第22話 7月最終木曜日


普通の人なら 外に出るのがためらわれるくらいのお天気なのに レオナはウキウキと外出の支度をする。


汗拭きタオルに いつもの手帳 お財布に…こまごましたもの

トキとお揃いのような白いワンピースを着ていつもの麦わら帽子、今日は両親もレオンも先に家を出ているから レオナが玄関の鍵を閉める。


トキと一緒にエントランスへ行ったら もう理央が待っていた。


レオナと理央でトキを守るように挟んで ガーデンへ向かう。

順調に乗った電車で レオナが理央に聞く


「理央さん トキもソラも視えてないんですよね?でも とっても自然に二人に接して 懐かれていて不思議です」


「ユキやレオナちゃんを見ていたら そこに居るのは分かるし、見えないモノ=(イコール)存在しないモノじゃないでしょ?」


分かるような 分からないような…禅問答みたいだ と首を傾げて理央を見る


「目をつぶって耳をふさいだら レオナちゃんだって、トキの事も俺の事も見えなくなるけど、 二人とも居るでしょ? 俺はユキやレオナちゃんたちの持っている目や耳が無いから視えないし 聞こえないけど だからと言って存在しないって事にはならないでしょ?」

「あ! 私も師匠が居なかったらソラやトキを視る事は出来なかった。視える事と存在することは別物 なんですね なるほど…」


うんうん とレオナがそれを自分の中で消化しているうちに駅に着いた。



今日は、いや 今日も、深淵も、深淵と見間違えるものも無くガーデンの門に着いた。

最近は深淵のいない日の方が普通の日になって来たな っとレオナはほくそ笑む


「トキ お帰り~ おねーさん 理央さん おはよーございます」


深淵を連れたソラが門の影から 待ちかねたように現れた。


「トキが飛んでかないように迎えに来たんだ 僕の方がトキよりも重いし 理央さんと違って手をつなげるから」


ソラが言ってトキと片手をつないだ。 

その時、ビュウっと強い風が吹いて 黒いモノが転がって来た!

あ!! 深淵!?


塩を!っと思った時には 理央がその黒いモノを”拾い上げ"ていた。


「今の風 強かったな トキ大丈夫?」


理央が手にしているのは 園芸ポットだ。黒いポリエチレンで出来ている花や野菜の苗が入っているアレだ。


「ソレ 深淵にすごく似ている 深淵かと思った」


トキが片手をソラとつなぎ 片手を理央の腕につかまりながら言った。

それを聞いたレオナが ごみ箱を探してキョロキョロする理央に言う


「トキは大丈夫です。ソラと一緒に理央さんの手につかまってます。それから 理央さんの持ってるソレ、深淵に似ているそうです 師匠にお見せしましょう!」



テラスには まだユキの姿は無かった。


久しぶりに会えると楽しみにしていたのは自分だけだったのかと レオナは少しだけ腹立たしいような 寂しいような ガッカリしたような 

説明できない気持ちになりながら指定席に座ってさっき理央が拾った園芸ポットを弄ぶ。


理央はレオナのノートに 園芸ポットの絵をいろいろな角度で書いている。


もうすぐ8月だというこの時期に 屋外のテラスに居られるのは 理央に纏わりついているソラとトキが冷気(霊気?)を放出してくれているおかげだろう。


「幽霊は 地球温暖化を救うかもしれない」とは 理央の言葉である




「あ!ユキさんだ!」

トキの言葉に レオナが道の方を見ると白いシャツ姿のユキがやって来るのが見える

トキと三人でお揃いだ!っとレオナは口の端が上がるのが止められない。


「皆 早いね! ごめん ごめん」

っと いつもの椅子に座るユキの眼が レオナが持っている園芸ポットに止まる


「何 それ?」

「園芸ポットです! 先ほど トキとガーデンに入ったところで 風が吹いて転がって来たのを理央さんが拾ったんです。トキが”深淵に似ている”って言うので 持ってきました!」


ユキがレオナに(レオナの話にかもしれないが)興味を示してくれたのが嬉しくて顏が緩むのを自覚しながら言い、園芸ポットをユキに渡す。


ふーん と園芸ポットをためすがめつ見るユキに 園芸ポットをコロンと横向きに転がしてトキが口を開く


「ほら そっくりでしょ?」


ユキとレオナが同時にぽかんとした顔になった。今まで 丸(球体)だと思っていた深淵は円柱だったのか?


ユキとレオナが同時にぽかんとした顔になった。今まで 球体だと思っていた深淵は円柱だったのか?

