第15話 社会勉強

「ね〜、おにーさん。私、人間界のこともっと知りたいな〜」

「は?」


 ある日、俺の部屋にナチュラルにいるリリイから提案があった。


「だから、人間界を案内してってこと。ね? いいでしょ?」

「こら、いけませんよリリイ。拓巳さんはお仕事中なんですから」

「なんでナチュラルにリリアまでいるのか疑問なんだが……」

「こ、これはタクミさんがサボっていないか監視をするためですっ。サボっていたら搾精しますので、お覚悟をっ!」

「怖すぎるだろ」


 少しでも油断すれば俺の童貞が奪われかねない。死とは隣り合わせとはこのことか。


「行こうよお兄さ〜ん。最近ペンの動きも遅くなってるじゃん。疲れてる証拠だよ。ちょっとだけ、い・き・ぬ・き、しよ?」


 あれ? 息抜きってこんなに卑猥な単語でしたっけ。


 しかし、リリイの観察力も馬鹿にできない。実際、投稿ができそうでできない状態がここ数日続いている。このまま家に篭っているよりかは外に出て気分を変えた方が良いのかもしれない。


「……分かったよ。少し息抜きがてら散歩するか」

「ほんとに!? やったー♡おにーさんとデートだ♡」

「わ、私も行きますっ」

「え〜。お姉ちゃんも来るの〜?」

「と、当然ですっ。リリイだけだと知識が不十分でしょ? お姉ちゃんが教えてあげますから」

「おにーさんから教わるからいいもーん」

「た、タクミさんは息抜きに行くんですから。あまり疲れるようなことはいけないのでっ!」

「……まぁ、なんでもいいから早く行こう」


 こうしてリリイの社会勉強を兼ねた息抜きをすることになった。



 玄関前でスマホをいじりながら待っていると、リリアとリリイがやってきた。


「おにーさん、お待たせっ」

「すみません、お待たせしました」

「いや、そんなに待ってないから大丈夫だ」


 今の会話、デートっぽいな。

いやいや、これは社会勉強、デートなどでは断じてない。

でも使えそうなシチュだしメモっておくか。


「……あれ」

「……? どうかしましたか?」


 2人を見てどこか違和感があるような。じっくりと観察をする。


「そ、そんなに見られると……も、もしかしてこの格好が似合ってなかったとか──」

「あぁ! 角がないのか! 道理で何かおかしいと思ったんだ」

「え?」

「さっきまで普通に生えてたのに、どうしたんだ? もしかして魔力とかで隠せるとか……」

「……はい、そうですよ。その通りです」


 ぷいっと顔を背けてしまった。それを見かねたリリイがそっと耳打ちする。


「ダメだよおにーさん。女の子がオシャレしてるんだから、まずは服装から褒めてくれなきゃ」

「……あー」


 そういえば、アニメや漫画でよく見たシーンだ。読んでいるときは『鈍感系主人公とかマジないわ。普通気づくやろ笑』とか一人で言っていた記憶があるが、まさか自分にも刺さるとは。まさにブーメラン。


「……」


 もう一度リリアの格好を見る。服のことなど全く分からないが、女子大生がよく着ているような格好だ。地味すぎず、派手過ぎず。悪魔なのに白のワンピースはどうなのだろう、と一瞬思ったが、よく似合っている。


