第3話 ローズガーデン 6月最終土曜日

レオナは 「自閉症疑い」なんだそうだ  

深淵のことさえ忘れていれば まあまあ普通に生活できると思う。踊りながら歩くこともないし 深淵の事を考えてぼーっとすることもないだろう。外出だって気軽にできるのだろう… 

だが 現状ではレオナの最優先項目は深淵との遭遇をいかに回避するか?なのだから 深淵の事を忘れることは不可能だ。



そんなレオナは中学生になってから 月に二回ほど駅で2つ離れたところにある

「ローズガーデン」という施設の中にある「スクール」へ行っている。

レオナは「ガーデン」とか 「スクール」と呼んでいる。


ガーデンにはローズガーデンという名前にふさわしく 立派なバラ園がある

ボランティアの人達が丹精込めてお世話しているバラ園は冬の一時期を除いて バラが見事に咲いていて バラ園目当てに四つ葉市外からも訪れる人が居るほどだ。


ローズガーデンの敷地に入って真っすぐに行けば病院棟の玄関へ 右手にあるバラのアーチをくぐり抜けて バラの小道を行けば スクール、図書室そしてNPO経営のクッキーや紙コップでドリンクを提供するカフェの入った建物が左手に有り、更に進めば小さな東屋があり 突き当りにはホスピス棟がある。


レオナはスクールでの学習が終わると そのカフェで飲み物を買って カフェのテラスで母親が作ってくれたサンドイッチを食べる。

母親のサンドイッチは美味しい。だから食べたら無くなってしまうのを少し悲しく思いながらゆっくり食べ 最後にミルクティもゆっくり味わう

最後にオマケにと入れてくれるクッキーはポケットにしまう。ポケットに入っているクッキーはレオナを安心させる。



不思議な事に カフェでは深淵を見かけたことが無い だからこのひと時はレオナにとって心休まる安らぎの時だ。


今のバラ園は春のバラの季節、沢山のバラが咲き乱れている。そのバラの香りの中 今日の空のような青いシャツを着たレオナは図書室へ向かう。


図書室では 大きな画集を見るのが好きだ


座る席は いつも決まっている 入口から一番遠い 受付の背中側の角っこの席、

机にちょっと角度が付いているので画集が見やすいのだ。

ベンチと机の間が小柄なレオナには少し広いので ベンチに正座して調整している


その指定席に行こうとしたレオナは 珍しく先客がいるのに気が付いた。レオナよりも少し年上に見える 高校生くらいの男子だ。


ライトブルーのシャツを羽織った彼は 女子に見間違えそうなくらい細身だけれど 手が大きくて喉ぼとけも有るから間違いなく男子だ  レオナは耳からの情報には疎いけれど観察眼には自信がある


いや 彼でも 彼女でもどちらでもいい 問題は彼が座っている場所だ。


そこはもう1年前からレオナの席なのだ


ここには 深淵はいないから 少しくらい違う席でも安全だとは思うけれど、レオナはソコに座りたいのだ。


すこし考えて レオナはそのレオナの席に座ろうと決めた。

詰めれば3人位は座れそうなベンチなのだから レオナはいつもの場所に座ればいいのだ


先客はレオナが座るベンチの レオナがいつも座る場所、つまり 一番壁側に壁にもたれるようにして座って本を読んでいる。

レオナはそれでもいつも座る場所に無理やりにでも座ることに決め 画集を持ち直してレオナの席に進む


***


そして今 レオナは壁側に彼を押し付けるようにしてベンチに座っている。大きな画集を開くのに 彼の腕がちょっと邪魔だが そこは仕方が無いから譲歩した。


壁に押し付けられた男子学生、ユキは 突然自分の隣に座った子供にぐいぐいと身体を押されて壁側に押し付けられ当惑した顔をしていた。


図書室は空いていて 他にも開いている席は沢山あるのに、わざわざ人の隣に座る人はめったにいないだろう。


ユキは訝し気な視線をレオナに向け 移動しようとした。だが 動こうにも 一方は壁 前は机 その机にレオナが大きな画集を乗せて眺めているので動けない。


彼は困ったような顔でレオナを見たが レオナの方は彼のことなど全く居ないものとでも思っているように知らんぷりだ。


ユキは溜息をついて 少し考えるようにしていたが 彼も意地になったのか 壁に押し付けられたま、再び本を読み始めた


一方 画集を眺めているレオナは もう ユキの存在などすっかり忘れてしまったようだ



傍目には 同じような青いシャツを着た二人…短髪で少年のように見えるレオナと細身の彼…が 寄り添って(!)本を読んでいる姿は、仲の良い兄弟のように見えた。



16時に 隣のカフェの閉店時間の鐘の音が聞こえ レオナは我に返った。

さあ 帰ろう っとレオナは立ち上がる。すると 身体の左側が涼しくなったので そちらに目を向けると人が居た ああ 人がいたのか とだけ認識して レオナは本を書架に本を返して図書室を出た


ユキはレオナが出ていくのをあっけにとられて見ていた。


席を立つ前にレオナは確かにユキを一瞥した が それだけだった。ユキは拍子抜けしたような顔をして 軽く頭を振って首をすくめ 誰にともなく(おそらく自分自身に…)「バカみたい」っと呟くと もう 目を本に戻すことなく席を立った。



**


2週間後の土曜日 スクールの後、ランチを済ませたレオナが図書室へ行くとレオナの席にまた先客が居た


前回もいたような気がするが それでもレオナはレオナの席に座ったのだから今回も同じように座れるだろう。

レオナは大して考えもせずに 大きな画集を持ってレオナの指定席に向かう 


すると 先客はレオナに気が付き レオナが隣に座るより先に席を立って向かい側の椅子に移動して本を読み始めた



16時の鐘が鳴り、レオナはいつも通りに 書架に本を戻して図書室を出た

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る