第7話 脱出
崩れたレンガの壁をするりと超えて、背を向け合ったトロルの間に静かに着地する。
そしてナイフで背後から二撃。
しっかりと弱点を狙い、正確に攻撃を入れる。
そして強攻撃を三回繋いで、最後の攻撃が当たったところで残りのモーションをキャンセルして炎弾を放つ。
攻撃が当たった次の瞬間に、ミリ秒単位のタイミングでのみキャンセル入力は行える。
攻撃が当たった後の残りの動作を捨てて、別の技へと移行できるのだ。
現実のような世界でも、その瞬間だけは体の動きが流れるように次の技に移行してくれるタイミングとなっていた。
何万回と繰り返したタイミングは、嫌でも体が思えている。
VRマシンのモーションセンサーが読み取るよりも遅延が少ないのか、体感的にいつもよりほんの少しだけ早めに技を出したほうが綺麗なつながり方をしてくれた。
そんなことにまで意識が行くほど集中できている。
トロルが燃え上がったら、炎舞を発動して切り上げるように一撃を入れる。
撃ちあがったトロルを追いかけるように飛んで切りつけ、今度は着地して強攻撃を空振りキャンセルで火砲を放つ。
複数の攻撃が一つの動きとなっているから、体勢を崩し続けるトロルからの反撃はない。
もう一度、強攻撃を空振りキャンセルして距離を詰めるためだけに炎掌、そして地面に叩きつけるように強攻撃を入れる。
着地とともにダウン追撃を入れたらトロルはもう動かなかった。
ここまで3秒と掛かっていない。
コンマ数秒ずれただけでも、大きな隙を晒して棒立ちすることになる。
しかし俺は一度もミスらなかった。
俺はすぐに後ろを振り返って地面を蹴った。
物音に気が付いて振り返ろうとしたトロルの正中線にナイフの刃が入り込む。
この時点でもう決着はついている。
さっきよりも余裕をもって攻撃を繋いでいけばいいだけだ。
長めのコンボを決めていたら、トロルはずっと空中に浮きあがったまま姿を消した。
急いでゲンの方を確認すると、大ザルの方を見ていたゲンが俺に向けて親指を立てた。
古株たちのリーダーは、マジかよという顔で俺を見ている。
すぐに俺とゲンはアルトを連れて、外に向かう通路を走った。
あとは倉庫前に一体のトロルがいるだけだ。
大ザルからは離れているので、もはや音を聞かれるような心配はない。
一気に正面から突っ込んでいき、わざと攻撃を誘ってから、カウンターで相手の攻撃モーションを潰す一撃から強引に倒した。
アルトとゲンが飛びつくようにして、倉庫の入り口を塞いでいた石板をどかす。
中には、俺たちから奪ったアイテムや、掘り出し品が山積みにされていた。
目立つところにグローバゼラートがあるのを見つけた。
レイピアは見つからないのであきらめる。
それと回復薬をいくつかだけ拾って倉庫を出た。
そこでゲイルが残りの奴隷たちを連れてきたのと合流する。
そして手分けして倉庫の中身をインベントリに放り込みはじめた。
俺は外でトロルを警戒していたが、まだ気づかれた様子はない。
そこでかなり時間を使ったが、その後は全員でごつごつした岩山から草原の中に飛び込むことに成功した。
そのまま森に入って、ひたすらに走り続ける。
「風もあるし森を燃やすか。そうすりゃ、サルが追ってくることはない」
とゲイルが言った。
俺とゲンとアルトを含めた四人が先頭を走っている。
「逃げた方向がバレる。追手が来るようなら森を焼こう。それまではひたすら距離を稼ぐんだ」
とゲンが言った。
それがいい。
あいつらに足跡をつけるような知能があるとも思えないから、わざわざ方向を教えてやる必要もない。
それにMPはできるだけ温存しておくべきだ。
ゲームと同じならあのボスザルは、あそこから動くこともできないはずだしな。
「了解だ。それにしてもスゲー奴だな。なんであんな滅茶苦茶に攻撃が出せるんだ」
「タイミングと練習だよ。それよりも追跡者がいるならしんがりに行かせてくれ」
追跡者はローグ系二次職で、隠密寄りだから物陰に潜んでいれば敵に見つかることもない。
