第17話 桃色片想い


—ゆかりside—


今日までの私は、いつも通りをできただろうか。

そして数時間後の私は、特別な思い出をちゃんと作れるだろうか。


早く寝ようと軽く酒を飲み布団に潜って数時間。時刻は既に午前3時だ。

きっともう隣の部屋で眠っているだろう翔太くんを想いながら、私はまるで遠足の前日みたいに眠れずにいた。


仕方がないので、午前中にゆっくりやるはずだった服の準備をはじめることにした。


せっかく翔太くんと二人でお出掛けできるのだから、おしゃれをしていきたい。

でも、あまりに狙いすぎても私だけ勘違いしたみたいで恥ずかしい。

などと葛藤しながら、クローゼットの服を見渡す。

普通に清潔感ある大人の感じでいいかなと思い、白いシャツに緑のスカートを取り、扉を閉めようとしたときにピンクのワンピースが目に入り、ある記憶が蘇ってきた。



それは数週間前の、まだ私が翔太くんを意識するとは思いもよらなかった頃のこと。その日は、私の部屋の衣替えを一緒にやってもらっていた。

クローゼットに私の服を片付けてくれている翔太くんに、


「どの服が可愛いと思う?」


となんの気なしに私は聞いた。そんなこと聞かれ慣れていないだろう翔太くんを少しからかって、ただ楽しく会話がしたいだけだった。

翔太くんが少しだけ戸惑いながら指差したのは、私が昔酔った勢いで通販で買ったはいいものの、私には甘過ぎて恥ずかしくなって一度も着ていないピンクのワンピースだった。



思い返せばあの時からすでにおかしかったのだ。

からかうつもりが私の方が赤面していたのだから。




そんな思い出に胸がキュルルンとしながら、ピンクのワンピースを取り出したところで安心したのか、すぐに私は眠りについた。


目が覚めると、時刻は午前11時半を過ぎていた。あと数十分で支度をしないと待ち合わせに間に合わない。

急いで支度をしようと起き上がると、昨日深夜テンションで用意したピンクのワンピースが目に入った。

「やっぱこれ着てくしかないのか」

他のものを試行錯誤する時間的余裕もないから仕方ないという言い訳をつけてそれを着て、急ピッチでメイクも髪型も整えて家を出た。


待ち合わせ場所にいた翔太くんは、髪も整えて、いつもより少しだけ気合いの入った格好をしていた。


「お待たせ!」

「いや、まだ13時より前ですよ」

「そっちこそ早いよー」

「丁度さっき着いたんですよ」


結局、ロマンチックにはならず、いつもと変わらない会話が始まった。


でも、翔太くんが、張り切りすぎた私と違って自然で素敵だから、なんだか悔しい。


「今日の私、どうかな?」


ほら、ピンクのワンピースだよ。君が可愛いって言ったから、恥ずかしくても着てきたんだよ。ねえ、気付いてよ。


翔太くんは「可愛いです」と恥ずかしそうに答えただけだった。



まあ、それだけでも許すかな。

期待しすぎたら傷つくのは私だ。

現に今日はその傷口を塞ぐ伸吾との別れ話の準備をしに来たのだ。



「ありがと!翔太くんもいい感じだね!とりあえず、お昼にしよっか。」

「そうですね。」

「そこのカフェでいいかな」

「いいですね。サンドイッチとかおいしそうですね。」

「じゃあ行こっか!」


私は軽快に翔太くんの手をひいて前を歩き出す。


私の顔と心が、このワンピースと同じくらい桃色なことを悟られないように。



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