似合う色の日


 ~ 二月十六日(水)

   似合う色の日 ~

 ※花紅柳緑かこうりゅうりょく

  春の美しい景色




「パーソナルカラ~?」

「いや、もっと先に考えなきゃいかん所があるだろう」

「そうでもねえんだよ。演出の方向性を決める時、ブレずに済むんだ」

「さすが保坂ちゃんなのよん! 佐倉ちゃんと秋乃ちゃんのプロデュース経験が生きてる!」

「まあな」


 久しぶりにみんなで昼ご飯。

 クラスで一、二を争う騒がしい食卓に。


 今日は、素敵なゲストが。

 二人も参加していた。


「ぼ、ぼく、緊張してごはんが食べれないです……」

「私も、ちょっと食欲がわかないかな」


 先輩たちに囲まれて。

 借りてきた猫みたいなことを口にするのは。


 拗音トリオのうち。

 騒がしいのと口うるさいの。


 でも、半年前ならいざ知らず。

 周りにいるのは、今まで何度も一緒に遊んできた優しい先輩たちだ。


 それが殊勝な態度をとる理由。

 言葉だけで推測することは難しいだろうけど。


 セリフとは裏腹な、この二人の。

 ニヤニヤ顔を見れば一目瞭然。


「しょうがねえなお前らは。ほれ、朱里の好きなケチャップミートボール」

「やったー! いただきまーす!

