第6話 勝負の時


「武器はこれとこれにします」


 俺が選んだのは希少級のサーベルと希少級の脇差だ。

 脇差はマナムネとも呼ばれていた人気アイテムで、サーベルには攻撃力強化が付いている。


「そんなのでいいのか。まさかレベル制限に引っかかってるわけじゃねえよな」


 採掘場の奴隷を仕切っているゲイルという男が、顔に怒りをにじませながら言った。

 レベル14の魔導士であるこの男が、元からいた奴隷の中で一番強いそうである。

 こっちの人は総じてレベルが低いように思われる。

 レベル30近いゲンは帝国の指揮官レベルだとのちに知った。


「追加効果で選んだだけですよ。それに使い慣れた武器の方がいい」


 どんな武器でも使えるが、レベル10以下だと悟られない方が良さそうだから嘘をつく。

 無理な交渉をしたであろうゲンにこれ以上の負担はかけられない。

 俺は武器を男に渡した。

 すると、ゲンとゲイルは作戦内容を詰めながらどこかへと行ってしまった。


 この場から離れるように言われていたので、俺は顔なじみがいる一団に合流した。

 トロルたちの管理はずさんなもので、どこで働いていても問題はない。

 たぶん俺達の顔の識別すらついていないんだろう。

 ただ、働きが悪いと鞭が飛んで来るし、真ん中にいる大ザルの動きだけは気を付けなければ命がない。


 今のところ俺たちの傭兵団の中で大ザルの餌食になったものはまだいなかった。

 それでも作業中に大ザルに殺された女の人のことが頭から離れない。

 もとからここに居た奴隷で、どうやって連れてこられたのかも知らなかった。

 それまで普通に喋っていて親切な人だったのに、一瞬で命を奪われてしまった。

 作業の間も、足首だけがその場に残された光景が頭から離れてくれなかった。


 その日の夜には、昼間話した男の計らいで司祭からの治療を受けられるようになった。

 当然ながら神官などおらず、失った体の部位はもとに戻せない。

 欠損の修復には、すでに24時間が経過してしまっている。

 プレイヤーがいたころは神官くらいどこにでもいたが、今となっては一年以内に探せるかどうかあやしいところだ。


 彼らはHP減少のデバフが一生残ってしまったことになる。

 そうなると部位破壊が起こるようなダメージは受けられない。

 大ザルに石を投げつけられたのは危なかった。

 HPが残っていれば戦闘に復帰できると考えていたが、どうやらもうそういう世界ではなくなっている。


 俺が目指そうとしていた回避型アタッカーというのも危ない選択肢のように思えてくる。

 ポーションだって最高級ですら一部の例外を除いて店売りはなかったはずだから、部位破壊を受ければ治すのは相当に難しい。

 この死にゲーを攻略するには、攻略チャートをしっかり作らなければ初見殺しによって確実に命を奪われるだろう。


 今はそんなことを言っている場合ではないが、ゲーム開始地点まで生き延びた時のために攻略チャートを頭の中のメモ帳に作っている。

 もともと俺はゲームなんて死んでもいいかくらいの気持ちでプレイしていたから、感覚だけで進めたときの危険性は身をもってわかっているつもりだ。


 ゲームなら死んでから対策を立ててもいいが、一度きりしかチャンスのない今となっては攻略チャートの作成が最重要である。

 そもそも解毒薬や解呪アイテムなど、必須アイテムを持たずにうろつき回っている今は死と隣り合わせということになる。


