第30話 世界を救う


 放送部の男がマイクを持ち、凄まじい音量で試合開始のアナウンスを発した。

 すぐそばにはレフリーも立っていて、アナウンサーは実況をがなり立てている。

 一回戦だというのに、俺の前にいる男は優勝候補らしく、観衆は盛り上がっていた。


「初戦の相手が俺というのも気の毒な話だ。お前にやられてから、久しぶりに真面目にダンジョンに潜ったぜ。そのおかげで侍にもなれた。まさに、お前のおかげだな。お前には、お礼をしなきゃならねーな」


「へぇ」


 体育祭の最初の相手は剣闘部の三年、あのアンナプルナにちょっかいをかけていた男だった。

 いつか俺が校舎裏でバクスタからのワンコンで世間の厳しさを教えてやった男だ。

 あれから侍になったというなら、相当無茶な階層で探索をやったはずだ。


「ここじゃ、あんな卑怯な真似はできやしないぞ。全生徒の前で恥をかかせてやる。ローグ系は、剣士派生の職業には勝てないんだよ」


「そんなの聞いたことないな。お前は最初のレッスンでローグ系に背中を見せたらだめだと学んだわけだ。次のレッスンだ。今度は相手の装備から、レベルと職業を推測する方法を学ぶべきだな。俺は片手剣と短剣の二刀流なんだ。それでどうしてローグ系だと断定――」


「黙れ!!」


 俺が親切にも教えてやろうとしているのに、剣闘部の馬鹿たれは問答無用で斬りかかってきた。

 ボンッ、と俺の足元で闇が弾けて、辺りを取り囲む。

 その闇が消え去る頃には勝負がついていた。

 放送部のアナウンサー気取りは、まだ闘技場の真ん中に発生した黒い霧についてなにやらがなり立てている。


 解説なんていらないと思うが、アレがないと見る気がしないという生徒も多いそうだ。

 登場する出場者のバックグラウンドを説明してくれるので、どっちを応援したらいいのかわかりやすいらしい。

 俺はいきなり道化を選んで、盗賊に転職したと解説されて、観衆からブーイングを浴びせられた。


「おーーっと、黒い霧が無くなったら、なんと立っていたのは道化だぁ。なんという大番狂わせ。という事は、あの黒い霧は道化の先にある、未知なる職業のスキルなのかぁ!?」


 そんなわけがない。

 道化に先にあるのは、レベル上げに適したスキル群だけだ。

 負けた方は場外に飛ばされるので、勝ち負けにケチが付くことはない。

 黒い霧が晴れると実況の男が下りてきて、俺にマイクを向けた。


「すごいスキルですね」


「五次職のスキルだよ。それよりも学園長に話がある。アンタのコレクションにある狐の尻尾はエルマのものだ。尻尾を返して欲しい。以上だ」


 俺の言葉に実況の男は青くなった。

 学園長を敵に回すというのは、そのくらいヤバいことなのだ。


「ご、五次職というのは、どういった職業の事なのでしょうか」


「五番目に解放される職業だよ。今は剣聖だな。学園のダンジョンもクリアしてるから、あとでボスの討伐証明をするつもりだ」


「き、聞いたことがない情報です。そんな職業が実在するならすごいことですね」


 ボスのドロップを学園側に見せれば、それが討伐証明になる。

 実況の男に、なにがドロップしたのか聞かれて、俺はインベントリから金色に輝く伝説級の宝珠を取り出した。

 それを見た数万の観衆は、わけがわからない程に熱狂する。


「ほ、本当にダンジョンを踏破したのですか。金獅子の英雄に並ぶ快挙ですね。そ、そうなると、これからのご活躍に期待が集まると思うのですが」


「まあな。邪神ロキもそのうち倒すつもりだ。タイムアタックをやるつもりはないが、俺くらいになると一か月以内には可能になるだろう」


 こんな発言をすれば政治に巻き込まれることになるが、それももはやどうでもいい。

 現に体育祭の後で、俺は学園長や軍幹部、生徒会などから、それはもう熱烈な接待攻勢を受けることになる。


 次の対戦相手はカイサ先輩だったが、今度は派手なスキルを使いまくって倒した。

 その後は、なぜかエマが対戦相手で、「他の者では相手になるまい」とか言ってたが、俺にとってはそこら辺の雑魚と一緒なので秒で地面に転がし、決勝ではノア相手にコンボが使えず、勝手の違いに少しだけ手こずりながらも倒した。


