バレンタインデー 前編


 ~ 二月十四日(月)

   バレンタインデー ~

 ※春寒料峭しゅんかんりょうしょう

  寒の戻り




 俺に課せられた。

 いくつもの使命。


 凜々花の勉強の面倒をみて。

 秋乃へは、お菓子作りを指導して。

 王子くんのチョコ作りを手伝って。

 丹弥のソフトボール練習に付き合って。

 そして、にゅの恋を応援してやると決めたんだが。


 まあ、一ヶ月の間に。

 いろんなことがあったもんだ。


 それなり頑張って。

 勝手に解決したものにも助けられて。


 バレンタインデー当日の朝。


 俺は、学校で。

 唯一残った問題。


 どうやって、にゅの背中を押してあげたものか。


 それだけを考えて…………。




 いなかった。




「どうして忘れて来たんだよお前ら!」

「あっは! 絶対忘れるまいって慎重になりすぎるとさ、意外と忘れるもんじゃない?」

「忘れねえよ!」

「そ、そんなこと無い……。あたしは西野さんに、激しく同意……」

「傷をなめ合うな愚か者ども!」

「ドマだよ!」

「ド、ドマです……」

「全然ドンマイじゃない!!!」


 王子くんと秋乃。

 二人揃って慌てふためいているのは。


 今の会話をお聞きの通り。

 とんでもないポカをしでかしたせい。


 三、四時間目が先生不在の自習時間になってくれたおかげで。


 こっそり材料を買ってきて。

 大慌てでチョコ作りを開始したんだが。


「お前は別に作らんでもいいんだが」

「そ、そうはいかない……」


 わたわたと慌てながらも真剣に。

 嬉しいことを言ってくれるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪に巻いた三角巾が。


 慌て過ぎて。

 お化けスタイルになってやがる。


「……道連れにする気か?」

「な、何の話……?」


 何の話も何も。

 どうして正しく昨日の手順を再現するのかな?


「その九十七パーセントガムシロップはやめい」


 チョコの方は、俺が手伝わないとまるで作業が進まない体たらくなのに。


 こぽこぽの紫色は完璧に昨日と同じもの。

 

「えっと、次はαグルコースとβフルクトースを結合させるために……」

「普通に砂糖買って来いよ! わざわざショ糖を化学的に作るな!!!」


 そもそも、甘いのは苦手だから砂糖抜きでいいんだよ。

 いらんもの加えて痺れさせようとすんな。



 ……そんなこんなで。


 俺は王子くんのチョコ作りを手伝いつつ、秋乃のチョコ作りを手伝いつつ、さらに秋乃の劇薬生成を妨害をするという八面六臂の動きを見せていたんだが。


 急に。

 教室の後ろ扉が、がらりと開いて。


 珍客が教室に入って来た。


「……失礼する」

「いたたたた!!! ハルキー! もう逃げないから耳を引っ張らないでおくんなまし!」

「え!? どうしてお前ら高校に来てるんだ!?」


 そうでなくても騒がしかった教室のボルテージがさらに上がるスペシャルゲスト。


「なんだなんだ!? 美少女が二人?」

「おお! 誰の妹だ!?」

「きゃあああ!! 可愛い!!」

「外人さん!? お人形さんみたい!」


 妹コンビの乱入により、とうとう委員長が『静かにしないやつはパラガスと手錠でつなぐ』宣言を発動するまでに至り。


 何とか騒ぎは収まったんだが。


「……立哉さん。緊急事態が発生した」

「今が緊急事態だ。見つかったりしたら大変だぞ?」

「……危険を冒す必要がある状況なのだよ」

「なにがあったんだ」

「……例の男子の第一志望校。ここではないと判明した」

「ん? 例の男子? …………はっ!? あいつか! ってことは!?」

「ねえハルキー! 帰ったらゲームやろうね!」

「……こうなった」

「あかんやん!!!」


 複雑おにい心を無理やり納得させて。

 凜々花が高校に受かるまでは、片思いを容認してやったというのに。


「そいつの所へ連れて行け! 凜々花の気持ちを踏みにじりやがって!」

「……落ち着くのだ、年中無休でシスコンの立哉さん」

「失礼にも聞こえるが、さらに二十四時間営業でやらせてもらってます!」

「……うるさいだまれ。問題はそこではない」

「舞浜ちゃん! この紫のヤツ、ちょびっと舐めたらびりびりすんだけど!」

「こ、これは舐めちゃダメ……。沢山摂取すると大変……」

「……こいつがこのままでは」

「ああ。二週間で詰め込んだ知識は」

「……そう。二週間で綺麗さっぱり消え失せる」


 秋乃にまとわりついて。

 きゃあきゃあと、はしゃぐ凜々花に再び勉強をさせる方法。


 一体どうすればと。

 首をひねったところへ。


「にょーーーーーっ!! 先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩!」

「た、大変……!」

「にゅーーー!!!」

「なんだなんだ!?」


 今度は拗音トリオが駆け込んできて。

 俺の腕を強引に引っ張り始めた。


「待て待て待て! どこに連れて行く気だ!?」

「有無を言わさずついて来てもらいます!」

「申し訳ないけどお願い!」

「にゅ!」


 真っ赤な顔して右腕を引く朱里。

 左手を引くにゅ。

 そして、丹弥に背中を押されているんだが。


「…………なあ、お前ら。俺の叫び声の責任とれよ」

「ふんぬううう!!」

「にゅううううう!」

「びくともしないとか」


 三人がかりで引っ張れないって。

 どこまで非力なんだよお前ら。


「声上げたりして恥ずかしいったらねえじゃねえか。俺も今、大変な状況だから。整理券渡すから後ろに並べ」

「でもでも! 急がないと!」

「にゅ!」

「ソフトボール部の部長さんが急に具合が悪くなったって、連絡が来たんだ!」

「ええっ!? 試合、今日だよな!」

「そう! 二時から!」

「一時間ちょっとで始まっちまうじゃねえか!」

「ぼ……、ぼく! 部長さんの代わりに試合に出たい!」


 試合をするグラウンド。

 直線距離ならそれなり近いけど。

 

 電車とバスを乗り継ぐと。

 二時間近くかかるはず。


 

 俺は、すべての問題をひとまず捨て置いて。

 三人娘を引きずりながら駆け出した。



 ……やれやれ。

 どうして解決した問題が。


 全部無かったことになってるんだ?




 明日更新の後半へ続く!


※『おおいまた一日追いつけなくなっとるやないかい』に類するご意見に関しましては募集を締め切らせていただきました。

 沢山のご応募ありがとうございました。

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