第29話 リベンジ


 俺が邪神ロキを倒そうと頑張っているのに、世間は体育祭という名の闘技場イベントの話題で持ちきりである。

 理不尽で危険な事ばかりのこの学園で、唯一といえる娯楽イベントだから、それも仕方のないことだ。

 種目は個人戦と団体戦とがあって、朝のホームルームでどの種目に出るかの話し合いがあった。


 体育祭までには、俺の方も5次転職ができそうな感じがする。

 ちょうどいいから、お披露目の場所にしようと俺は企んでいいた。


「俺は個人戦に出たい」


 教室内で真っ先に手を挙げた俺に、周囲の注目が集まった。

 そんな俺を見てサクヤはうんうんと頷いている。


「マジかよ。道化が出るなら俺も同じのに出るぜ」


 そう言ったのはダンである。

 騎士のお前が出ても長引くだけで迷惑になるだろと言いたいが、まあ出るのは自由だ。

 これで相手まで騎士だったりしたら、自然回復が強すぎて時間切れまで泥仕合が続くのは目に見えている。


 そしたら、ほかの男子までもが、俺も俺もと手を上げ始めた。

 それでも、カリナやアンナプルナと組んでいることもあって、最近ではそこそこ高レベルと認識されてきている。

 だから道化だから出せないとは言われないはずだ。


「俺は4人パーティーの団体戦に出たいな。ダンもそっちに出て欲しい」


 セリオスがそんなことを言うと、ダンはしぶしぶと言った感じで個人戦を辞退した。

 むしろシールドスタンを活かすなら、そっちしか選択肢はない。

 スタンを入れても、タコ殴りにしてくれる奴がいなかったら無意味である。

 特にシノブやセリオスと組めるなら、最初からそっちを選ぶべきだろう。


 意外と立候補が多かったが、俺はなんとか個人戦に出られることが決まった。

 個人戦に出る三年生はレベル25前後というから、まあまあレベルだけは高い。

 なにもPvP大会で優勝できなかった鬱憤をここで晴らしたいなんて思っていない。


 これまでコソコソとやってこさせられた鬱憤を晴らしたいだけだ。

 もうすぐ誰に何を知られても、誰を敵に回したとしても自分の安全を守れるようになる。

 俺がどれくらいの力を持っているのか貴族どもに見せてやるためにも、出場者を片っ端から五次職でぶちのめす予定である。


 俺の出場はあっさりと認められて、朝のホームルームは終わった。


「はあ、私は出させられなくてよかったよ」


「まあ、聖女が出てもな。でも団体戦ならメテオで無双できたんじゃないのか」


「喧嘩みたいなマネをしたがる女子がいるわけないでしょ」


「そうだよ。絶対に嫌だよ」


 カリナもアンナプルナも冗談言わないでという顔をしている。

 出場できることが決まったので、俺は早々に教室を抜け出してミーコと合流した。

 今日はフィールドワープのために、この世界を転移ゲートで回ってみる予定である。

 一度行ったことがあれば、次からは記憶だけで飛ぶことができる。


 効率のいい記憶方法はまだ覚えていたので、その通りに飛んでみる予定だった。

 最初はたしか王都の中央ゲートから、エルフの森に飛ぶのだ。

 俺は王都の中にある転移塔という、巨大な建物に入った。

 建物の中には様々な人種であふれていた。


 主に商人が使う建物なので、物々交換をしている人や商品の売値を叫んでいる人がそこらじゅうにいてかなりうるさい。

 さすがにこんなところで対面取引をしている人から情報が漏れることはないと思うが、甘く考えるとすぐにゲームオーバーになるのがこのゲームだ。


 俺は現金以外はすべてインベントリに溜め込んでいるので、いい値段をつけている呼び声を聞くと、すぐにでも全部売りさばいてしまいたい欲求が頭をもたげてくるが、それを殺して素通りする。

