第3話 男の誓い

 リュシアンの部屋が見えた。階段を上がり、彼の部屋の前には、

アリヴィアンとヴァジムがいた。両人は彼に礼を取り、扉から静かに離れた。


扉を開いて中に入ると、リュシアンとレオニードが、何やら話をしていた。


ディリオスに気づいたリュシアンは、椅子から立ち上がった。レオニードはリュシアンにならって、礼を取る為立ち上がった。


「丁度、今、君の話をしてた所だ。まあ座ってくれ、話したいことがある」

ディリオスは寒さをしのぐためと、喉を潤すために紅茶を入れに行った。


「二人も飲むか?」召使いがするような事を、自ら平然とする事に驚いた。

「頂くよ。ありがとう」暖炉とは別に、暖かいお湯を沸かす為の、鉄製の器具を火の上に置いた。


ディリオスはそれらを終えると、お湯が沸くまでの間、席に座った。


「それで話とは何かあったのか?」

「実はまだ、ハッキリ分かった事ではないんだが、ある事を試したいんだ」


「君は日々、強くなっている。僕も強くなっていると感じるんだ」

「日々の鍛錬の成果の事を、言っているのか?」


「そうじゃない。君なら気づいているだろう? これは何なんだ、教えてほしい」

「リュシアンの言うそれと、俺のこれは同じものだと、何故言い切れるんだ?」


ディリオスは湯が沸いた為、席を立って三つの陶器へお湯を注いでいった。


 リュシアンは席を立ち上がり、お湯を注いでいるディリオスに対して、

高火力の飛び膝蹴りを完璧に入れた。


彼はその蹴りを片手でお湯を注ぎつつ、己に放たれた飛び膝蹴りに対して、垂直蹴りを放って、高々と上がってきた膝蹴りを、更に蹴り上げた。そして手刀を、彼の首に当てて、終わりとした。


茶葉に注がれたお湯は、何ものも存在しない水面の如く、静寂のように、揺れひとつ感じさせなかった。


彼は受け皿にティーカップを乗せて、リュシアンに手渡した。

そして自らも両手にそれを持ち、レオニードの席と、自分の席に置いて座った。


リュシアンも席に戻って、落ち着くために、紅茶を飲んだ。


 そして誰よりも知る者は、話し始めた。


「前に高閣賢楼にいる智の番人と俺は、本気の稽古を毎日していた。ある日、いつも通り稽古をしていたら、俺には全く分からなかったが、何か特別な事が起きたかのように、あの爺さんが油断をした」


彼は思い返すように、暖かい香りを味わいながら、白い息をはいて話を続けた。


「あの爺さんは強すぎる。だから俺も本気で打ち込んでいた。だが、あの時だけは違った。普段なら弾かれるか、受け流されるか、逆に反撃されるはずなのに、俺の蹴りは完璧に入った。だが、爺さんの体には当たらなかった」


ディリオスはあの頃よく飲んでいた、イストリアの香り豊かな紅茶を飲みながら、思い出していた。


「俺はまだあの頃は弱かったし、戦いに関する知識も浅かった。

だから何が起きたかも分からなかった。

俺の目には見えない速度で、弾かれたのかと思ったが、そうでは無かった。

爺さんは俺の蹴りが入った事を認めて、褒美だと言って何故、俺の蹴りが入らなかったのか、説明し始めた」


彼はほんの数カ月前の事を、遥か昔のように感じていた。そして理由を話し出した。


「天魔の中位の最高位である、四位以上の指揮官たちには常時、結界が張られているらしい。だから並程度の攻撃は何もしなくても、かすり傷ひとつ、付けられないらしい。だが、結界を破るほどの攻撃力を持てば、それは破壊可能であって、戦闘中に結界を張る事はないと言っていた」


そして自分で高閣賢楼の中に入って、結界の事を調べた内容を話はじめた。


「結界は四位の天魔には一枚づつ常時張ってあり、三位になると三枚の結界が常時張っているらしい。そして二位は五枚の結界が張っている。一位は常時、十枚もの結界が張られている」


リュシアンとレオニードは話を真剣に聞いていた。彼は二人の真剣さを見て、戦意喪失していない心眼を感じて、話す意味があると理解して、話を続けた。



「仮に一位の天魔の結界を、九枚まで破壊する攻撃力では、再びすぐに結界を修復するらしい。つまりは、一撃で十枚破壊できる攻撃力を身につける事が、一位と戦う最低限の強さだと、書かれていた」


