第2話 錬心学園

レオナはこの春に13歳になった。


レオナの事を「普通にしていれば可愛い娘こ」だと両親は言ってくれる。そこに 今のレオナを普通とは思っていない、でも ”普通”であって欲しいという願いを感じる。


だから レオナは頑張って「普通」に振舞おうとは思ってはいる。


その為に一番いいのは ”深淵”が自分の近くから消えてくれること、だから、七夕でも クリスマスでも 初詣でもお願いしているけれど いまだに深淵は消える事が無い。


深淵を連想させるものをレオナは全て恐れる。


レオナの大きい目は まるで深淵の様でレオナを怯えさせる。レオナは鏡を見る事さえ嫌う、だから 極力鏡を見ないで生活出来るようにレオナの髪は男の子のように短い。


レオナはクラスで いや学年で一番小さいけれど 深淵は小さいレオ ナを見落とすかもしれない そう思うとほっとする。




そんなレオナの通う錬心学園は芸術科を擁する錬心大学の付属であり「自由闊達」を謳っているかなり自由な校風の学校だ。


生徒が自由闊達 なら 先生も自由闊達 時代遅れな精神論を振りかざす先生もいるがそれぞれの存在を尊重していればさほど厳しい校則も無い


夏休みは付属の大学と一緒で2か月ある、というのも特色の一つだ。 


芸術科への進学希望の生徒の中には 夏休みを利用して予備校へ行く者や 海外留学に出る者もいる。


小学校時代には その風変りな歩き方や内向的な言動故に 学校というものに馴染めなかったレオナだが、中学校は毎日通学できている。


それも この学園のそれぞれの自由を尊重し人の行動に干渉しないという校風のおかげだろう。


余談だが 小学校のクラスメイトであった旭アツキとは同じクラスである。


小学生にして 中二病を患っていた彼は中二の今は正に中二病真っ盛りで、深淵とは無縁の明るさで挨拶代わりに「殴ってくれ 友よ!」とか言っては 「男子ってバカよね」と常に女子から呆られている。


  その彼のマイペースさをレオナは密かに羨ましいと思っている


***


レオナは眼で見たものを覚えるのが得意だ だからテストの成績は悪くない

ただし…


「佐藤さん 佐藤レオナさん?聞いていた?」


名前を呼ばれてはっとする

佐藤は二人いるがフルネームで呼ばれたのだから レオナのことだ


「レオナさん?」


ゆかり先生が再びレオナを呼んで近づいて来る。 そしてレオナの顏を覗き込む


先生の眼の中の黒いところが怖い 深淵に似ているから   怖い…

目をそらすと 先生は小さくため息をついた


「ちゃんと授業に参加してね」


レオナは先生の眼を見ないで頷いた


こんな風なので、成績表の点数は低空飛行だ。


**


「サトレ 次 音楽室だよ 行こう!」


もう一人の佐藤 佐藤忍が声をかけてきた


佐藤レオナはサトレ 佐藤忍はサトシ 二人の佐藤はそう呼び分けられている。

サトレなんて命令されているようではないか とレオナはそのあだ名があまり好きではない


だが 忍はサトシ なんて まるで男子のような呼び名を全く気にしていない

レオナはそのおおらかさを羨ましいと思う。

一方佐藤忍は、芸術科に進みたいと思っている割に”雑”な自分をどうにかしたいと思っているので レオナの繊細な感受性を羨ましいと思っている


そんなふうに 二人はお互いを羨ましがりながら友情を育んでいる。


仲が良いと言えばもう一人、やはり芸術科(美術)希望の鈴木彩羽すずきいろはも仲が良い どちらも出席番号が近い、というのがレオナの交友範囲を反映している。


 そして二人とも自分の行く道を見据えていて 他人にあまり干渉しないというのもレオナにとっては心地よかった


「音楽鑑賞  ドビッシー 夜想曲 雲 祭 シレーヌ」


音楽室の黒板に そう記されている


夏休み前で 教師は何かと忙しいのだろう、1時間まるごと音楽鑑賞および鑑賞レポート作成に充てられていた。


「音楽 それは俺を死の眠りに導くもの」

「音楽鑑賞とか寝ちゃいそう」

「寝たら死んでしまうぞ~」



お決まりのおふざけの中 


「シレーヌだもんね ホントに引き込まれちゃうかも」


という忍に 何で?という顔をすれば 流石 芸術科(音楽)志望


「シレーヌ 別名 セイレーン 聞いたことない?」


そこに音楽の教師が現れたので会話は中断され それぞれが自分の席に着く


音楽を聴きながら レオナはセイレーンの話を思い出す


船乗りを その歌で誘い込み 死に追いやる人魚


セイレーン シレーヌ 深淵 なんとなく似ている気がする


セイレーンに罪はない そういう存在なのだから


セイレーンは 歌に引き付けられた人間の命を奪わないと 自らが死んでしまうのだ



雲といえば・・・


クモだって 


蜘蛛は巣を作り獲物を待つ 獲物がやってくればそれを食べる 蜘蛛はワルクナイ


深淵も そういう奴なのか?


否 蜘蛛やシレーヌは生きるために命を奪うけれど 深淵は生きているかどうかさえ分からない




蟻地獄の方が近いかもしれない 蟻地獄自体は生きていない 


引き込んだその先に蟻を食べようとカゲロウの幼虫がいるのだ


深淵は その先に何かいるのだろうか?


深淵は 命を必要としているのだろうか?




シャープペンを回しながら レオナはドビッシーとは全く関係ない事を考え続けていた


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