第20話 イーストVSウエスト③逃げろ

 この頃、ウエストとの勝負に負けっぱなしだ。これはお芝居でも少々いただけない。

 それに、気になることがある。持ち寄る素材が森から取ってきてないかと思うものがある。と言うことは街から出てないか? まぁ、イーストでは街から出るのは禁止だけれど、ウエストはそうではないんだろう。気をつけてはいると思うが、どこか心配だ。


 と思っているときにポーラを見かけた。ひとりだ。裏門に向かっている? わたしはミケの上着をつかんで、ポーラの背中を追いかけた。やはり外へと通じる塀の穴に身をすべらせる。ミケと目配せをしてわたしたちも穴から外に出た。


「ポーラ」


 呼びかけると全身でびくっとする。


「……フィオ……ミケ……」


「街の外にひとりで出ちゃダメだろ」


 わたしが言うとバツが悪そうだ。


「それはそうなんだけど。大丈夫だよ、拐われるのはちゃんとした家の子だろ。おれたちみたいなストリートチルドレンになんか誰も目にかけないよ」


「拐って奴隷にするには保護者のいないオレたちの方がいいってギルマスが言ってた」


 ミケが事実を告げる。

 そういえばと、前にわたしたちが狙われたことがあると言ったのを思い出したみたいだ。


「わかった。今日だけ見逃して。今日、リーダーの誕生日なんだ。どうしてもあげたいものがあって。ちょっと取って、すぐ戻る」


 そうか、ウエストの子たちが最近張り切っていたのはそのせいだったのか。


「それにしてもひとりなんて危なすぎるよ」


「おれすばしっこいから。だから悪いけど、フィオはついてこないで。おれだけの方が確実に逃げられるから。ミケはフィオについてて。おれよりフィオの方がチビだから」


 全く言いたい放題だ、清々しいぐらいに。


「…………」


 気持ちはわかるがどうしたもんだろうと思っていると、ポーラはわたしたちに手を合わせた。


「心配してくれて、ありがと。すぐ戻る!」


 そう言って駆け出した。

 わたしとミケは顔を合わせた。

 穴に入ろうとしたところで振り返ったのは、本当になんとは気なしだった。


 ポーラが大人にいとも簡単に抱き抱えられた。ポーラはぐったりしている。ミケがわたしの口を塞いで座り込む。ポーラは荷物のように担がれて馬車の荷台のほうへ入れられた。

 辺りを見まわす。誰もいない。

 人を呼ぶ間に連れて行かれてしまう。


「ミケ、大人に知らせて」


「フィオはどうすんのさ」


「ついてく」


「ダメだよ」


「ミケ、お願い!」


 咄嗟に走っていた。男が御者台に乗り込んだ時に、わたしも荷台に乗り込んだ。子供が3人眠っている。馬のいななきがして、馬車は静かに走り出した。

 眠っている子供たちを揺すったが、どうやっても起きなかった。薬か何かをかがされたんだろう。

 ミケが大人を連れてきてくれる。でもこの道を行ったとしかわからない。探すのに時間がかかる。


 あ、やらないよりマシか。

 わたしはポケットに突っ込んでいたハギレを少しでも風で飛ばされないように結んで落とした。バックにはいろいろと物を入れているが、わたしの物だとわかってもらえそうなものをみつけだせなかった。この頃よく手にしていたハギレが一番わかってもらえそうだ。

 荷台に何かいいものがないかと思って探すと小枝と石を数個みつけた。ハギレでそれを包んだり、結んだりして、分かれ道から少し行ったところで落とした。5つ落として、ハギレもなくなってしまった。それから2回ほど分岐した道を行った。ハンドカバーにしたカーテンの余り布を結んで落としておいた。気付いてくれるといいのだけど。


 馬車は軽快に走り続け、やがて速度が落ちた。だだっ広い暗い雰囲気のお屋敷の中に入っていく。止まったところで、わたしは先に降りて、木の根本に蹲み込んだ。夕闇がわたしを隠してくれる。

 男は屋敷の中に入っていき、2人の男を連れてきた。


「たった3人かよ」


「警戒されてっからな。この街ではもう打ち切った方がいいんじゃねーかー?」


 大きな男がふたりを肩に俵担ぎして、ポーラはもうひとりの男が雑に担いだ。

 ポーラの誘拐犯は馬を自由にして、馬は庭の草を食みだした。

 3人で話しながら、屋敷内に入っていく。



 わたしはそうっと屋敷に近づいていく。窓、窓と探す。

 勝手口みたいのをみつけたので、そこから中に入った。キッチンみたいだ。

 キッチンから出ると幅の狭い廊下だ。左右に道が別れる。わたしは左を選ぶ。

 もっと広い廊下に出る。いくつか両開きの大きな扉が見える。あかりはまだ入っていないが、なかなか洒落た装飾のある家だった。

 扉に耳をつける。中で話し声が聞こえる。でも何を話しているかまではわからない。

 誰かが歩いてくる?