 そんなことよりも今はトロルをどう倒すかだ。

 HPがいくつだったかは思い出せないが、いきなり背後を取ればワンコンで倒せないことはないだろう。

 ルーンのおかげで簡易的なキャンセルも使えるようになったから、攻撃後硬直も気にする必要がない。


 今できる中で最大ダメージが出せる技連携はわかっている。

 四年間、それだけを朝から晩まで考えて生きてきたようなものだから、間違うはずもない。

 どんなにプレッシャーがかかっていても、最初の一撃さえ入れてしまえば、俺が追撃を途中で失敗することはないと自信を持って言える。


 だが、倒しきるダメージが出るかどうかは別だ。

 そんなことを考えていたら、昼間の男がやってきた。


「まったく、こんなガキをどうやって信じろってんだよ。本当にお前はトロル共を倒せるのか」


「音もなく倒してみせますよ」


「チッ、俺もヤキが回ったかな。これが今の俺たちの手持ちのすべてだ。役に立つか」


 男が7つほどのルーンストーンを地面にばらまいた。

 下級の中には中級の石まで一つ混じっている。


「ええ、助かります」


 俺が石に飛びつこうとすると、男の足が俺の手を踏みつける。


「本当に俺が使うより役に立つんだろうな。俺はレベル14の魔導士だぞ」


 余りに粗野な態度に少しカチンと来るが、それも仕方ないことだと思い直す。

 この世界では丁寧な態度だけで信用が得られるわけじゃない。

 自信のある態度で信頼を勝ち取ることが必要なのだ。

 ジョゼフだってゲンだって一度も弱音を吐いたことななどなく、常に自信に満ち溢れた態度を崩そうともしなかった。


 それに何度勇気づけられたかわからない。

 この目の前にいる干からびて生気もなくなったような男でさえ、自信と尊厳を失わない態度でみんなを引っ張ってきたのだ。

 そこに多少の嘘はあったとしても。


「アンタのレベルはそこまで高くない。せいぜい12かそこらだろ。そんなレベルで魔法使いが二次転職は無理だぜ。それにトロルには魔法が効かないんだ。こいつは俺が使わなきゃ意味が無い。足をどけてくれ」


 俺は周りに聞こえないように言った。

 男は少しだけ狼狽する様子を見せたが、大柄な態度は変えなかった。


「まあいいさ。お前らが失敗しても、俺たちは知らないふりをするだけだ。ここまでさせたんだから、期待を裏切るんじゃねえぞ」


 男が立ち去ったので俺は素早く石をかき集めた。

 さっそく赤く輝く石を使用する。

 四つ目にしてシヴァの二段階目が運良く解放された。そして最後の中級の石で三段階目も開放される。


 炎弾、炎舞、炎掌。これだけあれば心配することはなにもなくなった。

 どれも三次職の暗殺者が使うスキルと互換性がある。

 それは俺がもっとも使い慣れたスキルツリーだ。

 威力は低いが追撃手段が増えたことで手数の心配がなくなった。


「うまくいったの」


「ああ、これで可能性が上がったよ」


 その後でゲンがやって来て、明日の決行を告げられた。

 心臓がドクンと跳ねる。

 だが、それを表情にあらわさないように努力する。


「今日でも構いませんよ」


「まだ準備ができてないんだ。トロルの配置も探らなきゃならない。追跡者のジョブを持った奴を使って、今調べてもらっているところなんだ。明日はなるべく手抜きをしてでも体力を残しておいてくれ。仕事終わりにアイテムを掘り出して、インベントリに入れておくんだ」