「丹弥にはタレつくね」

「ありがとう。先輩、ほんと料理上手だよね」


 大人たちが微笑む中。

 子供二人が、出来立ての料理をほふほふと頬張っていると。


 自分にはないのかと。

 じっと見つめてくる目が二つ。


 そんな切れ長の持ち主はもちろん。


「この三日坊主……」

「そ、そんなことない」

「毎日一品、おかずを作るって話はどこに行ったんだよ」


 復帰したかと思ったら。

 たったの二日で手料理をやめたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 仕方がないから。

 余りモノをくれてやろう。


 俺は、秋乃の皿に。

 ミートボールを平べったく串にさしてタレで焼いたものと。

 つくねを丸くこねて甘酢ケチャップで焼いたものを置いてみた。


「なんで料理やめた」

「や、やめてない……。けど、せめて一日おきで……、ね?」


 うむ。

 それなら納得。


 ジェンダー平等は。

 世の当たり前になりつつあるからな。


「そ、それより……。パーソナルカラーって何?」


 あいびきで作った嫌がらせのつくねを美味しそうに口にしながら。

 秋乃が聞いてきたから。


 俺は、例をあげて。

 分かりやすく説明してやることにした。


「佐倉さんのアイドル衣装は赤。お前のは、青」

「うん」

「それを見たお客さんは勝手に、活発な方が佐倉さんで、静かな方が秋乃だって認識するわけだ」

「な、なるほど……。それがプロデュース?」

「その一部ではあるかな」


 簡単明瞭。

 そんな説明をしてやったというのに。


 どういう訳やら。

 こいつは渋い顔を浮かべてる。


「なんだよ。まだ分からないのか?」

「そうじゃなくて……。本当のあたしなら、何色が似合うのかなって」


 そんな問題提起に。

 一気に盛り上がる昼食会場。


 でも、どんな色を言われようと。

 俺の気持ちは決まっている。



 秋乃をイメージするとき。

 必ず脳裏に浮かぶのは。


 初めて出会った、入学式の桜吹雪。


 降り注ぐ桜の花びらを気にしながら。

 クラス分けの掲示板を見上げる秋乃の姿。


 いきなり話しかけるには綺麗すぎて。

 人を寄せ付けないオーラを身にまとっていたっけ。


 『友達の作り方』。

 お互い、同じサイトを確認してからの、距離の探り合い。


 必然的に意識して。

 気付けばその姿を目で追っていて。


 だから、秋乃の色と言えば。


 春風に踊るスカートの波に舞い落ちる桜吹雪。

 外せぬ視線と淡い恋が始まる予感。


 もちろん。

 そんな秋乃を代表する色と言えば。


「青だろ。厳密には水色が見えた」

「見えた……?」


 ああ。

 でもあれは不可抗力だ。


 謝る気はねえ。



「じゃあ先輩! ゆあの色は?」

「そうそう。パーソナルカラーの話だったよな」

「ゆあちゃんの色か~」

「ピンクかしらね。それとも黄色?」

「その二択でしょうね。どっちが似合うかな……」

「まあ、この写真見たら真っ赤なんだけどな」


 ゆあは、昨日から家に帰ってない。

 そして今日も、学校に来ていない。


 それがなぜかと言われれば。


「全部面倒見ろとか言っておいて……」

「結構面倒見いいんですね、萌歌さんって!」


 机に置いたままの、朱里の携帯。

 画面に表示されている二人の女子。


「ちゃんと連絡とれよ? 何かあったら大変だ」

「いいとこのお嬢様なのよね、ゆあちゃんて」

「よく問題になってねえな」

「まあ、この写真をゆあママに転送しといたんで! 大丈夫でしょう!」


 画面の中で苦笑いを浮かべる。

 レオタード姿の王子くん。


 その隣で、真っ赤な顔して。

 床に大の字になってる体操着姿が。


 ゆあ。


「王子くんにはお礼しとかないと……」

「付き合い良いわよね! 役作りになるかもとか言い訳してたけど、百パー親切心なのよん、きっと!」

「にょー! 助かります! 王子くん先輩!」

「ほんとだね。ありがとうございます」


 礼儀の出来た二人が携帯にお辞儀してるんだが。

 この写真を撮ったであろう萌歌さんに任せっきりって訳にはいかない。


 こっちで出来ることはやっておかないと。


「と、言う訳で。いつものごとく、知念さんに超特急でステージ衣装を作ってくれるよう依頼しとかなきゃならないんだが……」

「みいちゃんならバッチリなのよん!」

「いや、話し聞いてなかったのか? だからパーソナルカラーを決めなきゃって話になったんだろうが」

「……初耳」

「まあいいや。デザイン画は、朱里が作って来てくれたんだが」

「可愛い!」

「可愛い~!」

「でもやっぱりポイントは色だな」


 そして再び。

 みんなが思うゆあの色を。

 好き勝手にプレゼンし始めたんだが。


 俺は、ゆあの写真を眺めながら。


「…………淡いピンク、かな」


 そう呟くと。


 一同揃って。

 いいんじゃないのと納得してくれた。


 だが、そんな中。

 秋乃だけは眉根を寄せると。


「…………青?」

「いや、ピンクだって」


 妙なことを口走りながら。

 ゆあの写真を拡大させていく。


 すると、ぶかぶかな体操着の。

 肩口からわずかに見えたのは。


「……青?」

「いやピンクだろ!? あ、いえ、別にこれに気付いてピンクにしたわけでは無いのですが……」

「青?」

「うぐぐ……」


 まずい!

 こいつ、勘づきやがったな?


 俺が下着の色で決めたんじゃないかと邪推して。

 大騒ぎするみんなが揃って口にする色と、一人だけ違うものを口にし続ける秋乃の目。


 人間は。

 視線と一つの単語だけで。


 誰かを従わせることができるらしい。


「青」

「明日も、私めが腕によりをかけて昼食を作らせていただきます」



 そんな逃げ口上に。

 秋乃は渋々妥協してくれたようだが。


 これはまずい手を打ったかも。


 まさかこのパターンで。

 永遠に俺におかずを作らせる気じゃあるまいな。


 そんな気持ちに気付いたのかそうでないのか。


 秋乃は、狙い通りとも普段通りともとれるフラットな表情で俺を見つめると。


「…………水色じゃなかったっけ?」

「うはははははははははははは!!! …………いえ、何でもありません」


 俺から、さらに。

 向こう一週間分の宿題代行権をもぎ取って。


 鶏肉のミートボールを美味しそうに頬張るのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る