 税金は転移門の移動料金の中に含まれているので、インベントリの中身を見せる必要はない。


 すれ違うエルフに目を奪われながら、俺はゲートを管理している宮廷魔術師の下っ端にお金を払った。

 馬車で三日の距離だというのに、8万クローネも取られた。

 エルフの森は、なんともすがすがしい空気に満ちた場所だった。


「はー、神秘的な場所ですね。王都の近くにこんな場所があるとは思いませんでした」


 ミーコが神秘的な雰囲気に感動している。

 勝手知ったるなんとやらで、俺はすぐに薬屋に行ってインベントリの中に溜まっていたポーション生成などに使える材料アイテムを売り払った。

 ここでポーションに変えられてしまえば、さすがに足が付くことはない。

 それに値段も高く買い取ってくれる。


 エントの実を数個だけ補充して、あとは女王を一目だけでも見ておこうと聖樹の洞に向かった。

 水辺では若くして女王になったアリアがお茶の時間を楽しんでいるところだった。

 来年度になれば学園に入ってくるが、レベル差が開いてしまっているのでパーティーに入れる人はあまりいないキャラだ。


 クエストをクリアすれば、今の段階でもアリアをものにできそうだが、あまり王都に近いところで噂を立てられるのも困る。

 ただでさえエルフというのは目立つし、数も少なく、特に成人していないエルフとなれば王族並みに希少な存在となる。

 姿だけ見て満足したので、俺はエルフの森にある霊馬パンの慰霊碑にやってきた。


「ここで契約してくれ」


 ミーコが契約を済ませたら、さっそくパンに乗って海岸線に出た。

 初夏の日差しのせいで、ミーコからは汗の匂いがした。


「お尻になにか当たってます」


 というミーコの苦情は無視した。

 霊馬パンの背中だけはひんやりとして冷たい。


「こんな漁村もないような場所に来てどうするんですか」


「海賊の相手をしたくなった時に来ようと思ってな」


「普通は絶対に関わりたくない相手ですね」


 海賊というよりは海賊の幽霊と、クラーケンというレイドボスが出るのだ。

 水属性の装備なら何でもそろうから、そのうち相手にする予定である。

 海岸線を少し走ったらフィールドワープの魔法でエルフの森に帰った。


 そして転移ゲートを使ってエルハインに飛ぶ。

 ミランダに軽く挨拶してから街でアイテムを売り、エルハインダンジョンに寄ってから帝国にも行って、周囲のめぼしいとをころを回った。

 転移料だけで、アイテムを売って得たお金がごっそり無くなるほどの凄まじい出費だ。


 そんな感じで、適当に召喚獣と契約したり、溜め込んだアイテムを売ったりしながら二日ほどかけてマップを埋めるように移動した。

 エルハインのダンジョンも無事に解放されていて、ゲームのストーリーモードよりも早く使えるようになっていたのは行幸だった。


 立派な、と言えるかどうかはわからないが木造の家もたくさんできていて、宿屋や道具屋などもあり、街としての機能も十分に備わっていた。

 ここのダンジョンは、20階層まであるダンジョンで、一階層ごとに学園ダンジョン5階層ぶんくらい敵が強くなる。


 だから学園ダンジョン換算で100階層くらいのレベル上げができるダンジョンだ。

 メンバーも揃っているし、あとはダンジョンに篭っていれば邪神ロキくらいは倒せるだろう。

 余ったフィールドワープの魔法書はアンナプルナに渡してあるので、彼女も時間をかければ、いつかそこまで到達するだろう。


 どうせならミーコにも一冊渡しておいて、彼女をアンナプルナのパーティーに入れるのもいいかもしれない。

 場所の記憶を済ませたら学園に帰って、そのまま昼間だというのに寝てしまった。

 5次職を開放したら自分の力を隠す必要もないので、もはや除籍処分も怖くない。


 起きたら夜行性のパーティーメンバーとともにエルハインのダンジョンに飛んだ。

 いきなり8階まで下りて、ひたすら敵を倒しまくった。

 すぐにエマが騎士系4次職のルーンナイトに転職できるようになった。

 やはりユニークジョブの中でも強職と言われるだけあって、三人はこの階層でも危なげなく戦えている。


 妖狐のエルマはレンジャーと追跡者を上げて、機動性重視のメイジのようなビルドにする予定だ。

 エマはHPを増やして俺が敵を攻撃して回復させるタンクにして、ノアを魔法ダメージを稼ぐアタッカーにする。




