第22話 別れ話



朝9時。

今日は決戦の日。今日だけでいいからゆかりさんに見合う男に見えるように、昨日選んでもらった一丁羅を身に纏い、301号室のインターホンを鳴らす。


出てきたゆかりさんの、昨日とは違う綺麗さに、思わず息を呑む。


「おはようございます。」

「おはよう!今日はよろしくね。」

「はい。頑張りましょうね。大丈夫です。」



朝10時。

時間通りにカフェに現れた伸吾さんは、僕がゆかりさんの隣にいるのを見て、少しだけ狼狽えていた。



「よっ。」

伸吾さんはあくまで平静を装いながら、馴れ馴れしくゆかりさんに声をかける。


よっ、じゃねーよと食ってかかりたかったが、

「どうも。今日は来てくれてありがとう。」

とゆかりさんは冷静に答えるので、


「こんにちは。ゆかりさんと仲良くさせてもらってる五十嵐翔太です。まあ、ご存知かと思いますが。」

僕もこのくらいの皮肉を言う程度で済ませておいた。



その後はしばらく、伸吾さんの軽薄な雑談にゆかりさんがただ相槌を打つだけの時間が続いた。僕には口を挟む隙も勇気もなかった。



コーヒーが届いたところで、ゆかりさんが口を開く。

「本題に入るけどさ、伸吾、私のことストーカーしてたでしょ」

「いや、あの日はたまたま会っただけで、」


「証拠はあるんですよ。」

僕は耐えられなくなって口を挟み、スマホから数枚の写真を見せる。

ここ数日、僕がゆかりさんと一緒に帰るようになってからも伸吾さんはストーキングを続けていたので、証拠はあっという間に集まった。

「バレてないわけないじゃないですか。それとも、気づいて欲しかったんですか?」


「いや、まあそうか。そうだな。気づいて欲しかった。」

「俺は、やっぱりもう一回ゆかりとやり直したいと思ってる。手放してから欲しくなるなんて馬鹿みたいだけど、本当にそうなんだ。」


ここにきて素直に懇願する伸吾さんは、少し滑稽だった。


「私は、もう伸吾のことはなんとも思ってないの。」

「もちろん、別れた直後は悲しかったけど、今はもう吹っ切れたから。」

「そうか。」

「これで諦めてくれたら大事にはしないけど、もしこれからも続けるなら、弁護士と警察に相談する用意はあるからね。」

「いや、そんなつもりじゃ」

「これが最後の優しさだから。」

「わかったよ。約束する。ごめんな。」


「本当に約束してくれますね。」

「いや、そんな怖い目で言われたら絶対破れねーよ。」


「あのさ伸吾、せっかくだから、私からフっていい?」

「え?」

「交際1年記念日にフラれたんだよ私。めっちゃ悲しかったんだよ。同じ気持ちになってもらわないと割に合わないよ。」

「まあ、そうか。わかった。」


そうすると、ゆかりさんは少し間を置いてから話し出した。



「伸吾って、自分にも他人にも要求が高いというか。理想の自分になる努力とかすごい頑張るし、欲しいものは全部手に入れようとするバイタリティは凄いけど、それと同じくらい、他人もなんでも自分の思い通りにさせようとするよね。」


伸吾さんは、わかりやすく“ 核心を突かれた”といった表情をしていた。


「私、伸吾のこと結構好きだったから、理想の彼女になりたくて頑張ったりもしたんだけどね。でもちょっと耐えられなくなっちゃった。」

「今の私には、ありのままを受け入れてくれる人がいるから、その方が幸せだってわかったから。」


そう言って僕に肩を寄せるゆかりさん。甘い香りに心がざわめく。

迫真の演技をするゆかりさんと、がっくり肩を落とす伸吾さん。

実際には僕はただの隣人なのに。


「伸吾、私たち別れよう。」

「わかったよ。じゃあ、最後くらい奢らせてくれ。格好がつかないから。」




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