第8話 ゲームの世界



「なにか焦っているように見えるね。気がかりなことでもあるのかな」


「なんでもないよ。ただ、この辺りはロキの軍勢が多いだろ」


「たしかにね。トウヤも体を洗ったほうがいい。水を汲んできてあげるよ」


 体の痛みに耐えきれず、採掘場から持ってきた回復ポーションを煽る。

 これが最後のポーションだが、自由に使っていいと言われていたから飲んでしまった。

 体の疲れと痛みが引いていくのと同時に、強い空腹感に襲われる。

 そしたらアルトが焼いたオーク肉とバケツに入った水を持って来てくれた。


 家にあった魔導コンロで水を温めたら、できるだけ体の汚れを落とし、装備品なども洗う。

 武器には切れ味などの数値があり、俺のサーベルは最低値まで下がっている。

 ほとんど突きでしか使えなくなっていた。

 外にいたヤタ爺に砥ぎ直しを頼むと、金をとられたがやってくれるそうだ。


 それから寝て起きたら、気分はだいぶマシになっていた。

 片頭痛のような頭の痛みも取れて、思考もクリアになっている。

 アルトはまだ隣で寝ているし、外に出たらヤタ爺が俺の剣を砥いでいたので一安心する。

 たぶんコバ村が全滅するはずだったシナリオは描き変わった。


 しばらくするとみんなが起きてきた。

 ゲンの表情もだいぶ緩んでいる。


「地図を見つけたんだが、このまま南にくだろうと思う。帝国に合流するよりもエルハイン公国に向かった方が敵が少ないはずだ」


 誰も反対しなかったので、そのまま出発となった。

 半日ほど歩いたら、遠くに騎士団の野営地のようなものが見えてきた。

 そのテントを見たら泣き出すものまでいた。


「そこで止まれ! 帝国の兵士か!?」


 見張りらしき兵士に呼び止められる。

 あの緑と青の鎧は間違いなくエルハイン公国の兵士である。


「そうだ。味方とはぐれて敵地をさ迷ってきた。助けて欲しい」


 ゲンの言葉に兵士は頷いた。


「それはそれは。さぞ大変だったことでしょう。こちらにもモンスターの群れが現れるようになって大変ですよ。ここは討伐隊のテントです」


 俺達は中に入れてもらいリーダーを尋ねられ、ゲンと俺が一番大きなテントに通された。


「長旅ご苦労。私がここの隊長だ。お前らにはエルハインの首都まで来て、戦況について知っていることを公主様に報告してもらいたい。ついては多少の給金も出るだろう。どうだ」


 軍のお偉いさんらしき男が言った。

 軍はどこも厳しい階級制度が敷かれている。

 隊長クラスともなれば貴族と同じくらいの権力を持っている。

 なので俺達は頭を下げて、許可があるまでは口を開けない。

 敬語の怪しいゲンに変わって俺が答えた。


「はい。お受けいたします」


「そうか。ありがたい。こっちも前線からの情報が無くて困っていたのだ」


「お聞きしてもよろしいでしょうか」


「うむ。許可する」


「クレイセンは流行り病だそうですが、戦況はどうなっているのでしょうか」


「安心するがいい。良く効く薬が見つかって、それはもう帝国の方にも伝えてある。食料の方も無事届けられていると聞くし、クレイセンの方はなんの心配もない。おぬしらはしばらくこの国で羽でも伸ばしていけばよいのだ。それでクレイセンの戦いの方は激しいのか」


 この質問にはゲンが答えた。


「敵のネクロマンサーが厄介だ。かなりレベルも高いだろうという話だった」


「なんと。もともと戦場だった地に、そのようなものが現れおったか。あの金獅子が苦労しているはずだ。となると、クレイセンで勝負を決めるのは無理筋かな。あの死霊使いが現れると、ただでさえ敵が減りにくいと聞く。戦況はよくないな」


