第16話 待ち合わせ


土曜の朝というのに、平日よりも早い時間に目が覚めた。

今日は、午後からゆかりさんと一緒に服を買う。

なんだかデートみたいだと思うのは、僕だけの秘密だ。


あの雨の夜以来、昨日まで毎日僕がゆかりさんを駅まで迎えにいき、二人で歩いて帰った。

それだけでデートみたいだと思ったのも、僕だけの秘密だ。


それも日曜日に伸吾さんとゆかりさんの関係が解決すれば終わりだ。

擬似恋人から、少し仲の良い隣人に戻る。

そう思うと、なんだか日曜日が来て欲しくないような気持ちにもなってしまう。


トーストと目玉焼きを食べながら、そんなことを考えていた。

晴れない心とは裏腹に、テレビの天気予報は、今日は梅雨の晴れ間だと告げている。


一応風呂に入ってみたり、いつもより多めに顔を洗ったり、整髪料をつけてみたり。

いつもよりマシな自分になろうと頑張った。

しかし、出掛ける直前に鏡に写ったのは、地味な黒Tシャツとジーパンを着た、冴えない男だった。




こんな奴が本当にゆかりさんの彼氏になりきれるのか、たとえなりきれたとして伸吾さんは諦めてくれるのか。

僕は弱気になりながら、自動車学校の講義を上の空で聞いていた。


「事故防止には早めのブレーキが重要です」

ゆかりさんへの気持ちにも、ブレーキを早くかけられたら良かったのに。


「時速60kmだと、タイミングが2秒遅れるだけでかなりの距離を突っ込んでしまいます」

思えば5月の出会いから今日まで、かなりのスピードでゆかりさんのプライベートに突っ込んでしまった。

そしてもう僕は、止まれないところまで来てしまっている。


そんなことを考えているうちに、車校からのマイクロバスはゆかりさんとの待ち合わせ場所に着いてしまった。



駅前の時計台は、12時45分を示している。


待ち合わせと言えば、

早く来た女性がチャラい男たちにナンパされているところを格好良く助けるか、

時間に遅れてきた女性に「僕もいま着いたところ」とさりげない優しさを見せるか、

のどちらかだとラブコメでは相場が決まっている。

などとうだうだ考えていると、すぐにゆかりさんはやって来た。


「お待たせ!」

「いや、まだ13時より前ですよ」

「そっちこそ早いよー」

「丁度さっき着いたんですよ」


結局、ロマンチックにはならず、いつもと変わらない会話が始まった。


ただ一つ違うのは、ゆかりさんがいつにも増して可愛いということだ。


そう見えるのは、僕がこの特別な状況に舞い上がっているからだけではない。



以前、僕が301号室のクローゼットに服を入れている途中に、どの服が好みかゆかりさんに聞かれたことがある。

そのとき咄嗟に答えたピンクのワンピースを身に付けている。

そんな些細なことを覚えていてくれただけで嬉しいのに、さらにメイクも髪型も気合いが入っている。

まずい。

こんなことをされたら、余計に勘違いしてしまう。


「今日の私、どうかな?」


なんておどけて上目遣いで聞いてくるゆかりさんに僕はなにも考えられなくなって、


「可愛いです。」


とだけ答えた。

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