「わかりました」


 暗闇の中をゲンは、まるで見えているかのような速さで離れていく。

 作戦がどうなっているのか気になるが、今の俺の仕事は明日に備えて休むことだ。

 ここを抜け出せたとして、次に寝られるのがいつになるかわからない。

 横になると地面の冷たさがこたえた。


 脂肪が少なくてガタガタ震えているアルトと背中をくっ付けるようにして目をつぶる。

 周りに人がいるので少しだけ温かい。

 静かにしていると大ザルのいびきが聞こえてきた。

 アイツはクレーターの中心からほとんど動かない。


 あとは、たまにゲンたちのささやき声が風に乗って聞こえてくるだけだった。

 身体はつかれているし精神的にも参っている。

 それでも集中力は途切れていない。

 明日はたぶん大丈夫だろう。




 翌日はみなが同じタイミングで、神妙な顔をしながら起き上がった。

 眠れたものも眠れなかった者もいるだろう。

 死ぬか、脱出が成るかの日である。

 のそのそと起き上がり、なるべく体力を消費しないように一定の速度でゆっくりと動く。


 午前中にサルが騒ぎだしてひやひやしたが、怒りを買ったのはトロルで、大ザルはそのトロルを食べていた。

 狂暴性が高すぎて、いったん興奮してしまえば敵も味方もない。

 周りのトロルにはそれを気にした様子すらなかった。


 午後になるとゲンがやって来て、手筈を何度も確認してくれた。

 ゲンの顔には疲労の色が見て取れる。

 かなり無理をして調整をつけてくれたようだった。

 一日延びただけで、死人がどれだけ増えるかわからないから仕方ない。


 そしてサルが飽きたのか、その日は早めに作業の終わりがやってきた。

 いつもならサルは寝ている時間だというのに、今日は起きているというのが厄介だ。

 アイテム回収しなければ、今日の作戦決行に支障が出る。

 トロルと違って注意を引けば命にかかわるから、決行延期もやむなしかと思われた。


 ゲンを見ると、力強い目で俺の方を見て頷いた。

 あれはやるという事だ。

 角に残された瓦礫の山の下にある武器とポーションを回収しなくてはならない。

 監視役のトロルは俺の真横にいる。


 その時、アルトがおっとっとと言いながら、わざとらしい演技で俺の背中を押した。

 アルトはそのまま倒れ込んで、すぐさま起き上がり、すいませんと謝る。

 その動きにサルは反応しなかった。

 俺の方はアルトに突き飛ばされたふりをして倒れ込み、その隙にやわらかく膨らんだ砂の中に手を差し入れ、中にあったものをインベントリに移している。


 少し手は切れたが、インベントリの中にナイフとサーベルは入っていた。

 それにポーションもちゃんと収納されている。

 最悪、ポーションは諦めても良かったが、無事に回収できた。

 あとは今日、抜き打ちの持ち物検査が始まらないことを祈るばかりだ。


 その後は、何を食べたのかすら覚えていない。

 持ち物検査が怖くて、砂を食べているような気分だった。

 食べ終わったら一匹のトロルがやって来て、ゲンの所で立ち止まる。

 その場にいた全員が息をのむが、トロルはゲンの腕を引っ張って一人の女性の所へ連れて行っただけだった。


 その女性の腕とゲンの腕をくっ付けて何か言いたそうに動いている。

 そのまま何が言いたいのか誰にもわからずにいたら、トロルは二人の腕を引っ張り上げるようにしていた。


「子供を作れってことでしょう。繁殖のために」


 俺がそう言うと、ゲンが女性の肩を抱きながらわかったとアピールする。

 それを見たトロルは満足そうに去って行った。

 俺達を家畜かなんかだと思っているらしい。

 さすがのゲンも汗だくになって、大きく息を吐いていた。


 大ザルが勝手に殺してしまうから、繁殖させて増やしたくなったとかそんな所だろう。

 きっと奴隷の数を減らしたくないのだ。

 なにせ今日の大ザルはトロルを食べていた。

 それに今日の大ザルはあまり寝てなかったので、決行するにあたって今日ほどいい日はない。


 決行の時間が迫ってくると緊張感に襲われないか心配になってきた。

 勝ちたいと思うほどに体は堅くなって、決断力は無くなり、守りに走った思考になって動けなくなった過去の記憶が蘇る。

 それで何度も失敗して俺はPvP大会で一位になれなかったのだ。

 大ザルは眠りに入ったらしく、暗くてよく見えないがいびきが聞こえてくるようになった。


 そろそろ時間である。

 立ち上がって伸びをし、大きく息を吸ってなるべく体に入った力を抜いておく。

 ゲンをリーダーとする俺達新入りグループは、こそこそ移動して見張りのトロールにの近くまで移動した。

 崩れたレンガの壁の向こう側には、松明の下に見張りのトロルがいる。


 確認するためにレンガ壁の上から顔を出した。

 見張りは二体、それぞれが反対側を見ている。

 俺はインベントリからスタミナポーションとマナポーションを出して飲んだ。

 これは300秒間持続的に回復量を上げてくれる。

 そしてバフ用のポーションを一気に煽ると、ナイフとサーベルをインベントリから取り出して両手に持った。


「本当にそいつ一人で行かせるのか。無謀すぎる。全員で魔法を浴びせた方がいい」


 ゲイルが信じられないという様子で言った。

 それはそうだろう。

 俺が同じ立場だったとしても、そう言うしかない状況だ。


「黙って見とれ」


 とヤタ爺が言う。


「それに少しでも音を立てたらサルに気付かれる。どう逃げたって殺されるぞ」


「俺たちはトウヤに賭けると決めて、ここまで準備してきた。なにを言われても計画を変更したりしない。黙って見てろ」


 ゲンの力強い声は不思議とみんなを安心させる。

 俺たちの寝床では、みんなが不安そうにこちらを見ていた。

 なぜか俺はそれほど緊張していないことに気が付いた。

 あれほどプレッシャーに弱かったのに、どうしてだ。

 深呼吸して、飛び出すタイミングを計る。


 そうだ。

 今の俺は相手にどうしても勝ちたいなんて考えは欠片もない。

 ただゲーム廃人の俺なんかを頼ってくれて、こんな役割を与えてくれたみんなのためになんとかしたいだけなのだ。

 失敗したって誰も俺を責めたりしない。

 今の俺はただ与えてもらった役割をこなすだけでいい。



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