次に行こうの日


 ~ 二月十五日(火) 次に行こうの日 ~

 ※勇往邁進ゆうおうまいしん

  目標をめざしてまっしぐらに突き進む




 暖房から一番遠い。

 窓際、最後列の席。


 日によっては、授業中でもコートを着ていなければいられないようなこの場所に。


 突如として出現した。



 ハーレム。



 南の島のホテル王か。

 砂漠地帯の石油王か。


 美女ばかりが俺を囲んでひざまずき。

 絵に描いたような大きな団扇でゆっくりと。


「あおげあおげ」

「あおぐぞあおぐぞ」


 俺の功績をたたえて。

 王様気分にさせてくれていた。


 そんなみんなに向けて。

 俺が言いたい事なんて。


 一つしかない。



「寒いのじゃ」



 ……ここは、暖房から最も離れた。

 極寒の席。


 冷風に晒され続けた俺は。

 歯の根をガチガチとさせ続けていた。



「聞いたのよん! 保坂ちゃん、妹ちゃんに勉強させるミッション、苦労して成し遂げたんだってね!」

「大変だったが、なんとか真面目に勉強してくれてるよ。この学校に絶対入りたいんだってさ」

「ぼく、試合に出れて嬉しくって! 先輩のおかげです!」

「ああ、苦しゅうない苦しゅうない」


 そう。

 こいつらに悪気はない。


 心から俺を褒め称えてくれている。


 だから、クラスの男子連中が。

 揃って猛毒を込めた視線を送ってくるほどなんだが。


 お前ら、分かってねえな。

 俺は極暖肌着着てるのにこの有様なんだぞ?


「さすがにもう勘弁してくれ」

「なんでです?」

「さ…………、恥ずかしいから」

「まあまあそう言わずに!」

「ほれ、あおげあおげ!」

「あおぐぞあおぐぞ!」

「善意でやってくれてるのは分かるんだが、ほんともうやめろ! 風邪ひくわ!」


 しかもその掛け声のせいで悪意に感じるんだよ!

 俺は附子ぶすじゃねえ!



 ……昼休みに入るなり始まった。

 このバカげた遊び。


 その発案者は。

 フライパンでハンバーグを焼いている途中の。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「お、おもてなしおもてなし……」

「表がないなら、なにか裏があるんじゃねえのか?」

「上手いことを仰る……」


 くすくすと笑って。

 お皿におかずを乗せる秋乃の姿にも二心は無いように見える。


 しょうがねえな。

 今日の所は素直に秋乃の手料理に感謝して。


 有難くいただくことになんだろうこの黒い液体は。


「おいこら! ハンバーグの中から流れ出て来たこれは何だ!」

「バ、バレンタイン風ハンバーグ……」

「チョコ!?」

「のように見えるガムシロップ」

「うはははははははははははは!!! なんにでもガムシロ混ぜるな!」


 まさかとは思うが。

 これも九十七パーセントガムシロじゃねえだろうな。


 おそるおそる、黒いソースを舐めてみたが。

 昨日のチョコみたいなしびれは来ない。


 でもさ。


「甘いの苦手だと言ってるだろうに……」

「そ、それはそれ。甘い料理を彼氏にお届けしたい友達心……」

「相変わらずややこしいが、そういう事なら仕方ねえ。あと何度も言うようだが、みんな、扇ぐな」


 どれだけ言っても聞きゃしねえのは。

 王子くんときけ子と。

 朱里と丹弥。


 可愛い女子ばかりに囲まれて嬉しいことは嬉しいが。


 男冥利の前に。

 命が尽きる。


 かくなる上は。

 各個撃破していくことにしよう。


「王子くんは扇ぐ必要ないんじゃないの? チョコ、渡せなかったんだろ?」

「あっは! もうほんとタイミングが無くてさ! でも楽しい時間を過ごせたから満足さ!」

「そうなの? でもそれじゃあ……」

「いいんだって! 年度末には舞台があるし、それを過ぎたらすぐに新歓上演の準備があるんだ! 僕は今しばらく、芝居が恋人さ!」


 そう言いながら。

 年度末に行うリア王の一幕を、姫くんと演じ始めちゃったけど。


 まあ、前向きなのはいいことだと。

 そう結論付けつつ。


 扇が一枚減ったことにガッツポーズ。


「夏木も、もういいぞ。凜々花のために頑張ったって言っても、結局はあいつ自身の頑張りなわけだし」

「まあ、そうよね。周りに目標をおぜん立てしてもらったって言っても、それに向かって努力するのは妹ちゃんだもんね。じゃあ、これあげるからあんたが扇いであげなさい」

「まじか」


 このでかい扇。

 持って帰らなきゃならんのか?