 わたしは慌てて離れて、置物の下にしゃがみ込んだ。

 扉が開く。部屋の中のあかりが届いた。


「どうした?」


「なんか気配がしたような気がしたが、気のせいだ」


「それより、夕食はどうする……」


 扉が閉まると声は聞こえなくなる。

 3人の声が聞こえた。子供たちは違うところにいる可能性が高い。

 わたしは違う扉の方に向かって歩き出した。


 扉に耳をつける。何も聞こえない。

 エイッとわたしは扉を開けた。ポーラが転がっていた。他ふたりの子もまだ目が覚めていない。部屋の隅には子供たちが固まって座り込んでいた。


「だ、誰?」


「そっちこそ、誰?」


「君は捕まったんじゃないの?」


「オレはこいつが連れて行かれるのを見て、荷台に乗り込んだんだ」


「あいつら、人攫いだよ。明日、奴隷商人に売りつけるって」


 足音が聞こえた。

 わたしは座り込んでいる子たちの後ろのカーテンに身を寄せた。

 ひょろっとした男が入ってきた。

 大きなお皿に、パンが積み上がっていた。


「ほら、食え。こいつらが起きたら、事情を話してやれ。いいか、騒ぐなよ」


 男が出て行ってから少し時間をおいてから出る。

 誰かのお腹がグーっと鳴った。


「君たちはなんで逃げないの?」


 ドアは鍵をかけられていなかった。


「ひとり逃げた奴がいたんだけど、殴られて動かなくって戻ってこなかった」


 そういうことか。見せしめをして恐怖で縛りつけたんだ。

 でもそれにしても緩すぎだと思う。手足も縛られてないし。ご飯も出しているみたいだし。


 わたしに話しかけてきた以外の子がお皿に手を伸ばし、盛ってあったパンにむしゃぶりついた。その様子が異様でわたしはびくりとする。


「んん」


「ポーラ!」


 目をこすってポーラが目を開けた。


「ポーラ、よかった。気がついて」


「あれ、ここどこ? おれ、街の外で……。フィ、フィオも捕まっちゃったの?」


 思い出したらしい。泣きそうな顔をしている。


「ポーラがつれていかれそうになって、周りに人がいなくて助けを求められなかったから、ついてきたんだ」


「今、どういう状況?」


 その頃、残りのふたりも目を覚ました。


「明日、奴隷商人に売られるらしい」


 そういうとポーラは唇を噛みしめ、ふたりの顔は歪んだ。


「逃げよう」


 ポーラに頷く。連れてこられたばかりの2人は立ち上がったが、部屋にいた子たちは、ずっとパンをムシャムシャやっている。食べ終われば、また隅に戻って膝を抱えて大人しく座っている。

 なんか不気味だ。


 わたしは不審に思ってパンに手を伸ばす。

 食べちゃダメ!

 え?


「ポーラ、なんか言った?」


「いや、何も?」


 いや、食べちゃダメってはっきり聞こえた。

 匂いを嗅ぐ。パンと変わりないみたいだけど。


「それを食べると、みんな話さなくなる」


 唯一わたしに話しかけてきた子が言った。


「君は食べなかったの?」


「少し食べたけど、喉に詰まって。しばらくしたらみんななんか変で、だから食べてない」


 薬か何か入っているとか? それならこの警戒のゆるさが納得できる。だってこんなほったらかしで逃げないと思っているのはおかしい。

 それに……。


「いつも食事の後はどんな感じ?」


「どんなって?」


「朝までもう来ない?」


「お皿を下げにくるよ、食べたかどうか。それから朝までは来ない」


 食べたふりをするのに余ったパンをポケットの中に突っ込む。


「どうする?」


「明日奴隷商人の店に着いたら騒ごう。大人に助けを求めるんだ」


 変な顔をするポーラに有無を言わせないように力強く頷く。


「ね、オレのこと黙っててくれる?」


 わたしが頼むと唯一意識がしっかりしている子は小さく頷いた。

 わたしはカーテンの下に隠れて、皿を取りに男がやってきた。

 手洗いに行くものと手を挙げさせて、連れ立って出て行く。案の定まともな子は手洗いに行った。

 わたしはポーラの手を握り、他のまだ意識がしっかりしている2人に話しかける。


「あの子は見張りだ。奴隷商人の店までは静かにしていると伝えていると思う。だから、夜中に逃げるよ。今だとまだ明るいから分が悪い」


 それだけで3人はわかってくれて、わたしたちは静かに子供たちが寝付くのを待った。

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