第11話  7月第1土曜日 

いつものテラスのいつもの席に ユキとレオナは居た。

たったの5日ぶりだがずいぶん久しぶりのようだと 二人とも思っているのではないだろうか?


オレンジのTシャツに大きなポケットのついたサロペットスカートのレオナは、なにか吹っ切れたようで 図書室で無言でユキを押しのけてきた少女(少年)と同じ人物とは思えないくらい 明るい雰囲気になっていた。

しかも 今日はスカート姿なので 少年に間違えられることも無さそうだ


「師匠 これ見てください 弟に粘土を借りて作ったんです」


レオナが出したのは 勾玉をふたつくっつけて作った小さなボール。勾玉の一つは白い粘土 一つは緑色の粘土だ


ユキがそれを受け取って眺め レオナが身体を乗り出すようにして説明する


「これは 深淵の模型なんです。緑の粘土は黒だと思って下さい。それで…こっちから見ると黒しか見えなくて こっちから見ると白 このあたりからみると黒と白が見えますよね? こういうふうに深淵って角度によって見え方がちがうのかも って思ったんです」


「僕が知っている深淵とは なんだか違うなあ。 彼岸に出る出口はたしかに 白なのかもしれないけれど この世の方に見えるのはいつも漆黒なんだよね レオナちゃんには 白と黒のまだらの深淵が見えるの?」


「あ そんなの見たことないです まだらだったら深淵って思わないですよね。

真っ黒だから 深淵って言葉にピンときたんですよね うーん 違うのかなあ?」


「この粘土 ちょっと 貰ってもいい? 壊すけどいい?」


レオナの許可をもらうと ユキは 勾玉のひとつを外して 白い粘土でボールを作る そしてボールにリンゴを一口大きく齧ったような穴を開けた。


どれどれと覗き込むレオナに ユキが何気なく聞く


「で おばあちゃんの話 聞いてみた?」


「あ!!!聞きました 聞きました 聞きました。師匠に絶対に聞いて頂こうと思っていたのに すっかり忘れてました。

 私の名前の事とか 私が助けてって言ったら飛んできてくれたとか話してくれて 弟が羨ましがってました。

 でも 祖母が粗忽だと言う情報では無くて」


ユキが粘土をいじりながら、 そうなの?という顔でレオナの話の先を聞く


「思い込みが激しいうえに行動力がある人だった という結論になりました。」


レオナがスカートの胸ポケットからいつものノートを出して 最後のページを開くと 「おばあちゃん 思い込みが激しい」

(ネコ缶 桃 レオナ )→行動力がある(即買い 即送り 即名付け) と書いてあり レオナがそれぞれのエピソードをユキに説明する


それを聞いたユキがクックと笑う 


「あ~ 思い込みと行動力 …レオナちゃんみたいだ …」

「え?そうですか?」

「僕も、そこに書いてもいい?」


レオナが頷いて ペンを渡すと 同じページに レオナ 思い込みが激しい (深淵は怖い) → →深淵以外も深淵だと思う → 逃げる 避ける 見ない と書き込んだいん


少し離れたところに、”本当の危険な深淵だけ避ければいい”と書いて丸で囲んでレオナを見た。


「レオナちゃんはお祖母ちゃんに愛されたから 無意識にお祖母ちゃんに似たのかも知れないね」


ユキに 祖母に愛されたと言われて レオナは嬉しくて顏が自然にほころんでしまう

好きな人に似ていると言われるのは誰でも嬉しいものだ。


「思い込みはともかく 行動力は素晴らしいと思うな。

 レオナちゃんの行動力のおかげで僕は深淵の共同研究者 兼 弟子を持てたんだからね」


冗談っぽく言って笑うユキにレオナはますます嬉しくなって その気持ちを隠すように手元の紅茶をゴクリと飲む。

それと同時にユキの方からも飲み物を飲む気配がして シンクロした二人は顏を見合わせ 今度は同時にコップをテーブルに戻す。


飲み物から手を放して ユキが粘土細工を手に取りレオナに見せる


「こんな感じかなあ」


穴がすっかり広がったボールは 中身がすっかりくりぬかれていた


「中に吸い込まれていく感じはするから 穴っぽくはあるんだよな 向う側に行くためのトンネルなんだから 向うへ出る穴も必要だよな?」


いいながら ポスっと底にも穴をあける。


「レオナちゃん 天国の門とか地獄の門ってどこにあるのかって言ってたよね?これ自体が門なんじゃないかな?」


ユキが その 底の抜けたツボのような 粘土をレオナによこす


「私 子供のころスイカの中身をスプーンですくって一つ丸ごと食べるの夢だったんですよね。これスイカの上の所 スパンっと切って 中身食べたみたいですよね?」


なかなかに レオナらしい例えである そして ユキが頷くと勢い込んで言う


「師匠!深淵がゲートに進化!というのはいかがでしょうか? 深淵よりもかなり怖くないです」


相変わらず あちこちに話を飛ばしながら言うレオナにユキが微笑みながら頷く


「いいね でも僕は深淵を通って向うへ抜けるには少し時間がかかるんじゃないかと思っているんだ。だから ゲート というよりはやっぱり通路かな?」


「師匠」が書いてあるページを開き「師匠」の方にトンネル 自分の方にゲートと書き 丸いツボを横にしたような、スズメバチの巣のような絵も描いてみる。


「こっちの入口からは丸い穴の様にしか見えないけれど、実はあっち側に出口があって ホワイトホールだから…入ったものはみんな 出てくるんですよ 多分 」


うんうん と 満足げにレオナは頷いた。


「それから… 私 家の中から 深淵の観察をしようとしたんですけど…」


深淵を避けて生きてきた と言っていたレオナが 深淵の観察に挑戦したという、その発言と行動にユキは驚いてレオナを見る レオナは粘土を捏ねながら言う


「そんなに深淵が沢山有るはずないって師匠がおっしゃったので 勇気を振り絞りました。

でも 一つも発見できなかったんです。”幽霊の正体見たり枯れ尾花”って言うのを長年やっていたみたいデス 周りに迷惑かけながら…」


その時の気持ちを思い出して ブルーな気持ちになる


「頑張ったね! ”無い”ものを見つけるのはとても難しいんだよ 偉い偉い!

 流石 雌獅子(レオナ)!」


10年かけて育ててしまった深淵に立ち向かったレオナをほめる言葉がユキには見つけられないから 心を込めて頭を撫でる。


妹さんいらっしゃるんだろうなあ 撫で慣れてらっしゃるのか気持ちいい。恥ずかしいけど… レオナはそんな事を思いながら しばらく撫でてもらっていた。


「師匠 ありがとうございます お褒め頂きまして光栄です」


レオナの声に ユキは手を引っ込める。


それから レオナは 今年の夏は祖母の家に10年ぶりに行く予定でそれが楽しみだ、とか 落ち込んだ後のおやつが意外に美味しかった。 

しかも毎日落ち込んだから 毎日おやつが美味しかったとか たわいない話をしながら粘土をこね ユキの話から何かを思いついてメモを取る。


そんなレオナを見ているユキの視線は楽し気で そして とても優しい。 



7月、蝉時雨の中 テラスの時間が緩やかに流れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る