第20話 賀茂保憲という男

「呪術師!」

「しかも、かなり強力な力の持ち主よ。それこそ、晴明様に匹敵する」

 驚く二人に、謎の声がくくっと笑った。

「晴明に匹敵する、ね。そりゃそうだ。俺はその晴明の師匠、賀茂保憲の生まれ変わりだ」

「保憲だって」

「まさか。今まで彼の生まれ変わりと出会ったことはなかったのに」

 朱雀と白虎は驚き、そう口にしてしまう。すると、保憲の生まれ変わりを名乗る男はくくっと笑った。

「だろうな。俺は前世では晴明と関わらないようにしていたらしい。まあ、戦国なんてややこしい時代、関わり合うだけで面倒だからな。だが、俺も晴明も、同じ時代に生まれ変わる。理由は、本物の妖怪であるお前たちには解るだろ?」

 そう問われて、二人は頷く以外になかった。

 呪術師、かつては陰陽師だった晴明たちは、どうしても気が乱れる時にしかこの世に現れない。それも、妖怪のような陰の気を含んだ乱れが起こる時だけだ。

 時代が、世界が必要としているというべきか。その時にしか、彼らは生まれ変わることを許されていない。

 それは魂に刻まれた因果というものなのだろう。

「と、晴明の名前が出たってことは、お前らは晴明の式神か。存在が確認できただけでも大きい。俺はここで失礼するよ」

 ひらりと、影が身を隠すのが見えた。白虎は反射的に追い掛けようとしたが

「やめておけ。捕まったら大変だ」

 すぐに朱雀が肩を掴んで止めた。

「でも」

「ともかく、この情報を共有すべきだ。保憲がどういう立場で動いているのかは解らないが、晴明様に匹敵する呪術師が他にもいると解ったのは大きい」

「そう、ね」

 頷いた白虎だが、嫌な予感がして仕方がなかった。




「保憲様が現れたの?」

「ああ」

「しかも呪物を使っておびき寄せられただと」

「うん」

 部屋に戻って報告を聞いたサラと青龍は、どういうことだと顔を見合わせてしまう。しかし、それは遭遇した二人も同じだ。

「ともかく、現代に生まれ変わりがいるのは間違いないの。ついでに、保憲は戦国時代、晴明を避けていたそうよ。理由は面倒だからって言ってたけど」

 どう思うと、白虎はサラを見る。あの二人の関係をよく知っているのはサラだけだ。他の式神たちが出会った時には、二人の関係は安定し、表面的な対立は皆無だった。

「そうねえ。昔からよく解らない関係の二人だったから、保憲様が避けていたっていうのも、納得できるのよね」

 だが、意見を求められたサラも、その関係を一言では言い表せない。

 師弟関係であり、二人で陰陽寮を改革してしまったわけだけれども、常に共闘していたわけではない。

「なんだそりゃ? ライバルってことか?」

 朱雀がよく解らんと首を捻る。

「ううん。ライバルとも違うのよね。だって、ライバルだったら師弟関係は成立しないわよ。どちらかというと共犯関係?」

 自分で言っていて、サラもよく解らなくなる。

「ともかく、避けるのは当然ってことね」

 困ったねと白虎は溜め息だ。

 白虎の知る保憲は、常ににこにこしていて、油断ならない親父という印象だった。実際、息子の光栄が陰陽寮に出仕を始めていたので、どうしてもそういう印象を抱いてしまう。

「私も理解はしているけど、感覚的には理解できないって関係だもん」

 それに、サラも意味不明なのよねと苦笑してしまう。

 一度、どういう関係かと聞いたら、宇宙の神秘並みだと言われてしまったほどだ。それほどまでに、複雑な関係性を築いている。

「ううん。その複雑さは陰陽寮を乗っ取るのに必要だったってことか」

「みたいね。それまでの方法を変えるには、何重にも策を立てる必要があったって言ってたけど」

 乗っ取るって、言い方。

 サラは呆れてしまうものの、やったことは乗っ取りだろう。それまでの勢力を追い落とし、自分たちのやり方に変えてしまう。

 でも、それは今までのやり方があまりに儀礼的になりすぎ、使えなくなっていたからだ。平安京は呪術的な要素を盛り込んだ都であっただけに、そこを守るには常に強い力を必要としていた。だから、晴明と保憲は適したやり方を導入するため、半ば強引に改革した。

 そうやって苦労して変化させた陰陽寮だが、時代が経つにつれてまた儀礼化し、江戸時代にはもう見る影もなくなっていたのだから、歴史は繰り返すということか。

「改革が必要だったっていうけどさ。どうして外部から無理矢理入り込んだんだ? しかも既存の奴らを追い落とす必要があったんだ?」

 おかしくないか、と朱雀が冷静なツッコミをする。が、それに馬鹿かと呆れたのは青龍だ。

「何だよ?」

「それが保憲たちの先祖に関係するんだよ。晴明と理由が少し異なるけれど、賀茂家は中央から一度は排除された存在だ。再び中央に戻るためには、それなりに策略が必要だったっていうことだよ」

 この間、俺とサラが話していただろと青龍が溜め息を吐く。

「ああ、そうだった。先祖の名前が言えるかどうかってやつね。つまり、追い落とされたから、やり返したってことか」

「単純に考えればそうだ」

「ほうほう。だから、共闘関係ね。でも、べっとり仲良くは嫌だってか。そうは見えなかったけどな。仲のいい師弟だった気がするけど」

 見かけじゃ解らないなあと、朱雀は呆れた顔をする。

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