「優勝は、やはり五次職を発見したトウヤだーーー! これは快挙と同時に、世紀の大発見と言えるでしょう!」


 優勝したことに対する感慨はなかったが、これまでに溜め込んだフラストレーションから解放されて、これ以上ないくらい気持ちよかった。

 さすがの貴族たちも、これで手が出せない奴だと認識してくれたはずである。




「やはり、トウヤは次元が違ったな。それにしても五次職とはな。しかし戦いぶりは見たかった。あんな霧で隠さなくてもいいではないか」


「あれがセオリーなんだよ。あの霧に対処するにはアビリティ欄を一つ消費するから、まずは対策されてないか確認しなきゃならない。癖で確認したんだ。だけど確認しただけで終わるとは俺も――」


「最近見ないと思ったら、とんでもねえことやり遂げやがったな!」


 待合室でダンとサクヤに出迎えられた。

 そして待合室の外では女子生徒が押し掛けていた。


 こうして俺は派手にお披露目しすぎてしまったせいで周りが騒ぎすぎ、学園内は非常に居心地が悪い場所になってしまった。

 そこで俺は、落ち着くまでは外にいようと、ダンジョンに籠もることにした。


 結局のところ、周りを気にせず学園生活を送るという目的は果たせなていない。

 しばらくすると派閥には属してないが手を出しては駄目なやつという評判は定着した。

 なので騒ぎが静かになれば、残りの学園生活を静かに楽しむことも可能だろう。


 学園長に尻尾を返してもらったエルマが正式に俺のパーティーメンバーとなり、一か月ほどダンジョンに篭っていたら、攻略は20階まで達した。

 その後はレイドボスを倒してレベルをカンスト近くまでブーストしてから、邪神ロキのいる北を目指した。

 もはや何の心配もない。


 さすがに、ここまでレベルを上げてしまえば、邪神ロキは敵ではなかった。

 結果的にラグナロクを回避して、一年目にクリアするという最短エンディング達成だ。

 それもこれも必要な仲間が集められたことと、俺の考えた攻略チャートの成果である。

 邪神ロキを倒すとレイドボスなどは出なくなり、そこだけはゲームと違っていた


 ロキの討伐を王様に報告すると、俺は公爵としてエン王国の跡地を領地としてもらい受けることになって、領主となった。




「あれ、久しぶりだね。大佐になって、領地ももらったったんだってね。おめでとうだよ」


「うむ」


「それで今日からは学園に通うの」


「まあな。もうちょっと学園生活を謳歌するよ」


「ふーん、どうして今日はそんなに大人しいのさ。もしかして私をスカウトに来たのかな。一応、自前の軍隊とかも必要なんでしょ。隊長にしてくれるなら受けてもいいよ」


「いや、隊長はもうスカウトしたんだ。ゲンっていう昔の馴染みがやってくれるってさ」


「じゃあ、副隊長になってあげようか」


「いや、副隊長はジョゼフっていう人がやってくれてるよ」


 アンナプルナには妻になってほしいのだが、俺はなかなかそれを言い出せなかった。

 今はその時ではない気がすると、問題を先送りしようとしていたら、ちょうど登校してきたサクヤに言われた。


「おっ、アンナプルナを妻として迎えに来たのだな。よかったら、ついでに私の朝練を見てくれないか。だんだん形になってきたのだ」


 そのままサクヤはずんずん校庭に設置されたカカシまで歩いて行ってしまう。

 仕方なく俺たちはその後を追った。


「もしかして、そういうことなのかな」


「まあな」


 突き抜けるような青空の下で、俺たちは何も言わずに立ち尽くしながらサクヤの朝練を眺めるハメになった。




終わりです。

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廃ゲーマーは世界を救えるのか 塔ノ沢 渓一 @nakanaka1127

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