第一章 猫の呪い③

 宮殿に連れ帰られたシンシアを待っていたのは、おだった。泥濘ぬかるんだ地面に倒れていたのだから洗われるのも無理はない。

(ひぎゃああああ! ごめんなさい、ごめんなさい。もう勘弁してください!)

 ひとはだ程度のぬるめのお湯だがそれはシンシアにとってはごうもんだった。

 首までしっかりとあわけられ、固くしぼったタオルで顔をかれる。のみやダニの心配をしているのかじよていねいにシンシアの身体からだを洗い上げた。

 今はようやく身体をかわかしてもらっている。

『私には自動じよう作用が備わっているのよ……言ってもだれにも通じないけど』

 しっかりとブラッシングされ、首にリボンを着けられた後、ソファの上のふかふかのクッションに乗せられたシンシアは、世話をしてくれた侍女に疲れ切った声で文句を言っていた。当然言葉が通じるはずもなく、侍女は世話が終わると一礼してげるように部屋から去っていく。

 そんなに急がなくても、と心の中でつぶやいたが答えはすぐに分かった。

嗚呼ああ、とってもれいになったな。青いリボンがよく似合う」

 この部屋には誰もいないと思っていたのに。

 恐る恐る身体をひねれば、ソファの背もたれにあごを乗せてこちらをのぞき込むイザークの姿があった。

 人間の時にひしひしと感じていた殺気はかき消え、にこにこと甘やかながおを見せている。

 後方には年季の入ったつややかなローズウッドの机があり、かべにはアルボス帝国をしようちようするつばさの生えたげつけいじゆのタペストリーがある。その両サイドにはいくつもの分厚い本が収まったほんだながあった。

 机の上には書類や書簡が置かれていて、ほのかにインクのにおいがする。ついさきほどまで仕事にはげんでいたようだ。

(もしかして、ここって陛下の個人的な部屋? どうりで侍女が逃げ帰るわけね。国家機密の書類もあるだろうし、一歩間違えれば雷帝の不興を買って首をねられるかもしれないもの)

 そんなおそろしい場所に残されたシンシアはいけにえにされた気分になった。

 すると、いつの間にか横に座っていたイザークがひょいっとシンシアの身体を抱き上げた。えたのか黒の上着と白のズボン姿で、上着のそでやフロントラインには金色の糸でせいな月桂樹のしゆうがなされている。

 ひざの上に乗せて背中をでてくるが、シンシアは疲れ切っているのでていこうする気力がなかった。

「今日からここがおまえの部屋だ。この部屋は俺のしんしつつながっていて、持ち帰りの仕事をする場所として使っていた」

 必要な家具はそろえたと言われて辺りを見回してみると様々な家具が置かれていた。

 それはただの家具ではない。どれも高級木材で造られ、せいこうちようこくほどこされたいつぴんだった。金や銀、宝石のそうしよくも施され、ごうけんらんさに目がくらみそうになる。

 アルボス教会は信者たちの寄付によって成り立っている。聖職者たちは質素けんやくを美徳として暮らしているため、目の前に広がるぜいの限りをくした調度品の数々にシンシアはあつとうされてしまった。

 職人のわざが光る金細工で装飾されたキングサイズのベッドにはだざわりの良さそうなシルクのとん。特にみがき上げられて光りかがやく銀食器はねこ用だった。

 あつにとられていると、イザークに声をけられる。

「これらは宝物庫でねむっていたものや貴族たちからぼつしゆうしたものだ。猫用銀食器は何代か前の猫好きな皇后が職人に作らせたもの。せつかくあるのに使わないのはもつたいないだろう?」

 猫相手に国民の税金が湯水のように使われたのではないかと不安を覚えていたが、どうやら使われていないものを再利用しているだけのようだ。

(貴族から没収したっていう部分がどうも引っかかるけど……使わないままなのは勿体ないものね)

 もしやしよけいした貴族たちからうばった財産の一部なのではないか、という考えが浮かんだが恐ろしくなったのでそれ以上は考えないでおくことにした。

「自己しようかいおくれたな。今日からおまえの主人になるイザークだ。そしておまえの名前は……『ユフェ』にしようと思う。いい名前だろう?」

 ユフェというのはティルナ語の言葉からだとシンシアはすぐに分かった。日常的にせいれいほうを使う身としては、ティルナ語は第二言語であり、すぐにアルボス語にへんかんされる。