移動速度上昇を持っているから警戒と伝令には向いているはずだ。
「もう行かせてるよ。敵が来たらすぐに知らせてくれるはずだ」
数時間も森の中を走ると、今度はだだっ広い草原に出た。
悪いことに生えている草の背丈が低い。
それに空には満月が出ていて、遠くからでも動く物がよく見えそうだ。
時間は深夜の二時くらいだろうか。
「迷ってる時間はない。夜明けまでに走り抜けよう」
「その前に休憩しましょうよ。全員ついてきているか確認した方がいいですよ」
今にも走り出しそうだったゲンも、アルトの言葉で動きを止めた。
ゲイルのやり方に習って、俺達もみんながいるか確認した。
最後にやってきたのはヤタ爺を背負ったジョゼフだった。
「ここからは俺がヤタ爺を担ごう。ジョゼフは前に行ってくれ」
ゲンもほとんど寝てないのに無理をするから心配である。
「すまんの。おい、我らの救世主よ。こいつをお前にやる。倉庫の中で見つけたものじゃ」
そう言ってヤタ爺が取りだしたのは、硬質で軽い鎧だった。
「ありがとうございます」
俺が受け取ったのはやけに軽い鎧だった。
これはシェルアーマーだろうか。
幸運なことにレベル制限もついてない。
「そいつは水にも浮く鎧じゃ。軽くて頑丈じゃが壊れやすい。それでもここを抜け出すくらいは持つじゃろう」
俺はすぐにその鎧を身につけた。
「またヤタ爺は欲張ったんですね」
「ああ、倉庫の中身を根こそぎ持ってくる勢いだったぜ。それにしてもうまくやりおおせたな」
そう言ってゲンコツを差し出したジョゼフに、アルトは拳を合わせる。
俺達はヤタ爺の事なんて考えている余裕もなかった。
よくそんな余裕があったなと思ってジョゼフの顔を見たら、その理由を悟った。
もはや家族をすべて失ったジョゼフの顔には恐怖も何もない。
ただ死に場所を求めているようにすら見える。
よく見れば、この戦争が終わるのを皆が恐れているようだった。
復讐せずにはいられない思いを抱えているのだ。
蒼い月がみんなを照らしていて、それが悲しい景色に思えた。
草原を進んでいくと、誰かが伏せろと叫んだ。
急いで地面に飛び込んで伏せていると、上空を何か大きなものが飛んでいった。
大きな羽を持つ黒い何かだ。
通り過ぎていくときに、身の毛がよだつような感触がした。
「ワイバーンだ。ここはワイバーンの巣になっているんですよ」
「ワイバーンがいるうちは進めないな。止まって確認しながら進もう。俺が先頭を行くよ」
そこからはジョゼフを先頭にして進む。
泥にまみれながら、俺達は息を殺して進んだ。
ひっきりなしに飛んで来るワイバーンがいるのでなかなか進むことができない。
草原に出たのは失敗かと思われたが、幸運にも見つかることなく通り過ぎた。
次はリザード族の縄張りの中に足を踏み入れてしまった。
そこからは昼も夜もなく戦い続けることになる。
前衛が輪を作って、後衛を囲みながら進む。
正面は敵が多くて、俺とアルトが担当することになった。
ゲイルが後衛として俺達の援護をしてくれた。
三日後に道が現れ、遠くに石碑が見えてきた。
その場所は帝国と王国の休戦を記念して建てられた石碑だった。
ちょうど中間地点であるそこは、人族側の領地に帰ってきた証でもある。
リーダーの男が涙を流しながら石碑にすがりついて泣いていた。
いや、みんなが涙を流して喜んでいる。
生きて帰って来られるとは思っていなかったのだろう。
俺は喜ぶ余裕もないほど疲れきっていた。
「本当に切り札だった。見てみろ。敵の攻撃がかすりもしねえから鎧に傷一つない。最初はただのガキに見えたが、今じゃ神が遣わした救世主かなにかに見えるぜ。尋常じゃない戦いのセンスだ」
「だから言っただろ。こいつは本物なんだ」
なぜかゲンが得意そうな顔をしている。
「でも覚えたばかりのルーン魔法を使いこなせるのはセンスとかいう話なんですかねえ」
アルトはなにかに気が付きそうだ。