 俺達は馬車で首都まで送ってもらえることになり、柵の内側で休ませてもらえることになった。

 さすがにテントの中は使わせてもらえない。

 傭兵団だから、扱いとしては一般平以下となってしまう。

 それでも焚火と水があるだけでも、今の俺達にとっては有難い。


 翌日から二日かけて俺達はエルハインの首都まで運ばれた。

 そこで大半のメンバーとはお別れになる。

 何人かはゲンの傭兵団に入ることとなった。

 リーダーのゲイルも今度こそ魔導士として傭兵団の一員になった。


 採掘場で奴隷にされていた奴らも、別れ際、俺に握手を求めてきた。

 救世主様とか、人間族に勝利をもたらしてくださいとか、俺に頼むことじゃない。

 いや、俺はそれをやろうとしているから間違いではないのか。

 悪くない未来が待っていることだけを願いながら握手して別れた。


 そしてゲンと俺は公主の館に招かれる。

 コバ村が全滅するという運命に打ち勝った喜びもつかの間に、俺は浮かれまくっていた。

 エルハインのミネルバ公主といえば、NPCの中でも有名な美人である。

 もうそれだけで、このゲームを好きだった俺にとってはご褒美なのだ。


 ゲームの中で見た街並みは美しく、道具屋の看板娘もゲームで見るより美人だった。

 戦場は地獄だったが、人の生活があるところは割と近代的で美しい。

 懐かしいなあなんて思いながら、俺はスキップしてしまいそうだった。


「公主の館はこっちですよ」


「ずいぶんと詳しいな。住んでいたことがあるのか」


 まあそんなとこです、と返して、俺は一直線に公主の館に向かった。

 門番に止められて武器を預けるように言われたが、言われるがまま渡した。

 俺たちはメインシナリオのクエストでも何度か訪れた応接間に通された。

 紅茶とケーキが出てきて、俺とゲンは一瞬で腹に収めた。


「お待たせいたしました」


 うおおおおおおという感じである。

 現実だとこんな感じになるのかあ、アイドルより綺麗だなあ、という感想だった。


「それでは何があったか、詳しく話してくれ」


 ミネルバ公主の隣でメモを片手に持った女書記官が言った。

 それに応えて、ゲンは起ったことのすべてを話し始めた。

 ネクロマンサー出現による戦況の悪化、本隊の劣勢、ロキの軍勢の魔法に対する耐性の高さ、そして天候悪化と分断、逃走から捕獲、採掘場への連行と今に至るすべてである。


 クレイセンの周りは古戦場跡だと、討伐隊の指揮官が言っていた。

 俺も初めて聞いたが、グールやらスパルトイやらに取り囲まれているらしいから、疫病が蔓延するのも当たり前の話である。

 クレイセン砦ではそんなことになっていたのか。


 ミランダは魔法への耐性が高いというところで、かなりショックを受けたようであった。

 魔法というのは広範囲を攻撃出来るから戦略的にも重要視されているのだろう。

 しかし、広範囲な魔法ほど威力は弱いし、敵の特性に合わせなければただの花火だ。

 それにNPCには最上位職まで転職した魔法使いなどいなかったはずである。


「ちょっと信じられないな。あまり脚色しないで話してもらえるか」


「脚色などしていない。事実だ」


 自分の考えにぼうっとうしていたら、なぜか俺に視線が注がれていた。

 俺の活躍を脚色だと思ったという事だろうか。


「では、あのサーベルと小太刀だけでトロールを倒したというのか。それも一人で」


「そうだ」


 ゲンの方も、このやり取りには辟易しているようである。

 しかし書記官の方がどうしても納得してくれなかった。


「あなたの傭兵団は、すぐクレイセンに戻られるのですか」


「もちろんだ。家族が待っている者もいるからな」


「では、トウヤだけでも残して行ってはいただけませんか。その歳で、そこまでの才能がおありなら、戦場に出るよりも技術を磨くべきでしょう。しばらくは戦況が膠着するでしょうし、今は王都の学園に入られるのがいいと思います。将来、金獅子のような英雄になるかもしれません」


「必ずやなるだろう」


「入学金は私が出しますから、ぜひともそうしてください」


「一つお願いがある。もう一人、その学園に入れては貰えないか。そして、いつかはエルハインの近衛にでも入れてやって欲しい」


 たぶんアルトの事だろう。

 アルトはいくらなんでも若すぎて、いつ死ぬともしれない傭兵団に入れとくのはかわいそうだと誰もが感じていたはずだ。

 それにモンスターへの恨みもそれほど強くないから、戦場から離してやりたいのだ。


「それが条件という事でしたらかまいません。私が面倒を見ましょう」


 こんな流れで俺達は学園に行くことになるらしい。

 どうやらアルトは騎士団養成コースに行くようだった。

 軍とは違って、都市の防衛要員や要人警護などに特化した養成コースだ。

 入学式までの間は公主邸に泊めてくれるらしい。




「そうか、寂しくなるな。だがお前らにはその方がいい。俺もレベルが上がって剣士になったぜ。これからはモンスターをぶっ殺しまくって出世街道間違いなしよ。給金も上がるぜ」