(でもユフェってアルボス語に直訳すると『尊い』って意味よね。何のひねりもないじゃない)

 正直なところ、センスの欠片かけらもない名前だと思った。

「ユフェ。はあ、ユフェは尊い。尊いはユフェ」

 こいびとに語りかけるかのような甘ったるい声を出してくるので、シンシアはイザークに見えないところで思いっきり顔をしかめた。

(なんか調子くるう。だってあの雷帝が猫いつぴきでこんなにメロメロになるなんて……おかしい。落差がありすぎてどっちがなのか分からないわ。しかもまあまあティルナ語の発音が良いのもしやくさわるし!!)

 ティルナ語は発音が難しいこともあり、聖力があっても精霊魔法を使えない者が少なくない。神官になれても毎日真面目まじめに発音練習しなければいざという時に精霊魔法は使えない。それはシンシアも例外ではなく、毎日発音練習に励んでいた。

「ユフェ、美しいおまえのために『森のうたげ』を首輪にしておくろうと思う。きっと似合うぞ」

『森の宴』とは帝国の秘宝のことだ。美しい黄緑色で光の角度によって赤やオレンジのファイアを持ち、まるで森の中で精霊がダンスをおどっているように見えることからそんな名前がついたという。小鳥の卵くらいのそれは、本来皇帝がきさきになる女性に贈る品だ。

(いやいや、贈る相手を明らかに間違えているわ。こんなのあり得ない!)

 悪いことはしていないのに、財宝をみつがせる悪女になった気がして罪悪感でいっぱいになった。

(早くヨハル様か、ルーカスに会ってかいじゆしてもらわないと! このままじゃ私のせいで陛下の暴走が止まらなくなって最悪国がかたむいてしまう!!)

 ここから教会までのきよは人間の足で二時間くらい掛かる。猫の足だと一体どれくらいの時間が必要になるだろう。

 何よりもまずはこの広大なきゆう殿でん内をあくしなければ、外へ出ようにも出られない。

(とにかくすきを見て逃げないと。使用人の出入り口なら積み荷にまぎれてハルストンの市街地まで行けるはず)

 今後の計画を練っていると、とびらたたく音がした。イザークが返事をすると深刻な表情のキーリが部屋に入ってくる。

「陛下、おくつろぎのところ大変きようしゆくですがきんきゆう事態です」

「どうした?」

とうばつ部隊にけんされていた中央教会の神官、詩人バルド行方ゆくえ不明になっています。先程中央教会とれんらくを取ったのですがその詩人バルド、実は聖女・シンシア様だったんです!!」

 その言葉に、シンシアを撫でるイザークの手がぴたりと止まった。

「派遣されていた詩人バルドが聖女だと? くわしく話せ」

 キーリはことのだいを詳しくイザークに説明した。中央教会側が人手不足で聖女を神官といつわって派遣したこと。救護所が上級のものおそわれたこと。

 さらに討伐部隊の隊長いわく上級の魔物が救護所に現れた時、前線で戦っていた討伐部隊は主流魔法が使えないじようきようにあったらしい。

 主流魔法は精霊魔法同様、誰もが使える力ではない。そのためていこく団に入るには魔力試験を受けなくてはいけない。要するに魔力とけんうでがなければ試験を受ける資格はなく、反面その二つが揃っていて適性があれば身分関係なく入ることができる。

 主流魔法は空気中にふくまれる魔力を体内に取り込み、おのれの魔力に変換してから使用する。よって魔力のううすい地域の場合は使える量も少なくなってしまう。

 ネメトン付近は平生なら問題ない地域だが、当時全員が魔法を使うことができなかった。

「全員が使えなかったというのは大変不可解です。新種の魔物のわざでしょうか? 腕が立つにせよ、主流魔法が使えない状況下での討伐は骨が折れたことでしょうね」

 事実を知ったシンシアは、なんだか居たたまれない気持ちになった。その状況の中で魔物の討伐など分が悪すぎる。討伐部隊のみなは無事だろうか。

(ううっ、隊長。あの時心の中でうそつきってさけんでごめんなさい)

 ついでに目がガラス玉とののしったこともていせいする。

 シンシアがこうべを垂れて心の中でざんする中、キーリは報告を続けた。

「負傷者はいますが幸いなことに皆命に別状はありません。りすぐりのせいえい部隊なだけはあります」

 キーリの言葉を聞いてシンシアは胸を撫で下ろした。

「それで聖女のそうさくはどうなっている?」

詩人バルドがシンシア様だと知った隊長が隊員とともにまなこになってさがしています。ネメトンの結界が消えていないので必ず生きているはずです。ただ、最新の情報によれば救護所周辺では見つかっていません」

 それもそうだ。くだんの聖女はらいていの膝の上にいるのだからどんなに人員をいたところで一生見つからない。

(ここまで心配とめいわくをかけてるなんて知らなかった。こんなの絶対。一刻も早くヨハル様かルーカスに会わなくちゃ!)

