為に、俺は……友を殺した。飛苦無で悪魔の副官どもを殺す事も考えたが、注意が逸れたら、ダグラス王まで死なせる可能性があった」



「サツキは今の光景を見て恐怖していたが、俺は逆だ。今はまだ岩石は無理だが、あれくらいの火炎の球なら、斬り裂く自信はある。恐怖は相手にも伝わるものだ。恐れをいだけば、死を早めるだけだ。お前たちはジュンとストリオス他数名で、高閣賢楼で修業をしてこい。書物ももっと読んで強くなる為の道を探せ」



「お前たちは俺直属の腹心にする。レガやギデオンも相当鍛錬しているが、当然奴らよりも厳しい鍛錬になる。だが鍛錬に耐えきれるようになれば、相手が何者であろうとも、恐怖に打ち勝てるようになるだろう」そう言うと、ミーシャの部屋のほうへ足を向けた。そして歩を進めながら言った。


「まだ気持ちは落ち着かないが、そろそろ奴が帰ってくるはずだ。俺は準備に入る」


彼はミーシャとゆっくり長い時間を共有し、そしていつか来る預言に対して、少しでも力をつけて彼女を守る為に、再び立ち上がる事を決意した。


昔の約束通り、毎日会うようにすることを話ながら、たわいもない話をするだけで、彼は彼女を愛おしく感じた。そしてヨルグの一件があった事から、ギデオン、レガ、そして自分の直属配下をつくる事にした。


当然、ミーシャを守るのが最優先ではあるが、前回のように侵入される前に、事前で防ぐ最適任者を探し、まだ鍛錬中ではあるが、成長が他の者よりも高い者を鍛えて行こうと考えていた。



 次の日の朝。会議室には既に、ディリオスの姿がそこにはあった。暫く黙ったまま目を向ける事も無く、彼は淡々と案件を処理していく中、目を向ける事無く言った。


「この埠頭の案だが、これでは駄目だ。水面下の事も考えなければ意味がない。俺が発案したように水面下を変更しろ。これなら仮に抜けてきても、第二の罠に落ちる」


何も喋らない違和感から、目を向けた。そこに立っていたのはレガだった。言葉を発しない意味のある無言を、彼は察した。そして自分から話をきりだした。


「レガ。久しぶりだな……お前さえいればと……何度も考えたよ。ヨルグを褒めてやってくれ。臆病さよりも、愛のある勇気のほうがまさった……彼こそが、真の勇者だ」


「はい。世が世であれば、良きご領主になられたはずです」


「全くその通りだ。彼の妻であったマーサの一族はイストリア城塞にいる。それを頼んできたのも、ヨルグだった。彼は喜んでいた。世が滅ぶと思い、愛するマーサに自分から離縁を切り出したが、マーサが自分の事を、愛してくれていたと喜んでいた」


「あの時の喜びぶりは、今でも鮮明に覚えている。まるで子供のようだった」


ディリオスは一息いれて話を変えた。


「お前が戻ってきた理由も分かっている。ギデオンはすでに一敗した。また力をつけてくるだろう。場所はお前たちが使っている、イストリア王国内の森でいいか?」


「いえ。一戦目はベガル平原での戦いを希望したいのですが、よろしいでしょうか?」


「お前の性格上、布石も無しの、能力も使わない身体エネルギーのみの、徒手ルールか?」


「はい。その通りです。一戦目から勝ちにいきますが、おそらく負けるでしょう。しかし、かれらには日々限界まで、鍛錬させました。強さを自負できる程度までは、鍛えました」


「徒手のみで能力無しのルールなら致命傷は避けてやるが、手加減のほどはあまりできないぞ? 七百人相手だからな。当初のルールではないルールじゃないと、そっちの勝ち目は無くなる」


「はい。仰る通りです。ですので、ルール変更させて頂きたいと思います。立ち上がれなくなるまで、戦えるルールに御変更させて頂きたく思います」


一戦目から勝ちにきていることを、ルールを聞いて、すぐに理解した。


「俺もレガも含めて、全員が特殊能力は使わない身体エネルギーのみの徒手拳のルールだな? 暗殺拳や内殺拳はどうしたい?」


「どちらも無しでの、ルールでお願いします」


ディリオスは大声で笑った。レガは不敵な笑みを浮かべていた。


「そのルールで受けよう。実に面白い! 俺の強さを教えてやる」


「愉しみにしております。それでは明日の昼頃に、よろしくお願い致します」レガは礼を取り去って行った。


 彼が大声で笑ったのは、レガが全てを考案し、本気で一戦目でどうすれば俺に勝てるかを考えに考え抜いた作戦だったからだった。


大苦戦は必至であり、こちらが力をある程度抑えて戦うのも計算に入れ、仮に倒しても仲間が戦っている間は、休憩も出来る。


皆が暗殺拳と内殺拳を極めているほどの身体エネルギーを持つ七百名が殺される事は無いという前提の元、レガ率いる全ての兵は、全力で自分を倒しにくる。その反面、こちらが手を抜く事も全員に教えている。