「いつか俺もクレイセンに行きますよ。それまでは生き延びてください」


「まかせとけってんだ」


 別れ際、ジョゼフは胸を張って言った。

 傭兵団のみんなは二次転職まで行けたようだが、そこまでには半数を失っている。

 司祭だった息子のヤンは俺の判断で死なせてしまったようなものなのに、ジョゼフはそれについて何も言わない。

 過酷な状況にあるのは覚悟の上なのだ。


 ゲンが無言で拳を突き出したので、俺はそれに拳を合わせた。

 アルトは泣いてしまって言葉も出てこないようだった。

 みんなが見えなくなるまで手を振っていた。


「そろそろ行こうぜ。生きてりゃまた会えるさ」


 館に戻ると風呂に入れとのことで、新しい服と靴まで用意してもらった。

 武器も返してもらってインベントリの中に入っている。

 豪華な夕食の席に、客人の待遇で入らせてもらった。

 ゲームの時と同じでミネルバは身分の上下にこだわらない気さくな人だった。


「私の顔がそんなに珍しいですか」


「見たこともないほどの美人ですからね」


 あれがミランダの耳飾りかあ、なんて思いながら遠慮なく見ていたらそう言われてしまったので、そんな感じでうそぶいておいた。

 あれは素早さを上昇させるイヤリングで、遺物級に当たる装備だ。


「普通はもう少しかしこまるものでしょう。かなり自分の力に自信がおありのようですね」


「そうかもしれません」


「貴族の席に呼ばれて物怖じしないとはな。本当に大物なのか」


 食事の席には書記官もいて、俺の態度に驚いている。

 それはミネルバの人となりを知っているから当たり前だ。

 多少の失礼があったとしても大騒ぎするような人ではない。

 それにしても、おれはちょっと浮かれすぎだ。


 しかしゲームの世界にいるという事が嬉しくてしょうがない。

 それが死にゲーと呼ばれる最悪のゲームだとしてもだ。


「明日のご予定は決まっているのですか」


「はい。解毒薬と解呪アイテムを手に入れようかと思っています」


 俺の言葉に二人は目を丸くした。

 書記官の女性は、そんな簡単には手に入らないとか何とか言っている。

 そんなことは百も承知だが、この二つをインベントリに入れずにゲームを進めるなど、自殺行為もいいところだ。

 それほど重要なアイテムである。


 毒は言わずもがなだし、呪いに関しても戦闘中に技を封じられたり、武器が持てなくなったりと、考えた奴の正気を疑うほど重たいデバフを受ける。

 このデバフを打ち消すアイテムが無ければ、死亡と同じといっても過言ではない。

 学園周りでも、メインシナリオに絡む所では、毒が何度も出てくる。


 シナリオに絡まなければ、どうという事もないのではあるが。

 誰かが不幸になるようなシナリオだけは排除したいので、絡まないわけにはいかない。

 メインシナリオが始まる前の、サブキャラの背景設定部分だけですら、こんなにも苦労したのだから気が遠くなる。


 次の日、アルトは入学試験のための勉強をしたいそうなので、俺だけ街に飛び出した。

 地形から店の配置までゲームと全く同じで、石畳から感じる地面の硬さだけが新鮮だった。


 さっそく武器屋に行って、いらなくなった短刀、鎧、その他モンスターから出たドロップを売ってしまう。

 発掘品の短刀が高く売れたので安心する。


 そしてブラックサーベルタイガーの革から作られたブラックレザーセットを買った。

 グローブ、ブーツ、胸当て、ベルト、マントで15万クローネだ。

 セット効果があり、気候からの保護に優れているので初心者にとってこれほどいいものはない。


 ベルトにはサーベルとグローバゼラートを取り付けた。

 これで装備の方は完璧である。

 そして道具屋に行って、低位ポーション100個に中位ポーション20個を買った。

 これでいつ戦いになっても大丈夫だ。

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