 いてもたってもいられなくなってイザークの膝の上から飛び降りる。するとしばらだまり込んでいたイザークが低い声でキーリに命じた。

「……しつそうした聖女・シンシアを見つけ次第、そつこく俺の前に連れてくるんだ。たいかんしき以降、彼女は姿を見せないが国を守るためにも助力をたのみたい」

 シンシアは図星を指された気がしてドキリとした。しかしそれはイザークのげきりんれないように立ち回った結果だ。これ以上、うっかりそうなんてすれば処刑はまぬかれない。

 あごに手を当てるキーリはしんみような顔をした。

「確かにそうですね。彼女は戴冠式以降、宮殿の式典の参加をけていて一向に陛下と顔を合わせないようにしています」

 キーリは掛け直したかた眼鏡めがねを光らせた。

「……これを機に陛下の前に引きずり出せればいいですね」

 さすがは雷帝の次に敵に回してはいけない男。ずいぶんあらをする。

 シンシアがおびえているとキーリはうんうんとどこかなつとくする様子で続けざまにこう言った。

「陛下、今度は必ず彼女を射止めてくださいね」

 そのしんけんな表情を見て、シンシアにせんりつが走った。思わずイザークの方を向くと彼はけんしわを寄せ、ごくあくどうな顔つきになっている。

 ちがいない。イザークは戴冠式の宴での粗相をいまだに根に持ち、そしておこっているのだ。

(私を射止める? 弓矢で殺す気? 処刑って基本的にざんしゆだけど、新しい方法でも考えているの!? ということはつまり、このまま人間にもどったら今度こそ私──殺される!?)

 大変だ。早くここから遠いどこかへげなくては。

 シンシアは扉の前まで全力で走った。ところが二本足で立ってもドアノブまでは距離があり、加えて人間の手でにぎってひねらなくてはいけない形状のためねこの足ではどうにもならなかった。

『そ、そんな……。これってもしかしてかんきん状態!?』

 前足のつめで扉をカリカリと引っいていると後ろからすうっとかげびてきた。

「ユフェ、どこへ行こうとしている?」

 とつぜん頭上から降ってきた声に反応しておもむろに頭上をあおぐと、そこには甘やかなふんは消え、すえおそろしい殺気に満ちたイザークがおうちしてこちらを見下ろしている。

 むらさきいろひとみを光らせるその表情はものねらけものごとどうもうきようあくだ。

(ひいぃっ、顔面凶器に殺される!!)

 するどい瞳とあつ的な雰囲気にされたシンシアは、とうとう気絶してしまったのだった。


    〇 〇 〇


 イザークは扉の前で失神しているユフェをやさしくき上げた。

「ユフェはつかれてねむってしまったらしいな」

「いえ、恐ろしい顔面にやられて気絶したのでは? わざとそういう顔つきをしていらっしゃるのは分かりますけど、動物やれいじようの前までそれをするのは如何いかがなものかと……」

 ややあきれ顔のキーリはめ息交じりにっ込みを入れる。

「この顔つきでないと雷帝たるはくりよくに欠けるだろ」

「もともと目つきが悪いのでそこまでしなくてもじゆうぶんの対象ですよ。人前で今みたいにデレデレなのも困りますけど」

 雷帝らしい恐ろしげな顔つきから一転して甘い顔つきになったイザークはユフェをベッドの上にかせた。

 ふわふわの金茶の毛並みにせきかつしよくしまよう。人差し指でつつきたくなるようなピンクの鼻、手足は白くてくつした穿いているみたいで愛らしい。

 最初この猫に触れられた時は心底感動した。それと同時にこの生き物が猫ではないかもしれないという考えも頭をよぎった。何故なぜなら猫アレルギーのイザークに例外の猫などいないからだ。