「あー、その……まぁ、似合ってる、と思う」

「……そうですか」


 こんな後付けみたいじゃ喜ばないよな。まぁ童貞にしてはよくやった方ですよ、うん。


「よかったね、お姉ちゃん」

「べっ、別に……どうってこと、ないですから」


 どうやら満更でもないらしい。服装を褒める、よく覚えておこう。



「それで、どこに行きたいんだ?」

「えっとねぇ、こっち!」

「あ、こらリリイ! 走ったら危ないですよ!」


 うむ、こうしてみるとお姉さんというよりママにも見えてきた。淫魔でママか……凶悪的な組み合わせだ。


「あらあら、元気なお子さんだねぇ」


 通りすがりのおばあちゃんに声をかけられた。


「こ、こんにちは」

「おばあちゃん、こんにちは〜」

「ほほほ。元気があっていいねぇ」

「にひひっ、まぁね。」

「あれぐらいの年が一番元気だからねぇ」

「は、はぁ……」

「お幸せにねぇ〜」


 ……もしかして夫婦にでも見られたんだろうか。側から見るとそう見えてしまうのかもしれない。


「お、お幸せにって……」

「ど、どうかしたのか?」

「な、なんでもないですっ」


 リリアが真っ赤になりながらリリイを追いかけるように先に行ってしまった。俺もその後をついていくのだった。



「あ、あれあれ! あれが学校でしょ!」

「確かに、あれは学校だが……」


 リリイに連れてこられたのは小学校だった。よりにもよって小学校とは。


「中に入りたいんだけどなぁ」

「絶対にするなよ。通報されるぞ」

「へ? つーほー?」

「そうだ。日本のポリスメンは優秀だからな。日本が平和なのもポリスメンのおかげでもある。だから早くこの場を離れよう。俺はまだ捕まりたくない」

「私たちもいますし、大丈夫じゃないですか? その……ふ、夫婦、ということにすれば……」

「ふ、夫婦て……」

「あー、またイチャイチャしてるぅ」

「い、イチャイチャなんか──」

「おにーさん、早くいこっ」

「ちょ、引っ張んなって」


 リリアに手を引かれ学校の周りを歩く。リリイからあれは何、これは何と質問攻めをくらってしまう。まるで本当に小学生を相手にしているみたいだ。


 そんなことをしていると、学校から子供たちがぞろぞろと出てきた。


「わっ。たくさん出てきたよ?」

「授業が早く終わったのか……? いよいよマズくなってきたぞ。通報されるのも時間の問題だ、早く帰ろう」

「え〜。もうちょっとデートしたいよぉ」

「分かった分かった。ここ以外ならいくらでも連れてってやるから──」


「あれ、ニートだ」

「あ、本当だ」


 突然小学生から声をかけられる。振り返ると見知った顔がそこにはいた。毎朝無職だなんだと煽ってくるクソガキ2人組ではないか。


「お前、ここで何してんだよ。もしかして、ふしんしゃか? 無職なうえに犯罪者かよ……」

「うわー、やべー!」

「誰が不審者だクソガキども。お前らこそこの学校の生徒だったとはな。あまりにも教育ができてないから学校行ってないもんだと思ってたぜ」

「待ってろ、今けーさつ呼んでやるから」


「頼む。話し合おう」


「よえー。無職よえー」


 くそう。卑怯な奴らだ。警察なんて呼ばれたら俺が捕まるに決まっているのに。


「おにーさん、この子達の知り合い?」


 ひょっこりと俺の背中からのぞき込むようにしてリリアとリリイが出てくる。


「わー、子供ですね。タクミさん、この子達は?」


「あ……えっと……」

「俺たちは、その……」


 リリアに話しかけられてモジモジしだすクソガキども。やはり強がっていても小学生、知らない年上には慣れていないらしい。加えてリリアとリリイはアイドル並みの顔の良さだ。緊張してしまうのも無理はない。


「俺を無職だエロ野郎だと煽るクソガキどもだ」

「え、エロ……あなたたち、本当にこのお兄さんを馬鹿にしたんですか?」

「べ、別にそんなことしてねーし……なぁ?」

「う、うん……ただ、ちょっとちょっかいかけただけって言うか……」


 嘘言うな、お前ら毎日のように俺を煽ってくるじゃねーかと畳み掛けようとした時、リリアが屈み、2人に視線を合わせた。


「ダメですよ、人のことを馬鹿にしちゃ。確かにタクミさんはちょっと、いやかなりエッチで働いてるかも怪しいと思われがちですけど……」


「おい」


何もフォローになってませんがな。


「でも、何もしてないわけじゃないんですよ。普通の人からすれば、ただ座っているだけに見えるかもしれませんが……人を喜ばせる、すごいお仕事をしてるって、私は思ってます」


 メチャクチャいいことを言ってもらって嬉しい気持ちもあるが、エロ漫画家だとは口が裂けてもコイツらには言えない。というか言いたくないし。


「分かりましたか?」


「「はい……」」


 2人とも反省したようだ。これで朝の煽りも多少はマシになる、といいな。リリアの前だから猫かぶってることも十分考えられる。明日から朝が少し楽しみになった。


「あれ? 檜山くん何してるの?」

「あ、花ちゃん……」


 突然、女の子から話しかけられた。

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