第9話 学園スタート



 エルハインにはいくつかクエストがあるが、裏技的に、クエストをクリアしなくても手に入る宝箱がある。

 街の中央にある噴水で鍵を手に入れて、それを持って宿屋に入った。

 二階に部屋を取って、部屋に入ったら天井裏に登る。


 埃が数センチも積もっているが気にせずに入って、その奥の立て板を外した。

 狙い通り宝箱が出てきたので、さっきの鍵を差し込んで開けた。

 出てきたのは一本の剣で、ハヤブサの剣である。

 これはレアリティ遺物級の素早さを上げてくれる剣だ。


 俺はニンマリと笑ってから、それをインベントリに仕舞った。

 見た目が派手過ぎるので、レベルが上がるまでは周囲に見せない方がいいだろう。

 築500年の宿で、これは昔の英雄が隠したアイテムだ。

 本来なら宝探しクエストを完了しないと手に入らないものである。


 あとは下水道に潜って、ウェアラットを一時間ほど狩りつづける。

 俺が次に向かったのは、錬金術師の婆さんのもとだ。

 まずは毒消しを調達したい。

 店に入ったらエントの枝をあるだけ買って、ドロップしたラットの尻尾と一緒に渡し、毒消しの調合をお願いする。


「ラットの尻尾とエントの枝で何ができるんだね。聞いたこともない」


「とにかくお願いします」


「まあいいさ、待っとれ」


 ゲームでは、これでエントの実ができただずだが、裏技のような物だったから再現性があるかわからない。

 いやどう考えても無理だろうと思うが、一応お願いしてみた。

 これでだめなら月桂樹の実で代用するしかないが、それだと解除できない毒がある。

 しばらくしたら、頭にはてなを浮かべた婆さんがエントの実を抱えて出てきた。


「こりゃどういうこった。キツネにでもばかされとるんかな」


「かもしれませんね。助かりました。これがお代です」


 エントの実18個ゲット。

 本来ならエルフが住む森の奥まで行かなければ手に入らないアイテムである。

 次は中級以上の解呪アイテムが欲しい。

 しかしこればかりは、レベル20以上のボスドロップしかない。


 仕方なくもう一度下水道に降りて、その奥にいるキラーラットを目指した。

 キラーラットが現れたら、鼠の尾を使ってキラーラットのレベルを上げる。

 倒したドロップは、鋼鉄のナイフ(中級)、解放の宝珠(低級)、ルーンストーン(低級)、中級ポーション(3)、毒袋(2)、2300クローネだった。


 狙いのアイテムはなかったので、いったん外に出て時間を潰すことにした。

 そろそろ昼時なのもあって、食堂がにぎわっている。

 ゲームの時はメニューなど気にしたことはなかったが、今となっては一番重要なことだ。

 かつ丼定食の文字を見つけてその店に入った。


 サラダと豚汁付きのかつ丼が出てくる。

 そうなのだ。このゲームに出てくる食事は、日本で食べているようなものなのだ。

 ゆっくりと食事を済ませると、もう二回ほどキラーラットを倒して、解呪の御札(中級)を手に入れた。


 この御札は神社さえあればお賽銭を入れるだけで額に応じた等級の御札が手に入るのだが、エルハインの近くにはない。

 これから行く王都にも一つだけあるが、そっちは交換レートが渋い。

 いらないドロップを売り払ってミネルバの館に帰った。


 ミネルバの話では一週間以内に王都に向けて出発できるようだった。

 この国の入学式は正月である。


「討伐隊の方は順調ですか」


「はい、今日もオークの一団を撃破したとのことです」


「それは何よりですね」


「しかし、帝国に送る予定の傭兵が集まりそうにありません」


「こう何度も募集をかけてはそうでしょう。他の都市に頼るしかありませんね」


 ミネルバと書記官がそんな会話をしている。

 傭兵の募集は街中で何度も目にしていた。

 帝国が倒れれば、エルハイン公国は前線に立たされることになるから、帝国への出兵は惜しんでいられない。

 しかし地方都市だって冒険者や傭兵を取られては、自分たちの街の防衛が危なくなる。


 だから軍は、傭兵たちですらも厳しい身分制度の中に管理して、頭角を現した者には力と金を与えるのだ。

 この世界では、ある程度の権力さえあれば、殺人だって揉み消すことができる。

 王都などでは、さながら中世の貴族のように権力を振り回しているものも少なくはない。


 特に兵力を輩出する学園となると、そこには金と権力と支配欲に取り付かれたような者たちが集まってくる。

 そして学園内での自分の支配を広げようとするのだ。

 いつ死ぬかもわからない軍人となる若者にとっては迷惑な話だった。

 もちろん学生の方にも、権力を手に入れるうまみがあるから入学するのだ。


「トウヤは少し危ないな。ミネルバ様の後ろ盾があるなどと勘違いして、学園で問題など起こすなよ。こちらは一切関知しないからな」


「わかっています。それよりも東にあるダンジョンを誰でも使えるようにしてはいかがですか。ドロップ品を高く買い取ったり、近くに人の住めるところを作れば、冒険者のレベルも上がります。軍人を目指す若者も集まってくるでしょう。素人みたいな傭兵をいくら送っても意味がありません。レベルの高い傭兵を育てるべきです。レベルを上げるなら迷宮に入ることは欠かせない要素です」


