第16話 過去とトラウマ

 同じ学校の子だろう。小さな足取りでこちらへ歩み寄ってきた。


「は、花ちゃん。花ちゃんの通学路はこっちじゃないんじゃないの?」

「えへへ。檜山くんが見えたから来ちゃった。あ、石田くんも。2人、いっつも仲良しだね」

「まぁね。檜山くんは俺のアニキみたいなもんだから」

「ふふっ、何それ〜。檜山くんアニキなんだ」

「べっ、別にそんなんじゃねーよ。石田もテキトーなこと言うなよな」

「えぇ〜、いいじゃんかよ〜」


 目の前で萌え4コマみたいなほのぼのとした雰囲気が繰り広げられる。というかコイツら檜山と石田って名前だったのか。


 そして俺は見逃さなかった。この花ちゃんという子が来てから檜山くんの様子が少しおかしいことに。石田くんは特に変わった様子はないが、檜山くんの方は明らかに目線が泳いでいる。


「おやおや〜、これはこれは……」


 どうやらリリイも気づいたようで、ニンマリと口角をあげていた。同様にリリアも一歩身を引いている。この場にいる3人全員が感づいていた。


(こいつ……花ちゃんのこと好きだな)


 3人ともが気付くのだ。それほど檜山くんの態度は分かりやすかった。


「この人たちは?」

「あー、こいつはエロ荘のむしょ……じゃなかった。エロ荘の人だよ」

「そこはエロ荘も訂正しろよ。江口荘、な」

「エロ荘って書いてあるじゃん」

「文字が掠れてるだけだっつの。今に見てろ、明日にでも業者に来て直してもらうからな」


 やはりコイツとは相容れなさそうだ。目には見えないが、バチバチと火花が散っているような気がする。


「すごいね檜山くん、大人の人に堂々としてる」

「べ、別に普通じゃね、これぐらい」

「ううん、すごいよ。クラスの子でも檜山くんだけだと思うな。かっこいい」

「そ、そうかよ」


 うわぁ……! なんだこの感じ! メチャクチャやきもきするぅ……! メチャクチャ揶揄いてぇ……と思ったが、そんなことをすればリリアに怒られるので止めておく。

それにしてもこの感じ……漫画に活かせるかもしれないな……。


「花ちゃーん、まだー?」


 遠くの方で女の子が手を振っていた。どうやら花ちゃんの友達のようだ。


「今行くー! ごめんね、もう行かなきゃ」

「う、うん」

「バイバーイ」

「バイバーイ」

「じゃ、じゃあな」


 花ちゃんは去っていった。檜山くんは花ちゃんが曲がり角を曲がるまでじっと花ちゃんを見つめていた。


「にひひ。ねぇヒヤマくぅん?」


 リリイが仕掛けてきた。悪い顔してやがるこの淫魔。


「な、なんですか」

「ヒヤマくんはぁ、花ちゃんのことどう思ってるの?」

「は、はぁ? べ、別にどうも思ってねーし」

「本当かなぁ?」

「おいリリイ、その辺にしとけって」

「え〜、でもぉ」

「でもじゃねぇ」


 この年の子供というのは多感な時期だ。変にちょっかいかけて関係が拗れることもあるだろう。ここは大人らしく引き下がることにしよう。


「でも、確かに花ちゃん、檜山くんの前だと他の人よりよく喋ってる気がする」


 これで終わりかと思ったが、ここで石田くんが掘り返してきた。余計なことを……。


「い、言われてみれば確かにそうかもな……うん」

「おぉ〜、檜山くん、花ちゃんと両思いになれるんじゃない!?」

「う、うるせっ。まだ決まったわけじゃねーしっ」


 そうは言うものの、檜山くんは勝ち誇ったような表情を見せている。全くもって子供らしい。


「あはは、檜山くん、すっかり舞いあがっちゃってますね」

「……」


 何だろう、うまく笑えない。俺は、この光景をどこかで見た、いや、この感覚を体験したことがある。


急に呼吸がしづらくなる。

視界も陰り、最悪な気分だ。

忘れていたはずの記憶が、妙に鮮明に思い出される。


「……変に期待すんなよ」

「タクミさん?」

「な、何だよ。急に怖い顔しやがって……」


 はっと我に返る。無意識に言葉を発していた。それは目の前の檜山くんにではなく、おそらく過去の自分に──。


「……悪い。俺、もう帰るわ」

「ちょ、おにーさん!? 私まだちゃんとしたデートできてないんだけどー!?」

「タクミさん……?」


 俺は逃げるように、その場を立ち去ってしまった。

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