日々、吐くほど走り込んだはずだ。一番厄介な集団と言える。手を抜きすぎると、逆にやられかねない。まずは基礎から鍛錬している点も大事な事であり、平地では隠れることも、出来ない。


強い者なら、ブライアンくらいの強さを身につけた者もいるはずだ。

圧倒的に不利だが、それでも負けない事を証明しなければならない。


ディリオスは、今日は明日に備えてゆっくり休むために、ミーシャの部屋へと向かった。


机に、「明日はレガとの勝負の為、今日は切り上げる」とメモを残して彼は久々に、負ける可能性があると思った。人間相手に、そう思った事は初めてだった。


ミーシャの部屋前に行くとセシリアがいた。「今日も大丈夫だ。鍛錬に会いにいっていいぞ」ディリオスの周りの仲間は、皆それなりに人気はあるのに誰一人として、恋もせず鍛錬に明け暮れていた。


 セシリアは、嬉しそうに礼をとって、小走りで鍛錬所へ向かった。ディリオスはミーシャの部屋に入って、二人で一緒に寝転んだ。


彼はミーシャにレガとさっき会って、明日勝負する事を報告していた。

顔つきから知っていながら、聞いてくれているんだな、と思った。


そう思うとさらに、可愛く見えた。その優しさにいつも彼は癒された。

思わず抱きしめた。彼女の鼓動を体で感じた。自分の脈打つ鼓動も速かった。そして、二人は離れる事無く、時間は過ぎて行った。


時間が経過していき、二人ともいつの間にか寝ていた。


イストリア城塞の安全が確保されるまで、思念は出来る限り使わないようにしていた。


 セシリアは夕食の時間を伝えるため、ミーシャの部屋へ入った。二人がくっついて寝ていた。それを見て微笑ましく思った。そして、羨ましい気持ちも生まれた。


彼女はミーシャとずっと長い間、共に過ごしてきた。二人は仲の良い姉妹のように嬉しさや悲しみを共有してきた。


そして、ミーシャはディリオスといる時、一番輝いて見えた。ディリオスが扉から射す光に気がついた。もうそんな時間かと思いながら、ミーシャを起こした。


「夕食の時間みたいだぞ」ディリオスは身を引いてセシリアを見せた。

寝起きの笑顔から、幸せな気持ちが伝わってきた。


ミーシャやセシリアは、ディリオスと会っていたが、彼が皆の前に姿を現すのは、久しぶりであった。その為、皆、緊張していた。


ミーシャに続き、彼が大食堂に入ってきた。ダグラス王はまだ席に着かず、全員が立っていた。ディリオスに続きセシリアも入ってきたが、いつもと違う雰囲気に緊張した。


この時、正直どっちなのかが分からなかった。自分の歓迎か? それともレガの帰還祝いか? ミーシャに引っ張られて「座ろうよ」と言って席に着いた。


ダグラス王も席に着き、自分の為だと認識した。「ご心配おかけしましたが、もう大丈夫です。見回したがレガの姿が無かった。


「レガはどこにいるのですか?」


「レガ殿はお戻りになられたのでしたか?」

「明日は私と対決予定になっています。正午からの予定です」


「誰かお見かけした人はおるか?」

皆、顏を合せたが、誰一人見てなかった。


それを見て、ディリオスは笑みを浮かべた。ダグラス王が聞く前にミーシャが言った。「今も鍛錬中みたいだよ」


「どうやらそのようです。今日会いましたが、さすがは、レガだと改めて納得しました。完全に勝ちにきます。私も明日が楽しみです」


「城壁からなら見る事は可能でしょう。森ではなく、平原での戦いを希望されました。しかも能力を使わず、身体エネルギーを使った暗殺拳も内殺拳も、無しのルールです」


「一番分かりやすく、そして能力的にも全体的に上げやすいのが、日々走り込む事です。明日に備えて今頃、最後の走り込みをしているのでしょう」


「私は初めて人間に明日、敗北するかもしれません」男は好奇心を見せていた。


「それは愉しみですな」


「はい。非常に愉しみです。レガは有利な条件を、色々つけてきましたが、どれも仕方ない程度の条件なのである故、そこがまたレガらしいところです」


「どんなに甘く見積もっても六時間程度では、終わらないでしょう

十二時間くらいはかかると、私は見ています」


「苦戦をするいい機会だと思って、勝つつもりです」

彼は気持ちのいい笑顔でそう言った。


ダグラスはそれを見て、ヨルグの死を乗り越えてくれた事を、この世にはもういない友であったロバートに感謝した。


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