「更にこうも書かれていた。天使や悪魔は神が定めた強さや能力が、決められているが、人間の強さは禁断の果実を食したせいで、神が定めたものでは無くなった為、神でさえも、人間の強さの限界は計り知れないものである、そう言った意味では一番脆弱な人間にしか、神に勝つ事は出来ないかもしれないと、記されていた」



「俺は再び鍛錬する為、高閣賢楼で知識と稽古をつけてもらいに行くから、イストリア城塞の事を、頼むつもりでここに来た。


だが、お前たちが行った方いい。アリヴィアンとヴァジムも連れていけ。強くなれば、ヴァンベルグとして、肩身の狭い思いはしなくなるだろう。


今から人選と、その他の事を終わらせる。俺に全て任せて、連れて行きたい者がいれば教えてくれ。防衛の人選等で、把握しておかなければならない。俺は見込みのある者をこれから選別する。


酒や肉などの消耗品等の事も、全て俺がダグラス王に頼んで手配する。馬は使わずは毎日走って通うんだ。あとカミーユがナターシャ王女に会えない時は、お前が会いに行ってやれ」



「俺たちが前に行っていた時は、殆どの者が通い出すようになった。疾走するのは,

基本的な力の底上げに一番いい。慣れたらそうした方が良い、寝る場所もないからな」


そう言うと席を立ち、それらの準備をする為、扉を開けて出ようとした。


「ありがとう。君くらい強くなって戻ってくる」彼は必ず強くなると、心で感じた。


ディリオスはその言葉を耳に入れて、笑みを浮かべて、扉は開けたまま出て行った。


彼はダグラス王に会うため、階段を上がり続けていた。そして王の間に久々に来た。



「ディリオス殿。お久しぶりです。どうかされましたか?」


「実はお頼みしたい儀があり、参上致しました。本来は私が再び高閣賢楼に、鍛錬に行こうと思っていましたが、リュシアンやカミーユたちを行かせてやりたいと思い、助力のお願いに参りました」



「勿論、お力にならせて頂きますが、このイストリア城塞の守備に影響は出ませんか? 前のような惨事は、絶対に回避しなくてはなりません。お話の様子から、現在の主力を行かせるおつもりの様ですが、問題は回避できそうですかな?」 



「この地には私が残ります。高閣賢楼に、まだ行くに値しない者たちの指導をしつつ、私がこの城の守備につきます。あと、この前のような事が無いよう、守備態勢の見直しも、全て私が責任を持ってします。あと私はどうやらヨルグの死によって、覚醒したようです。第五位の相手なら、可能なほどの力を得たはずです。ヨルグは優しい男でした。私にとって彼は大事な友人でした。彼の最後の勇気ある行動に、私は見習わなくてはいけないと思いました。長らく休ませて頂きありがとうございました」



「今の私なら、自信を持ってここを守ると断言できます。そして再び望みとは裏腹に、私の名はこの大陸全土に売れました。この気を逃さず、アドラム列島諸国や、この地ではない諸外国にも、接触を試みるつもりです。ロバート王家は滅亡しました。私はこのイストリア王国の為に、命を捧げる誓いを立てます」


「ディリオス殿は、ミーシャの婿です。そのように思わなくても大丈夫です」


「お言葉は有難く頂戴致します。ですが、躊躇う事なく私が命を懸ける事により、私の配下は皆、より一層強くなる為に、鍛錬します。それには私自身が、身を以て証明するしかないのです」


「わかりました。有難く受け入れさせていただきます」


「人選は私がしますが、何が起ころうとあの場所にいれば、安全は確約されます。その点はご安心ください。ただ、食料や酒などの消耗品の配給を、申し上げにくいのですが、上がってしまいます」


「その点はご心配には及びません」


「ありがとうございます。それではこれより、守備隊長として、任を務めさせて頂きます。」彼は踵を返して、赤い絨毯を下りて行った。


ダグラス王は、これほど頼りになる者は、他にいないと思った。自分たちで長い時間をかけて決定していった事を、彼からすれば一日足らずで、全て終わらせるのかと思うと、苦笑が出た。



(アツキ いるか?)

(お久しぶりです。大丈夫ですか?)


(ああ。心配をかけたな、もう大丈夫だ)

(それは何よりです)


(ところでサツキやジュンは一緒か?)