 猫に触れると目が充血してかゆみに襲われる。さらにしようじようが悪化するとくしゃみが止まらなくなるのだ。この秘密を知っているのは側近たちだけでほかの者はだれ一人ひとりとして知らない。彼らはおさなみなので裏切られる心配はない。

 イザークがたおれていた場所はネメトンに近い場所だった。そのため、猫に似た魔物がいてもおかしくはなかった。しかしユフェには魔物の気配はない。額には薄くまだら模様があるだけで魔物特有のかくもない。若草色の瞳はしんが強く、けがれを知らない光を宿していた。

「これはせきとしか言いようがない。きっとユフェは俺の運命の猫だ」

 ほおゆるめているとキーリがぼやいた。

「女にけになる話は数多あまたの歴史書で示されていますが猫で腑抜けになる男って……。お願いですからしつの方はとどこおりなく進めてくださいね」

「それならもうできている」

 イザークは帰って来てから処理した書類の束をキーリにわたした。各部署に回しておかなければいけないものは署名したり、意見書を書いたりしてすでに済ませておいた。

 受け取ったキーリは書類に軽く目を通し、満足げな表情でそれをわきかかえる。

流石さすがは陛下。じんそくな対応ありがとうございます。──そろそろうかがいたいのですが、陛下はどうしてとつぜんきゆう殿でんを飛び出したのですか?」

 その問いにイザークはわずかに身じろぐと声をひそめた。

「そのことについてだが──実は救護所付近でしようを感じて飛び出したんだ」

 アルボス帝国の皇族はえいゆう四人のうちの一人、勇者の血を引いている。魔物や瘴気ならば帝国内のどこにいても感知することが可能だ。

 しかし、今回はみような体験をする羽目になった。

「瘴気を感じた場所に転移した直後、空から人らしきものとれきが降ってきた。救おうとして風のほうで落下速度を緩めていたんだが瓦礫の量が多くてけきれなかった。情けないことに頭にちよくげきして気絶した。結局、目が覚めたら人らしきものはいなかったし、あれがなんだったのか分からずじまいだ」

「勇者の血を引いているからと言って、瘴気に一定のたいせいがあると過信してはなりません。恐らく、吸い込みすぎてげんかくを見たのでしょう」

「瘴気は魔物かネメトンからしか発生しない。俺が感じた場所はネメトンや救護所よりも国内側で魔物らしきものはいなかった。……最近、ネメトンに近い領地で原因不明の瘴気が発生しているな」

「はい。ここ一ヶ月で十件はえています。瘴気は時間がてば消えますがそれを吸い込んでしまえば当然人体にえいきようが出ます。なのでていこくのみならず中央教会の聖職者に協力をつのり、先週より共同で調査が進められています」

 聖職者は神官クラス以上の階位で守護とを持つ者に手伝ってもらっている。万が一瘴気が発生してもせいれい魔法の守護があれば結界を張って防ぐことができ、その間に退たいできる。また、治癒があれば魔物におそわれ負傷してもやすことができるのだ。

 しかし、いくら急いで調査団を向かわせてもとうちやくするころには瘴気はすっかり消えてしまっている。だからこそイザークは瘴気を感じる能力をかして、瘴気発生直後に何が起きているのか確かめようと宮殿を飛び出したのだ。

「結局原因究明には至らなかった。やっと宮殿内の毒を出し切ったと思えば次は宮殿外か」

 たんそくらすと皮肉めいたみをかべた。

 三年前、先帝がほうぎよしてこの国の皇帝になった。それまでの宮殿内といえば貴族間のばつ争いに加え、兄弟の帝位争いでれていた。

 イザークは三人兄弟の二番目で、二つ上の兄と同じとしの弟がいた。みな母親はバラバラで兄弟たちは母親やその実家の影響を受けて自分こそが次期皇帝だと主張し、日々争っていた。一方でイザークの母はもともと身体からだが弱い人だった。イザークを出産後、産後の肥立ちも悪くそのまま帰らぬ人となった。三歳までイザークは後宮で育ったが、他のきさきの差し金によって何度も殺されかけた。