 受け取ってはおくが。

 扇ぎはしねえぞ。


 勉強の邪魔どころか。

 遊び始めちまうに決まってる。


「朱里も丹弥も、もういいんだぞ? お前ら体力ないくせに」

「じ、じつは……」

「そうだね。もう腕が限界だったんだ」

「でもぼくね? こんなんじゃダメだなって! ちょっとスポーツしてみようかなって思ってるんだ!」

「そうなの? しゅり、いい目標出来たじゃない」

「うん!」


 朱里に、新たな目標が出来たのか。

 昨日のことは、無駄じゃなかった。


 俺は、ほっと胸をなでおろしながら。

 ようやく扇ぐのをやめてくれた二人に。


 聞きづらかったことを聞いてみることにした。


「……ゆあはどうした?」

「それが……、ねえ?」

「うん。なにか思い切ったことをはじめてみるって急に言い出してさ、今日は学校に来てないんだよ。昨日、何かあったのかな?」


 なるほど、丹弥は知らないんだな、失恋の事。


 でも、そうか。

 ゆあも何か新しい道を探して。

 今はがむしゃらに走ろうとしているんだな。



 勉強を始めた凜々花も。

 料理を作ってくれた秋乃も。

 芝居を頑張ると宣言した王子くんも。

 スポーツを始めると言い出した朱里も。


 みんな、昨日という日をきっかけに。

 どこかへ向かって走り出す。


 その手伝いが出来たなら。

 俺の努力も報われる。


 でも。

 四人じゃ足りない。


「……よし! ゆあを探しに行くか!」

「にょ!?」

「うん。なにか素敵な目標を一緒に探してあげよう!」


 丹弥の言う通り。

 俺の課題はまだ終わってない。


 素敵な夢を紹介して。

 ゆあに、幸せな気持ちになってもらわないと。


 俺は、秋乃の作った料理を平らげて。

 勇んで席を立つ。


 この世で一番素敵な何かを探すために。



「おおおおい! お客様! こいつを何とかしろ!!!」

「え? 萌歌さん……、と、ゆあ!?」

「にゅ!」


 急に教室に飛び込んできたのは。

 どういう訳か、ステージ衣装にステージメイクの萌歌さん。


 そして、トゲトゲだらけのその衣装にすがりつくのは。

 紛れもなくゆあだったんだが……。


「お前、なんで萌歌さんに抱き着いてるの?」

「にゅーーーー!!!」

「え!? ほんと?」

「ゆあ、本気で言ってるの?」

「にゅ!」

「お前らだけで納得してねえで、通訳しろ!」


 騒然とする教室内で。

 通訳士、丹弥が呟いた一言は。


 俺たちの想像を。

 軽く凌駕していたのだった。


「ゆ……、ゆあ、この人に弟子入りして、地下アイドルになるって……」

「はああああああああ!?」



 この世で一番素敵な何かを探してやる。

 そう、俺は誓いを立てたのに。


 

 この世で最悪と呼んではばかることのない相手に。

 こいつはすべてを捧げようと言い出してしまったのだ。



 ……ああ。

 昨日の俺を褒めた、今日の俺よ。


 お前は、明日の俺を。

 反省と贖罪とに染め上げるべきだろう。



「…………わ、分かった。そういう事なら、俺も助力する……」

「にょーーーっ!?」

「まじで言ってるの? 先輩……」


 被害を最小限にするために。

 できる限りのことをしてやらねえと。


 そう心に決めた俺に対して。

 この悪魔は、含みのある笑いを浮かべた。


「……よく分からんが、お客様が責任とるんだな?」

「御意」

「今週末、ライブがあるから。それまでにこいつをこの世で一番ファンキーでクレイジーなアイドルに仕立て上げて来い」

「…………謹んで拝命いたします」


 誰もが、口をあんぐりとさせる中で。


 ゆあと俺だけは。

 真剣なまなざしで頷きを交わしたのだった。


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