(いえ、違います)


(では連絡して俺の部屋に三人とも来てくれ)

(わかりました。すぐに行きます)


 ディリオスは皆が来るまでに、人選を終わらせておこうと思った。最新の評価を素早く的確に、水が小川を流れるように、一人一人に同じほどの時間をかけて、才能や身体の上昇率を見ていった。


アツキとサツキとジュンは守備態勢の見直しも兼ねて、自分が稽古をつけようと思っていた。ディリオスの個人稽古は、智の番人は強すぎるため、ある程度稽古が、実に結ぶようにするため、そして近い将来に、警護や特務、小隊長から中隊長を任せられる三十人以下の、指揮も執れ、ある程度の幅で活躍できる者たちを選んでいった。



ストリオス、アメリア、セロン、フィオガ、エヴァン、カゲロウ、クリオス、ブライアン、アンナ、トレヴァー、カミーラ、ネイサン、クローディアと、近況の資料に次々と目を通して選抜していった。


実力的には既に問題はないブライアンは気性は荒いが、的確に見る力と、判断力がある今後の事を考えて副指揮官に上げておこうと考えていた。慣れるまでそれほど、時間はかかるまいと思った。


ディリオスの副指揮官とは基本的に選抜メンバーであり、彼の指令をこなしていくものであった。肩書で副指揮官となり、支障のない程度までなら人員を自由に使って指令を片付けていくのが主な任務だった。


(アメリアの能力は希少だ。危険な場所には行かせたくないが、能力に目がいきやすいが、資質も高い。あの名将オリバーを祖先と持つだけあって、戦闘面でも良い評価を出している。話してみて、鍛錬して決めるか)



 アツキがサツキとジュンを連れてやってきた。久しぶりに見るディリオスに対して、二人ともやや緊張気味であった。


「リュシアンやカミーユを主体としたメンバーを、今回は高閣賢楼に行かせる事になった。俺たちは後片付けと、防衛の見直し終了後、お前たち三人と、俺が選抜したメンバーを鍛え直す」


 サツキやジュンはいつものディリオスに対して安心感が生まれた。


「まずは世界の情勢を聞かせてくれ、サツキ」


「はい。現在、天使の勢力が、圧倒的に悪魔を押しています。悪魔は五位を投入しましたが、天使は未だ六位が闘っています。更に我々は未確認ではありますが、大空を飛ぶ竜などの情報も入ってきております。人間、天使、悪魔いずれの味方かもわかっておりません。第四の勢力の可能性が高いです」


「状況はわかった。それを踏まえて新たにどう動くべきか検討してみる」


「だが、その前にやらなければならない事がある。それを終わらせたら、俺たちも稽古に入る」


「鍛冶屋に割符を作らせているが、それだけじゃダメだ。あと最低でも二つは、侵入してくる相手に対しての防衛案が必要だ」


「思ったことがあったら、何でもいってみろ」三者とも、思案している表情を見せていたが、何も発言しないまま時間だけが経過した。


「もう一分になるぞ? 何も無いのか? まずは船長と副船長の名簿作りから始める。どこの国に所属しているか? そして船長と、最低二人は副船長を乗せることにする」


「副船長を最低二人にするのは何故ですか?」ジュンが尋ねてきた。

「イストリアの埠頭は、今後城外へと拡大していくだろう。大型船と小型船の違いは何かわかるか? 三人誰でもいいから、分かったら答えてみろ」


「小型船は簡単に上陸できますが、大型船は簡単には上陸できません」サツキが答えた。その通りだ。

「つまりはどうゆうことだ?」

「今までは城内埠頭で確認してきましたが、城外埠頭を築く事によって入場する前に色々確認できるようになります」ディリオスは頷いた。


「いいか? 城外埠頭で積み荷や、割符での確認をしてから、怪しい奴がいれば上陸を拒否する。だが、今まで通りの流れで商売をしなければならない。高閣賢楼の爺さんにも必要であるし、ある程度の備蓄は必要だからだ。城外埠頭の検問で、問題が無くても油断はするな。改めて言う必要は無いが、能力者が如何に厄介かは、今回の事で分かったと思う」


「この件は大がかりになる。サツキとジュン二人が刃黒流術衆を使って、細部までしっかり確認していけ。適任者を知っているなら、新体制確認後に、私が適任かどうか確認する」


「城外埠頭が出来るまでは、どのような処置を取ればよろしいでしょうか?」

「簡単な事だ。城外にまずは停泊させて、積み荷と割符を確認でき次第入港させろ」


「アツキと俺は城門の設備強化をする。城門は広い、故に侵入されやすい。指定場所以外からの侵入を拒否する案は既に考えた。後はそれを整備し、侵入を試させてみる」


「サツキとジュンはすぐに取り掛かれ、城門の新設備が問題なければ、アツキも埠頭の手伝いに行かせる。俺は先ほどお前たちが来る前に、訓練生の人選は終わらせた。

城門設備が終われば、俺はそれらの者を面接していく。終了次第お前たちはここに戻れ」


ディリオスの部屋から出ると、四人は二手に分かれて、散って行った。



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