第4-1  6月末のローズガーデン

6月の終わり、バラのアーチの花は無くなってしまったが 今度は花壇の夏バラがシーズンを迎えていた。


本来 夏はバラが少ない季節だが園芸ボランティアたちが腕の見せ所 とばかりに張り切って夏バラを植えてあるのだ。



最近 ユキは入口から一番遠い 受付の背中側の角っこの席の椅子席(つまり レオナの指定席の斜め 前の席)を指定席にしている。


しかし レオナは毎回 同じ人物が斜め向かいに座っている事に全く気が付いていなかった。


4回目にレオナと遭遇したユキはとうとうレオナに声をかけた


「ねぇ、君はいつもそこで図録を見ているね 面白い?」


小さい声で聞いたユキに レオナは画集から目を離さないまま 頷いた。



ローランサンの淡い色使いはレオナを安心させる 誰かが 「ローランサンの絵は閉鎖的」だと言ったけれど閉ざされた世界がレオナには心地よい



レオナの斜め向かいに座って 本を読みながらチラリと画集を見たユキは デニムパンツの少年とローランサンの画集の組み合わせに少し当惑気味な表情を浮かべた。




16時の鐘が鳴り レオナが画集を閉じて立ち上がると ユキがその画集を取り上げ た、レオナは初めてユキを見た


自分と同じような 明るいオレンジのシャツとデニムパンツ そして ユキの顔を見上げて その瞳に深淵が見当たらないことに気づいた


「本 返してきてあげるね」


「ありがとうございます」


突然の申し出にレオナは少し驚きながらも 頭を下げて礼を言った。

図書室を出るレオナにユキがついて来て 話しかけた


「君の事、時々見かけるけれど お見舞い?」


レオナは首を横に振る スクールと病院は隣接した建物だが 入口は反対側だ。しかも、レオナは病院側で深淵を連れた人を見かけたことがあったので 病院側には近づかないことにしている


「そうか まぁあっちは 僕もあまり好きじゃないけどね」


ユキはそのまま ごく自然にレオナと並んで歩く


土曜日で お見舞いに来る人も多いのか 今日のバラ園は人が多かった 人が多いと深淵が紛れて入ってくるかもしれない レオナは緊張しながら歩いていく 


緊張のあまり レオナは人を上手に避けられない むしろ向うから来た人とわざわざ同じ方向に動く事になる。


 そんなレオナを反対側に導こうとユキがレオナに手を伸ばす その手がレオナの肩に触れたかどうかのタイミングで声がした


「すいません 写真とっていただけますか?」

「いいですよ」


ユキがスマホを受け取る。


バラをバックに笑う人達、若い男女と小さい子供二人、真ん中に車椅子の老女、その膝には 黒い猫?


ではない、 深淵だ。。。。


見たくないのにレオナの眼が深淵に吸い寄せられる 

セイレーンに魅せられたら死んでしまう それが セイレーンというモノだから 

なんだか クラクラして座り込んでしまう


「大丈夫?」


ユキに声をかけられて 自分のいるところを思い出す シレーヌに取り込まれるところだったとほっとする


写真を撮り終わった家族は もう行ってしまったらしく 車いすの女性も深淵も もういない


近くのベンチに二人で座る


「弟さん大丈夫ですか? って言われちゃったよ  兄弟に見えたのかな?」


ユキが苦笑しながら言う


「弟さん?」

「そうそう 僕たち 似てるかな?」

「それ以前に 私 女子ですけど・・・?」


ユキの笑顔が固まり 二人の間に 何とも言えない沈黙が流れた


ユキは レオナ以上に当惑しているようだ。


それはそうだろう 普通 女子中学生は身体で男子高校生を壁に押し付けたりしない。机と自分の体で男子高校生を壁際に閉じ込めるようなこともしない。


無意識とはいえ そんな事をする短髪小柄なコドモをユキが男子と思ったのは無理もない事だろう


とはいえ、乳児でさえ女児を男児に間違えるのはアウトだと言われているのだから 少女を少年に間違えるというのはかなり失礼な話でもある。


ユキは「弟」という言葉を使ってしまっている。もちろん「君 男子だよね」とか聞いたわけではないし間違えたのは先ほどの家族だ が ユキもレオナを少年だと思っていたことは分かってしまっているだろう。


沈黙に レオナも何か言わなくてはならない気がして


「髪が短いし 背も低いから 小学生男子だと思ったんでしょうか?」


せっかくのレオナのフォローだが ユキは何と言っていいのか分からないという表情で言葉を無くしていた。


少年だとばかり思っていたレオナが少女であったこと以上に 過去にかなり近い位置、肌が触れ合うほどの近さで隣り合って座っていたという事実を思い出したのか ユキの顔がほんのりと赤く染まる。


そして 無言で固まっていたが 一寸目をつぶり、何か決意したような表情になり口を開いた


「あの車いすの人の膝の上 見てたけど 何か見えた?」



え?

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