しかし本当の答えにはたどり着かないだろう。
ただの廃ゲーマーだという真実には。
「行きましょう。ここはまだゴールじゃない」
俺は先を促した。
戦いが続きすぎて、立ち止まってるのもつらいほど疲れているのだ。
そうして小さな村を見つけて泊めてもらおうとしたが、村には人っ子ひとりいなかった。
モンスターに襲われた跡があるので、夜逃げしたのだろうということだった。
とにかく適当な家に入り、俺はすぐに寝てしまった。
夜中に目を覚ますと、ホコリと泥の匂いが鼻を突く。
そして悲鳴が聞こえているのに気が付いて飛び起きた。
外に出たらオークの集団が村を取り囲んでいた。
クロイセン砦が攻められないから、周りの村々が狙われているのだろう。
本当に休む暇もないなと怒りが湧いてくるが、このところの睡眠不足と戦い続きのせいで体が思うように動かせない。
これは他の奴に戦ってもらう必要がある。
俺は飛び出して行って、大声で指示を出した。
「盾を持ってる人は入り口を固めるんだ! 堀は渡って来れないから村の入り口に集まれ!」
これがゲームと同じであるならば、敵が水のある所を渡ってくることは滅多にない。
堀にかかっている橋の根元を押さえてしまえば、他からオークが入ってくることはない。
まずはタンクに壁を作らせて中に入れなくすることが重要だ。
ゲンにアルトとジョゼフ、その多数名が入り口をがっちり固めてくれたので、すでに入り込んできていたオークは俺が倒して回った。
そして壁役に隙間を開けてもらい、ルーン魔法で適当にヘイトを買う。
うまいこと敵が一列になって、壁役の隙間から内側に入ってくる。
「壁役は絶対に入ってきたオークに気を取られないでください。前だけ見ていれば大丈夫です。ヘイトを剥がせなくなるので絶対に攻撃しないでください。5体くらい入れたら隙間を閉じて、入ってきたのをみんなで攻撃します」
「言う通りにしろ!」
ゲイルがそう言ってくれたおかげで、採掘場にいた奴隷達も指示に従ってくれた。
あとは入ってくるオークを囲んでボコすだけだから、後衛だろうと何だろうと問題ない。
「もっとタイミングをばらけさせて攻撃するんだ。一斉に攻撃しないように。それと外のオークに攻撃するのは禁止だ。暴走して堀を渡ってくるかもしれない」
俺は声を張り上げて指示を出す。
最初の一撃だけ俺がカウンターを取れば、あとはガードもできずにオークたちは倒されていく。
この程度の相手なら何体同時に来てもカウンターは取れる。
いわゆる先行カウンターという奴で、出鼻をくじいて相手の攻撃モーションごと潰してしまう技だ。
夜明けから初めて、昼前にはすべてのオークを倒しきった。
「また救われたな」
疲れてぶっ倒れていたら、リーダーの男が水の入った革袋を差し出してきた。
とにかくあと少し移動すればエルハイン公国に入れるのだから、そこまでの辛抱である。
ゲームでは全滅していたコバ村の歴史を変えられるのかどうかの瀬戸際だ。
「出発しましょう。あと三日も歩けば街道に出られます」
「おい、大丈夫か。だいぶふらついてるぞ。少しここで休んでいけばいい」
倒れそうになってゲンに支えられた。
歩き通しだったから、ブーツの中が血と膿と泥でぐちゃぐちゃになっている。
「オークが肉を落としたから、これを食べてから進めばいい。ひどいツラになってるぜ。空き家の中に塩もあったんだ」
ジョゼフがドロップアイテムのオーク肉を見せてくれた。
豚のバラ肉みたいなアイコンのアイテムだったが、たしかにそんな感じだった。
オークの猛攻にさらされていたジョゼフも、体中穴だらけで薬草と灰を突っ込んで止血しているだけだ。
周りも同じような状況で、さすがにこれ以上の無理はさせられそうにない。
「わかりました。夕方になったら出発しましょう。とにかくエルハインの街道まで行かないと」
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