「た、たしかにそうだな。言われて見れば悪くない考えだ。どう思われますか、ミネルバ様」


「名案ね。でも、あの場所を維持するには一個師団はとどまらせる必要がありますね。それに、街を作るとなると持ち出しも多くなるわ」


「ですが、一考してみる価値はあります」


 数年後にミネルバはそれに気が付き、主人公に依頼をしてくるクエストがある。

 それを速めただけだが、あのダンジョンが解放されれば、格段にレベルは上げやすくなるはずだ。


「王国の都市まで川で繋がっていますから、開発が進めばすぐに人が集まってきますよ」


「トウヤさん、あなたは本当に不思議な方ですね。知識や見識は、王都の宮廷魔術師にも引けを取りません。貴方の持つ自信は本物のようですね」


 たしかに、ここは学校にも通ったことがないような人が多い世界なのだから不自然だ。

 傭兵団に所属する若者に学がある方がおかしいのだ。

 だが多少不審がられたとしても、ダンジョンが解放される方がありがたい。


「トウヤはいつもこうなのか」


「はい、出会った時にはもう大人と同じように傭兵団を指揮していました。トウヤの指揮のおかげで何度も命を救われています」


 とアルトが言った。

 あまり余計なことを言ってほしくなかったが仕方ない。


「教養があり、軍略に明るく、戦いの才にも優れている。まるで金獅子の生まれ変わりを見ているようですね。さぞ両親の教育が良かったのでしょう」


 違う。ひきこもってひたすらゲームに明け暮れていただけだ。

 しかし、言ってもしょうがないことなので笑ってごまかした。

 そんな生活をしていたら一週間はすぐに過ぎ去った。

 一度だけミネルバに、廃図書館に住み着いた魔物退治を依頼されてこなしている。


 俺とアルトは一年間の生活費として金貨10枚、百万クローネをミネルバに渡されて馬車に乗せられた。

 入学手続きなどは御者のおじいさんがやってくれることになっている。

 転送ポータルもあるが20万クローネもするので、流石に俺たちは使えない。


 この一週間でエントの実と解呪の御札は十分に確保できた。

 ポーションなど消耗品以外のドロップは全て売ってしまった。

 馬車での移動は半月ほどかかった。


 ロンサール王国の王都はかなり近代的な建物が並び、そこに併設される形で巨大な学園都市がある。

 エルハイン公主の推薦ということで、それだけで俺達の入学試験は免除された。

 さすが権威主義の王国、ロンサール王立学園だ。

 すぐに入学手続きを終わらせ、購買で制服を二着ずつ買ってもらう。


 俺の方の制服は紺のブレザーで、アルトは白の詰襟だった。

 そこで御者のおじいさんとは別れて、俺達は寮の部屋に荷物を置いた。

 アルトは騎士学院への入学だが、寮は同じ部屋、というより部屋の選択は自由だ。

 俺は士官学校への入学である。


 白を基調とする校舎に赤い絨毯が引かれ、とても格式高く厳格な印象を受ける。

 ロンサール王立学園は、騎士学院や士官学校を含む都市型教育施設で、生徒数は二万を超える。

 消費される食糧や消耗品などは、学園地下に巨大に広がった巨大迷宮から産出され、この都市で働く人数は3000人超という巨大学園都市だ。


 ロンサール王国に収められる税金の半分はこの学園の運営に回され、毎年何千人もの軍人を輩出していた。

 カステン帝国やエルハイン公国、そのほか周辺国からも入学希望者がやってくる。

 三年間で、ありとあらゆる戦いのノウハウを仕込まれ、前線に送り出すための兵士を育て上げるとうたわれていた。


 この学園では強さこそ身分であり、身分こそ権力である。

 そして権力が、金と力を生み出すのだ。


「アルト、これを持っておくんだ。毒消しと解呪ができる。なにかあったら使ってくれ」


「ありがとう。なんだかドキドキするね。こんな大都会に来たのは生まれて初めてだからワクワクするよ」


 馬車の中では、傭兵団のみんなを戦場に残して行くことが申し訳無いと泣いていたくせに、すっかり元気になっていた。