二人はその顔のまま ソラの深淵と転げている園芸ポットを見比べる。


理央が コロンと転がった園芸ポットとユキとレオナを交互に見つめて説明を待っている。


「トキが、 深淵がこの形だって言うんですけど?」

「あー あの話か レオナちゃんのノート貸して」


理央が理解したっという顔をして レオナのノートを受け取ると 理央がイラスト?落書き?を書いたページを開く


「この 黒丸は こっち向きなんだね?」

理央が黒丸の隣に 手前を円にした円柱を書き添える

相変わらず トキと微妙にずれた方向を見て理央はトキに同意を求めている。


ソラは大して興味がないのか理央の背中にしがみついて 退屈そうに理央の細い三つ編みを引っ張ったり 理央の頭の上に登ったりしている

理央 いいお父さんになりそうだ


「ねえトキ やっぱり深淵って向う側に穴があいているのかな?」


理央が園芸ポットを望遠鏡の様に除きながら聞く 望遠鏡の先は今度はトキに合っている


「理央ちゃんは”青い鳥”読んでないの?」


無表情なトキに言われると叱られているようだが 聞こえない(もちろん園芸ポットを通しても視えているわけじゃない)理央はレオナがそのまま伝えた言葉に笑いながら


「読んだよ~ トキだって僕たちの紙芝居劇場10回くらい聞いたでしょ?」


10回は上演していないだろ、というユキの視線を笑顔で受けて止めながら理央が余白に「青い鳥」と書く


トキが当たり前の事を言うように言う


「生まれる子供たちはポットに”地上でやること”を入れてあるでしょ?それが入っていたら 穴はふさがっているでしょ?」

「ああ!そうか 医者になるとか 病気になるとか 発明するとか その仕事を終えれば 出口が出来るって事なのか!」


ユキが納得したように言い 理央はトキの言葉が聞こえなくても ユキのその言葉だけで理解したような顔をした。


「そんな大層な事ばかりじゃないの, 沢山笑うとか 歌うとか 幸せって思うとか 誰かに会うとか

 人を幸せにするとか 些細な事だってやらなくちゃ出口は出来ないのよ だから  

 おばあちゃんたちは トキにお礼をいって 感謝するって最後の仕事をして 深淵に入って行ったのよ」


ユキもレオナも なんでもない事の様に言うトキの言葉に驚きを隠せない顏になる

理央の背中にもたれて居るソラの表情は隠れて分からない。

ソラを背負った理央は ペンを持ったままレオナ達の通訳を待っていた。


通訳を聞いた理央は「なるほどなあ」っと言いながら レオナのノートにメモをしながら聞いた


「トキ 深淵の大きさって このポット位なの?」

「トキが見たことがあるのはそうよ。だから身体は置いていくのよ 入らないでしょ?」

「ちょっと待ってトキ 私はもっと大きな深淵見たわよ セキレイさんの後ろに見たのも大きかったし…?」

「セキレイ?」

トキの声にかぶせて理央が確認する

「セキレイ?2-3年前に自殺した セキネレイの事?」

「セキネレイは深淵自分で育てちゃったのよ」

レオナの言いたい事を理解したトキが言うが レオナには理解できない。

「育てるって?」

「育てるって 育てるってことよ?」


レオナの最後の質問に トキは説明が出来ないというように答えて チラリとソラの方を、正確には ソラの深淵ヘ視線を向ける


「俺 クッキー持ってきたんだけど食べる?」


突然の理央の提案に 仲間外れに飽きたように 理央の髪を乱して遊んでいるソラを見ながらユキが同意した。


レオナが飲み物を買いに カフェに入ると流石に涼しい。

霊風(れいふう)も科学の力には勝てないかあっとレオナが呟きながらテラスに戻ると テーブルの上には封を開けたクッキーが乗せられていた


「ソラとトキもどうぞ って気持ちだけかな?」


理央の言葉に二人はクッキーに手を伸ばしてみるが やはり通り抜けてしまって触れる事は出来ない。

霊たち(仮)が 触れられたり 触れられなかったりする線引きは何なのだろうか?


クッキーは食べられそうもないけれど それでも二人は理央にお礼を言う。

トキが来てから ソラが素直になったんじゃないかな?レオナがそう思いながらトキを見ると 

トキが珍しくソワソワと落ち着かない。


「トキ 何か言いたいの?」


ユキが気がついて声をかける。


ユキの言葉に トキが、いすの上に立ちあがる。


立ちあがったまま 何と言おうか考えているように口ごもるトキの言葉をレオナとユキは待つ。


理央は 首を傾げたままユキの様子を伺い その背中に顏を押し付けるようにしているソラは前もって何か聞いているようだ。


「お願いします トキを家族の所に送ってください。」


トキが頭を下げ、その状況をユキが理央に伝えた。


「じゃあ まずは深淵を捕まえなくちゃね」


優しく言うユキの言葉に トキが顏を上げた。 ユキの言葉を聞いた理央がクッキーを咀嚼しながら


「トキ 決心したんだね 俺も協力するぞ!」


っと 園芸ポットの遠眼鏡?でトキの方を見ながら言った。

いつだって トキのいない方を見てしまう理央が 園芸ポットを覗いている時は キチンと方向があっているから不思議だ。


「理央さん それ使うとトキが見えるんですか? 今 トキの方バッチリみてますけど?」

「え? 俺っていつもは明後日の方見てるの?」


このセリフを聞く限り 方向こそ合っているが 視えているわけでは無いらしい。

まあ…園芸ポットですからねえ…



ユキがトキの顔をしっかりと見て褒める。


「トキ よく決断したね。一緒にトキの頑張ろうね」


トキの決断を褒めたユキだが 本当に一番大変なのはユキになるのではないか?


自分も何ができるかわからないけれど 自分も頑張ろう!っと レオナも自分の手を握り締めて小さくガッツポーズをとる。


それを理央が見つけて ユキを軽く小突きながら笑顔で言った


「ほら レオナちゃん、やる気 満々だね?」



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