 それに危機感を募らせたのは母の父であるオルウェインこうしやくだ。皇帝に申し出てイザークを後宮から連れ出し、領内で育てた。

 これによって幼少期から十五歳までを侯爵ていで過ごし、公務のために宮殿にかんしてからはほどなくして先帝から命じられた魔力のうの調査で辺境地ににんしていた。

 イザークがいた辺境地は魔力濃度がうすい地で、魔法は使えなかった。そのせいで父のほうの知らせもおそくなり、宮殿に急いで帰るも着いたのはが明けてからになってしまった。

 帰還が遅くなってしまったことをびるためよいのうちに広間へ足を運べば、兄と弟をはじめとする貴族たちがけんいて争っていた。理由はもちろん皇帝の座を手に入れるためだ。

 結果として、兄弟はたがいをくししにして絶命した。二人を止めようとイザークも自ら剣を抜いたのだが一歩遅かった。異変に気づいてけつけてきた先帝専属のこの騎士や大臣たちはそのせいさんな光景をの当たりにして声を失った。

 しかし、一人室内にたたずむイザークを見て次期皇帝が誰なのかをさとると全員がひざまずいた。皮肉にもイザークは最後の皇族となり、その場で帝位にいたのだ。

 後にうわさが一人歩きして『らいてい』という異名までたまわってしまうことになった。それを逆手に取って先帝が病にせっている間に甘いしるを吸っていた者や帝位争いの関係者を洗い出し、三年けて厳重なしよばつを下した。ここ一年でようやく宮殿内は安定し、一息いたところだった。

 イザークはこぶしをきつく握りしめ、くちびるを引き結んだ。

「国民が苦しむことはあってはならない。原因究明と同時に国民の安全は必ず確保しろ」

 キーリは胸に手を当てて強くうなずいた。

じんりよくいたします。……ねんこうは瘴気がいつどこで再び発生するかですね。規模が拡大して集落などにがいが出ると大変ですから、目星を付けて警備に当たります。間が悪いことに聖女のシンシア様はしつそう中。世間に知れ渡れば大きな混乱を招きます」

「そうだな。一刻も早くシンシアを見つけ出さなければ。──カヴァス」

 イザークは思案するりを見せると側近の名を呼んだ。

「お呼びですか陛下?」

 こたえるようにキーリのとなりには騎士服に身を包む青年がこつぜんと現れた。

 げ茶色のかみに切れ長のアイスブルーのひとみ。右の目元には色気ただようほくろがある。女性が黄色い声を上げ、秋波を送るようなりよく的な容姿の持ち主。側近騎士のカヴァスだ。

とうばつ部隊とは別で、みつにシンシアのそうさくをしてくれ」

 カヴァスは側近騎士であり、近衛第一騎士団の団長だ。討伐部隊は近衛第一騎士団と第二騎士団から編制されていて、今回の聖女失踪の件は討伐部隊の隊長から報告を受けているはずだ。

 命じれば案の定、カヴァスは心得顔で短く返事をした。

「宮殿内ではいつも通りに過ごして構いませんか?」

 カヴァスはある程度自由をあたえておいた方がきっちりと仕事をすいこうしてくれる。何よりも情報を入手する能力にけている。その能力をもつてすればおそらくシンシアの行方ゆくえつかめるだろう。

「好きにしろ。……カヴァスのうでに掛かっている。たのんだぞ」

ぎよ

 返事をしたカヴァスはまたたく間にその場から姿を消し去った。

 キーリはかた眼鏡めがねを掛け直しながらカヴァスのいた場所をしげしげとながめる。

「陛下はカヴァスに少々かんようすぎるのでは? あんな様子ですから近衛第二騎士団長からもっと真面目まじめに仕事をさせろって苦情が来ています」

「あれはそくばくすれば仕事をしなくなるタイプだ。反対に自由度が高ければ仕事は速く、期待以上の成果を挙げてくれる。これくらい問題ない。──それはそうと」

「何でしょうか?」

 イザークはソファにこしを下ろし、ひじけに肘を置いて長いあしを組む。

 もんの表情を浮かべるイザークに、まだ何か懸念することがあるのかとキーリはかたんで見守った。

「ずっと考えていたんだが……ユフェの世話はじよのシャルロッテ・ランドゴルが適任だと思う」

「は?」

「本当なら世話はすべて俺がしたいところだが、そんなことはできないからな。すぐに手配をしてくれ」

 キーリはガクリとかたを落とすと「嗚呼ああ、もう」と天をあおいだのだった。

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呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが? 小蔦あおい/角川ビーンズ文庫 @beans

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