「まあな。だけど気を付けろよ。この学園は落とし穴だらけだぜ」


「そうなの?」


「ああ、絶対に気を抜くんじゃないぞ」


「さっそくダンジョンに行ってみる? 入学式まで数日あるけど」


「いやいい。それより飯でも食いに行こう」


 どうせレベルも上がらないのだ。

 小遣い稼ぎなんてしたところでたかが知れている。

 それよりは先輩方を見学でもしていた方が楽しめるというものだ。

 この学園には主人公のために用意されたパーティーメンバー用サブキャラというものがたくさん用意されている。


 まさにヒロインズという感じで、美男美女ぞろいなのだ。

 それはもう不自然なほどに。

 しかも美少女や美男子ほど強いという法則まで発動してしまっている。

 まあ、作為的過ぎて不自然すぎるが、もとがゲームなのだから仕方がない。


 主人公にしか仲間にできない可能性もあるが、もし可能なら俺もスカウトしたい。

 なにせ、そういったキャラの中にはユニークジョブを持つものが多いのだ。

 吸血鬼やら妖狐やら、はてには古代魔導兵器なんてジョブもある。

 もはや主人公が持つ勇者なんてジョブが霞むくらいの逸材が揃っていた。


 主人公だけが持つ勇者と聖女以外のユニークジョブはNPC専用となっていて、ユーザーには使えないジョブとなっている。

 ユニークジョブ持ちの女性キャラは勇者とパーティーを組むのに向いた回避タイプであることが多いのに対して、男性キャラは聖女と組むのに向いたタンク主体でバランスをとる構成向きとなっていた。


 ユニークジョブは、かなりお手軽に強くなり、たとえば吸血鬼ならHPが増えただけ攻撃力も上がるので、装備するアビリティは、HP増加Ⅰ、HP増加Ⅱ、HP増加Ⅲ、HP増加Ⅳ、HP増加Ⅴ、を全部装備したら最強になるというお手軽さだ。

 HPが増えるので安定するし、物理は無効にし魔法にも耐性のあるタンク型火力になる。

 プレイヤーが操作しないキャラは、逆にそのくらいの性能がないとロキ戦で厳しい。


 俺は最強と言われるキャラやビルドについて熟知している。

 自分なりのランキングリストすらできがっているくらいだ。

 そいつらを仲間にできるかどうかは、ロキの軍勢を早期に倒せるかどうかに直結する。

 もちろんひとり旅だってできないわけじゃないが、みすみす有能なメンツを逃せば世界を救うのが遅れ、それだけ無駄に命が失われる。


 だが下手に関わるとバトルイベントが起こって、ゲームオーバーも当たり前のようにあるの厄介なところだ。

 伊達に死にゲーとは呼ばれていない。

 この学園では慎重に行動することが求められる。

 貴族とちょっと揉めただけで嫌がらせも受けるし命を狙われることもある。


「こんなに美味しいものは初めて食べるよ。軍の食事も悪くなかったけど、やっぱり都会は違うね」


 アルトが食べているのは焼肉定食だ。

 俺はやっと戦場から安全な都市部にやって来たというのに、安心という意味では余計に気の抜けないところに来てしまったという感じがしている。

 アルトのように無邪気に食事を楽しむ気にはならない。


「100万クローネで一年間暮らせるのかね。ここの食事だけでも、一日で2500クローネはかかるだろ。それに装備品だって最低品ですら何十万クローネはかかるぜ。ミネルバも案外ケチなんだよな」


「ダンジョンに行けばいいのさ。食料関係のドロップは軍が高値で買い取ってくれるし、装備品だってドロップするじゃないか」


「ドロップ率も低いし、低層で落ちる装備なんか数千クローネだぞ」


「まさか中層にも行くつもりなのかい。10層以下は上級生でも行ける人は少ないそうだよ」


 最下層まで行くつもりでいたが、それを言ってもフカシだと思われそうだから言わない。

 食事を済ませたら施設を見て回ったが、上級生は実家にでも帰っているのか部活すらやっていなかった。


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