第一章 猫の呪い③
宮殿に連れ帰られたシンシアを待っていたのは、お
(ひぎゃああああ! ごめんなさい、ごめんなさい。もう勘弁してください!)
首までしっかりと
今は
『私には自動
しっかりとブラッシングされ、首にリボンを着けられた後、ソファの上のふかふかのクッションに乗せられたシンシアは、世話をしてくれた侍女に疲れ切った声で文句を言っていた。当然言葉が通じるはずもなく、侍女は世話が終わると一礼して
そんなに急がなくても、と心の中で
「
この部屋には誰もいないと思っていたのに。
恐る恐る身体を
人間の時にひしひしと感じていた殺気はかき消え、にこにこと甘やかな
後方には年季の入った
机の上には書類や書簡が置かれていて、ほのかにインクの
(もしかして、ここって陛下の個人的な部屋? どうりで侍女が逃げ帰るわけね。国家機密の書類もあるだろうし、一歩間違えれば雷帝の不興を買って首を
そんな
すると、いつの間にか横に座っていたイザークがひょいっとシンシアの身体を抱き上げた。
「今日からここがおまえの部屋だ。この部屋は俺の
必要な家具は
それはただの家具ではない。どれも高級木材で造られ、
アルボス教会は信者たちの寄付によって成り立っている。聖職者たちは質素
職人の
「これらは宝物庫で
猫相手に国民の税金が湯水のように使われたのではないかと不安を覚えていたが、どうやら使われていないものを再利用しているだけのようだ。
(貴族から没収したっていう部分がどうも引っかかるけど……使わないままなのは勿体ないものね)
もしや
「自己
ユフェというのはティルナ語の言葉からだとシンシアはすぐに分かった。日常的に
(でもユフェってアルボス語に直訳すると『尊い』って意味よね。何の
正直なところ、センスの
「ユフェ。はあ、ユフェは尊い。尊いはユフェ」
(なんか調子
ティルナ語は発音が難しいこともあり、聖力があっても精霊魔法を使えない者が少なくない。神官になれても毎日
「ユフェ、美しいおまえのために『森の
『森の宴』とは帝国の秘宝のことだ。美しい黄緑色で光の角度によって赤やオレンジのファイアを持ち、まるで森の中で精霊がダンスを
(いやいや、贈る相手を明らかに間違えているわ。こんなのあり得ない!)
悪いことはしていないのに、財宝を
(早くヨハル様か、ルーカスに会って
ここから教会までの
何よりもまずはこの広大な
(とにかく
今後の計画を練っていると、
「陛下、お
「どうした?」
「
その言葉に、シンシアを撫でるイザークの手がぴたりと止まった。
「派遣されていた
キーリはことの
さらに討伐部隊の隊長
主流魔法は精霊魔法同様、誰もが使える力ではない。そのため
主流魔法は空気中に
ネメトン付近は平生なら問題ない地域だが、当時全員が魔法を使うことができなかった。
「全員が使えなかったというのは大変不可解です。新種の魔物の
事実を知ったシンシアは、なんだか居たたまれない気持ちになった。その状況の中で魔物の討伐など分が悪すぎる。討伐部隊の
(ううっ、隊長。あの時心の中で
ついでに目がガラス玉と
シンシアが
「負傷者はいますが幸いなことに皆命に別状はありません。
キーリの言葉を聞いてシンシアは胸を撫で下ろした。
「それで聖女の
「
それもそうだ。くだんの聖女は
(ここまで心配と
いてもたってもいられなくなってイザークの膝の上から飛び降りる。すると
「……
シンシアは図星を指された気がしてドキリとした。しかしそれはイザークの
「確かにそうですね。彼女は戴冠式以降、宮殿の式典の参加を
キーリは掛け直した
「……これを機に陛下の前に引きずり出せればいいですね」
さすがは雷帝の次に敵に回してはいけない男。
シンシアが
「陛下、今度は必ず彼女を射止めてくださいね」
その
(私を射止める? 弓矢で殺す気? 処刑って基本的に
大変だ。早くここから遠いどこかへ
シンシアは扉の前まで全力で走った。ところが二本足で立ってもドアノブまでは距離があり、加えて人間の手で
『そ、そんな……。これってもしかして
前足の
「ユフェ、どこへ行こうとしている?」
(ひいぃっ、顔面凶器に殺される!!)
〇 〇 〇
イザークは扉の前で失神しているユフェを
「ユフェは
「いえ、恐ろしい顔面にやられて気絶したのでは? わざとそういう顔つきをしていらっしゃるのは分かりますけど、動物や
やや
「この顔つきでないと雷帝たる
「もともと目つきが悪いのでそこまでしなくても
雷帝らしい恐ろしげな顔つきから一転して甘い顔つきになったイザークはユフェをベッドの上に
ふわふわの金茶の毛並みに
最初この猫に触れられた時は心底感動した。それと同時にこの生き物が猫ではないかもしれないという考えも頭を
猫に触れると目が充血して
イザークが
「これは
「女に
「それならもうできている」
イザークは帰って来てから処理した書類の束をキーリに
受け取ったキーリは書類に軽く目を通し、満足げな表情でそれを
「
その問いにイザークは
「そのことについてだが──実は救護所付近で
アルボス帝国の皇族は
しかし、今回は
「瘴気を感じた場所に転移した直後、空から人らしきものと
「勇者の血を引いているからと言って、瘴気に一定の
「瘴気は魔物かネメトンからしか発生しない。俺が感じた場所はネメトンや救護所よりも国内側で魔物らしきものはいなかった。……最近、ネメトンに近い領地で原因不明の瘴気が発生しているな」
「はい。ここ一ヶ月で十件は
聖職者は神官クラス以上の階位で守護と
しかし、いくら急いで調査団を向かわせても
「結局原因究明には至らなかった。やっと宮殿内の毒を出し切ったと思えば次は宮殿外か」
三年前、先帝が
イザークは三人兄弟の二番目で、二つ上の兄と同じ
それに危機感を募らせたのは母の父であるオルウェイン
これによって幼少期から十五歳までを侯爵
イザークがいた辺境地は魔力濃度が
帰還が遅くなってしまったことを
結果として、兄弟は
しかし、一人室内に
後に
イザークは
「国民が苦しむことはあってはならない。原因究明と同時に国民の安全は必ず確保しろ」
キーリは胸に手を当てて強く
「
「そうだな。一刻も早くシンシアを見つけ出さなければ。──カヴァス」
イザークは思案する
「お呼びですか陛下?」
「
カヴァスは側近騎士であり、近衛第一騎士団の団長だ。討伐部隊は近衛第一騎士団と第二騎士団から編制されていて、今回の聖女失踪の件は討伐部隊の隊長から報告を受けているはずだ。
命じれば案の定、カヴァスは心得顔で短く返事をした。
「宮殿内ではいつも通りに過ごして構いませんか?」
カヴァスはある程度自由を
「好きにしろ。……カヴァスの
「
返事をしたカヴァスは
キーリは
「陛下はカヴァスに少々
「あれは
「何でしょうか?」
イザークはソファに
「ずっと考えていたんだが……ユフェの世話は
「は?」
「本当なら世話は
キーリはガクリと
呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが? 小蔦あおい/角川ビーンズ文庫 @beans
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