 それから二か月ほどの月日が流れた。

 学園には挨拶程度に顔を出しつつ、ほぼすべての時間をレベル上げに費やしていた。

 ひと月ほど続けて、やっと俺の五次職が解放された。

 最初は火力アビリティを取るために、メインをアビスシーカーにして、サブを剣聖にする。

 最終的にはメインを覇王にしてサブをダークドミネイターにする予定である。


 覇王は剣聖よりも攻撃的で、ダークドミネイターもローグ系の回避より最終職となっていて、どちらも上級者向きと言われていた。

 それからさらに一週間もすると、ほかの三人も追いついてきてエマはめでたくアビスシーカーの変身アビリティを手に入れた。

 自分自身に変身して、もはや人間でないと見抜かれることはなくなった。


「もうダンジョンは飽きた。他のことをしたい」


 目標をクリアしてしまったエマは、早くもやる気が無くなったようだった。

 たしかにHP上昇Ⅴも手に入れているので、ビルドとしても完成してしまった。

 あとは吸血鬼のジョブレベルを上げるだけだ。

 ノアも古代魔術師の連続詠唱アビリティを手に入れてビルドは完成しつつある。


 エルマもダークドミネイターの闇魔法が使えるようになった。

 宝珠がないのでまだ装備できるアビリティは解放できないが、三人ともユニークジョブに戻している。

 あとはレイドボスでも倒さないと経験値も得られない。

 それに、そろそろ宝珠集めをしなければならない頃合いだ。


 それならちょうどいい。

 ここまできたら必ず倒そうと決めていた奴がいる。


「それじゃちょっと、古い馴染みにでも挨拶に行くか」


「そんなに長く生きてもいないでしょうに、どんな古い馴染みがいるというの」


 と、500年以上生きているエルマが言った。

 ノアはそれよりも古くから生きているし、エマだって300年以上生きている。


「はは、たしかに俺が一番の若造だな。昔、ちょっと世話になったサルがいるんだよ」


「面白そうじゃない。楽しみだわ」


 楽しいことはないよと思いながらも、俺はフィールドワープを開いた。

 いつか死闘の末に抜けたクロイセン砦の北東にある王国跡地を目指すために、エルハインに飛んで馬を借りる。

 道中の敵は、ひとり徒歩でついて来たノアがすべて倒してくれた。


 王国跡地に奴隷らしき人間の姿は見られなかった。

 数匹のゴブリンが働かされているだけだ。

 ずいぶんと規模が小さくなったものの、中心にいる大ザルは前と変わらない様子だ。

 最近では大規模な戦争もなく、人間側は防戦に尽くしているので、新しい奴隷を連れてこられないのだろう。


 強襲してトロールどもをあらかた倒し終わったころ、大ザルは俺たちに気が付いた。

 新しいオモチャを見つけたような顔をする大ザルに、俺は嬉しくなってしまった。

 いきなり大ザルが放った魔法攻撃が同心円状に広がって、周囲のゴブリンが蒸発する。

 しかし、同時に飛び込んだ俺の剣がサルの顔面に刺さっていた。


「久しぶりだな。いつかのお礼に来たぞ」


 攻撃を受けたことで暴れだした大ザルの攻撃によって、それを受けたエマのHPが4割も急減する。

 俺以外の三人は、初めての経験に軽くパニックになったようだった。

 今までエマのHPが減っているところを見たこともないのだから当然の反応だろう。


「落ち着いて戦うんだ。こいつは今までのとは違うぞ」


 俺は連撃で出血させ、エマを回復しながら言った。

 ちょっと斬りつけただけで滝のような血が流れて、エマのHPは見る見るうちに回復する。

 割合回復なので、出血させた回数によって膨大なHPも簡単に回復できる。

 一時間ほど戦っていたら、大ザルは動かなくなった。


 倒し終わっても大した感慨はなかった。

 レイドボスだけあって、ドロップはほとんど伝説級か遺物級である。

 こいつなら倒しやすいから、しばらくは沸くたびに狩っていこうと思う。

 最初の宝珠はエマに使って、吸血鬼のまま変身アビリティを使えるようにした。


 とりあえずエマにした約束は果たした。

 掲示板にあの書き込みをした奴は色んなものを飛び超えて、エマを数ってくれたことになる。

 次はエルマの尻尾を取り戻してやらなければならない。

 その前に体育祭でお披露目をして、その後で学園長室に乗り込もう。


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