第21話 イーストVSウエスト④あきらめない

 見張りの子から特に離れるように陣地をとり、明日に備えてちゃんと眠ろうと早くに眠るふりをした。見張りの子は何度かわたしたちが本当に寝ているかをチェックしにきた。


 やっと男の子が寝入ったので、わたしはむくりと起き上がる。手を繋いでいたポーラもだ。わたしたちが起き上がると、ふたりもむくりと起きた。音を立てないよう静かに立ち上がり、ドアに身を寄せる。神経を集中して音を立てないようにドアを開けた。隙間から体を滑り込ませ、廊下を横断する。みんな出てくると頷き合って、壁に寄り添うようにして歩き出す。細い廊下に入り、キッチンまでたどり着く。扉を開けて外に出た。馬の目が光っていて声を上げそうになったが、すんでのところで耐えた。そのまま、脇を通ってお屋敷の門から出た。

 真っ暗の道は何も見えず怖いことこの上ない。

 でもわたしたちは勇気を振り絞って、手を繋いで歩き出した。

 わたしたちがいないことにいつ気づくかわからない。できるだけ遠くまで行きたい。


 眠いせいもあって、フラフラしながら歩いた。

 暗いから気は焦っていてたくさん歩いているような気はしているけど、多分ほとんど歩けてなくて、距離は全然取れてないと思う。それでもわたしたちはあゆみを止めるわけには行かなかった。


 夜が開けた。こんなにほっとする朝焼けは初めてだった。

 明るくなってから自身を見ると、なぜかあちこちに傷がいっぱいできていた。転んだりもしてないのに。足が痛いこともあり、ちょっとだけと言い合って、脇の草むらに入った。そこでバックちゃんから少しの食べ物と飲み水を出してみんなで食べた。


 馬車の走ってくる音がした。向かいからやってくる。


「助けてもらおう!」


 ひとりが飛び出した。


「待って!」


 わたしは服を引っ張ろうとしたが、虚しく空をつかんだ。

 飛び出してきた子供に驚いて馬車が止められる。

 馭者にいたのは優しそうなおじさんだった。


「助けてください! おれたち人攫いにあったんです」


「人攫いだって? なんてことだ。おれたちって何人いるんだい?」


「今、ここには4人です。先の家には12人の子供がいました」


「全く、あいつらは子供を閉じ込めておくこともできないのか」


 仲間だった。わたしたちは逃げようとしたけれど、いとも簡単に捕まってしまった。



「ごめん、僕が出て行かなければ」


 手足を縛られ転がされた荷台の中で、馬車を止めに行った男の子が泣き出した。

 馭者の男が荷台を叩く。わたしたちは縛られた体で身を震わせた。

 馭者の男はひとりだった。それに引き換えこちらは4人だ。逃げようと思えば逃げられたのに、捕まった子が殴られたのを見た瞬間、体が強張って動けなくなった。


「あきらめないで」


 わたしの呟きに泣いている子が鼻をすする。


「絶対にチャンスはある。それを逃さないために、今は静かにしてよう」


 縛られているし荷台に転がされているから痛いのに、徹夜したからだろう、わたしたちは運ばれている間ぐっすりと眠ってしまった。


 起きたとき、荷台は子供たちで満杯だった。奴隷商人のところへ行くための馬車だったみたいだ。薬を口にした子たちは縛られていない。見張り役の子はいなかった。薬を口にした子に縛ったのを解いてくれないかお願いしたけれど、反応はなかった。


 やがて下ろされたのはお店の裏口みたいなところだった。足首の縄は外された。

 ゾロゾロと裏口から入っていくと中にいたのは目つきが悪く、意地悪そうな太ったおばあさんだった。


「少ないねぇ。それに殴ったのかい? 見目が悪くなると価値が落ちるって言っただろう?」


「逃げ出そうとしたんですよ。仕方がないじゃないですか」


「何、逃げるような気概のある子供がいたのかい? それは天晴れだね」


 老女はわたしたちに目を向ける。


「この縛られてるのが活きのいいヤツらかい?」


 馭者は頷く。


「ふーーん、かわいい顔立ちのもいるじゃないか。これは高く売れそうだ。さ、高く買ってもらうために、きれいにするよ」


 馭者の男は挨拶をして出ていく。


「さ、お前たちグズグズしてないで、さっさと服を脱ぎな」


 薬を飲んだ子たちが素直に服を脱ぎ出す。


「お前たち、手をだしな」


 わたしたちの手が自由になる時がやってきた。

 先にふたり。そしてポーラ、最後にわたしの縄が切られた。

 わたしはおばあさんを突き飛ばす。


「いまだ!」


 みんなで走った。ドアを出て、左右に別れた。わたしはポーラと一緒だ。

 機会があったら、絶対にひとりでも逃げ出すこと。そして助けを呼ぶことと約束した。

 片足を引きずっている男が追いかけてきた。走っては隠れ、隠れては走ってと道をジクザクに走る。

 家が隣接されているから街だと思う。なのに人通りが皆無だ。シーンと静まりかえっている。でももし今大人が現れても、その人に頼っていいのかわたしたちにはわからなかった。


 走ってばかりで体が悲鳴を上げている。でもそうして止まっていたら、カイたちと本当に会えなくなってしまう。


「ここは捨てられた街かもしれない」


「す……捨てられ……た街?」


「おれの住んでいたところもそうだった。農作物が育たなくなって、人がどんどん流れていって。ある日、置いていかれた」


 かけていい言葉がわからない。


「おれあっち見てくる。だからフィオはここで隠れていて」


 危険だと止めようとした時にはポーラは走り出していた。



 わたしって図太いな。

 この状況でうとうとしていたみたいだ。

 ポーラが遅いなと思っていると、離せと声が聞こえる。覗きこむとわたし以外の3人が片足を引きずった男に捕まっている。そしてあの店の方へと歩いて行ってしまった。


 ど、どうしよう。

 ひとりでも絶対に逃げて助けを呼んでくるって約束したけど、自分ひとりでそれをすると思うと足が震えた。

 眠っていたから、馬車が入ってきた方向がわからない。

 でもこの角度で入ったってことは、あっちから来た可能性が高い。


 足がガクガクする。走れなくて、ちょっとずつ先を確かめながら歩いていく。慎重に。最大限に神経を使って。

 家が立ち並ぶところから出て、馬車が通れるような道を探したが、それはない。

 歩いているうちに大きな敷地があり、人の気配がしたのでとりあえず隠れた。


「なんだよ元締めも逃したのか?」


「ああ、あの紛れ込んできたチビだけまだみつかってない」


「ここからガキが他の街にいくのは無理だ。まだ街の中にいる」


「ああ、だが廃墟ばかりだ。隠れられたら、みつけられない」


「何、食べ物も飲み物もないんだ。ガキがそんな中で生きられると思うか? 腹が減って出てくるか、根性見せたらあの世行きだ」


 その通りだ。バックちゃんがなかったらね。食べ物はたくさんではないが入っているから、篭城ぐらいはできる。

 それよりみつからずにここから助けを呼びにいく方が難しそうだ。

 あの人たちの話だと一番近くの街までも距離があるみたいだ。

 だったらなんとかポーラたちを助け出してから逃げる方が、助けを呼べる確率があがる気がする。


 大きな建物の中に入り、わかりにくいだろうところに潜む。カーテンにくるまって目を閉じ明るくなるのを待った。

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