建国記念の日


 ~ 二月十一日(金祝) 建国記念の日 ~

 ※捲土重来けんどちょうらい

  一度失敗した者が再挑戦すること




 二月十一日。

 祝日。


 この日、我が家に。



 ……国が出来た。



「鉄条網なんてどこで買って来たんだよ……」

「こ、高圧電流が流れてるから、触らないで……」

「その装置もどこで買って来たんだ?」

「ど、どっちも手作り……」


 リビングの真ん中よりテレビ寄り。

 約三分の一あたりの所に鉄条網を張って、不可侵領域を構築してしまったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 目の前にいくつも連なる『の』の字の向こう。

 キッチンとダイニングでキャーキャー騒ぐ三人娘の中で。


 一人だけ、ちょっと静かに真剣に。


 チョコ。


 ……のような何かを作っているように聞こえる。



 ここで、見える、ではなく。

 聞こえると表現するのには理由があって。


 俺は、とある彼女らの願いをかなえてあげるため。

 目隠しをしているのだ。


 そう。


 目隠しをしているのだ。


「ああ、夏木。スポンジはもうオーブンから出せ」

「はいはいー!」

「王子くんは、ココアパウダー付け過ぎてねえか?」

「あっは! 見もしないでよく分かるね!」



 ……今日は、週明けに迫った。

 バレンタインデーに向けてのチョコづくり。


 そんな三人から頼まれたことは三つ。


 監修役として参加して欲しいと頼まれ。

 場所を貸して欲しいと頼まれ。


 そして。


 恥ずかしいから作ってるところを見るな。


 二つ目はいいが。

 一つ目と三つ目が矛盾してる。


 そう文句を言いながら開始してみれば。


「またか秋乃!! 今、何入れた!?」

「内緒……」

「ちゃんと固まらないから、混ぜもんは後にしろ!」


 意外と音だけで。

 状況が分かって。


 俺という才能に。

 さっきから驚愕しっぱなし。


「ねえねえ保坂ちゃん! 焼き加減、こんなもんでいい?」

「見えるわけあるか」

「あっは! 僕の方はもう大丈夫だから、目隠し外したら?」

「秋乃もいいのか?」

「あ、あたしも平気……」


 三人の同意を得て。

 目隠しを外してみれば。


 エプロン姿で、スポンジをこっちに向けてはしゃぐきけ子。

 腰エプロン姿で手を振る王子くん。


「おお……」

「え? そんなにいい感じに焼けてる?」

「あ、ああ。ばっちりばっちり」


 新鮮な二人の姿に。

 思わず声が漏れちまったぜ。


 この景色だけで。

 今までの扱いは帳消しにしよう。


 ……まあ。

 二人のおかげで一旦プラマイゼロになった感情が。


 他の一人のせいで結果的にマイナスになるということもある。


「なぜお前だけ白衣」

「エプロン洗濯しちゃって……。でも、意味は合ってるからOK」

「合ってちゃダメだろ」


 こいつ一人だけ。

 料理人ではなく。


 どう見ても、化学兵器を作るマッドサイエンティスト。


 コンロの代わりにアルコールランプ。

 計量カップの代わりにビーカー。


 そして秋乃が手にした三角フラスコ。

 紫色の液体がこぽこぽいってるけど。


 そんなの入れるの? チョコに?


「今度はそれを使って保坂家全領土を掌握する気か」

「じっ……、料理が終わったら片付けるから……」

「実験って言いかけてたよな!! お前がチョコに入れようとしてるその紫のは何だ!?」

「今日、立哉君に食べてもらう試作品に使おうと……」

「そんなこと聞いてるんじゃねえ! 成分を教えろと言ってるんだ!」


 どう見たって毒でしかねえ液体を。

 横目で見つめた秋乃は。


 自信満々に一つ頷くと。

 簡単明瞭に答えを教えてくれた。


「ガムシロップ?」

「なぜ疑問形」


 なんという超難問。

 この距離でそいつの正体を当てにゃならんの?


「いや無理だ。ほぼ常温で、こぽこぽいってる紫色の液体なんて当てられるはずねえ」

「ガムシロップ」

「ほんとのこと言え」

「成分表記的には問題ないと思う……」

「成分表記? よく分からんが、百パーセント、ガムシロップなんだな?」

「…………九十七パー」

「残り三パーが怖すぎるんだよ!!!」


 絶対に寿命が縮む何かが入ってる!

 そんなの食えるわけねえだろ冗談じゃねえぞ!?


「よし。試作品は親父に食わせようそうしよう」

「まだ、そっちの寝室で寝ていらっしゃるようだし、立哉君に……」

「そうはいかん。残り三パー、何が入ってるのか言うまで絶対に食わん」

「おかしなものじゃない……、よ? それと同じ効果があるだけ……」

「それ? …………俺のこと指差して何のつもりだ」

「も、ちょい手前」

「感電するんかい!!!」


 このバリケードと同じ効果って!

 俺を感電させてどうするつもり!?


 お隣りの二人の華やかな様子と対照的に。

 こいつはどうしてこうなのか。


 頭を抱える俺に。

 秋乃は、自信満々に言ってのけた。


「ざ、雑誌に書いてあったから……」

「なにが」

「痺れて、天にも昇るような心地がするチョコを作ると良いって……」

「うはははははははははははは!!! 額面通りに捉えるな!」

「た、立哉君のことを考えて、研究してきたの……」


 なにやら真面目な独白をしながら。

 肩を落としちまったけど。


 俺のために頑張ったのにって。

 その気持ちは分かるけど。


 だからと言って。


「普通の作れ、普通の」

「でも……」

「普通ので、ちゃんと痺れて、天にも昇るような心地になると思うから」


 …………ちょっと口ごもりながら。

 視線をそらしながら言った言葉に。


 秋乃は、ぱあっと笑顔を浮かべて。

 国境に駆け寄ると。

 普通のチョコを差し出してきた。


「ふ、普通の……」

「ああ、そう。これでいいんだこれで」

「これで、痺れて、天にも昇る?」

「そ、そんなこと言ってねえ!」


 恥ずかしいんだよ!

 繰り返すんじゃねえ!


「言った……」

「言ってねえ!」


 そして俺は。

 ムキになって乱暴に秋乃のチョコを奪い取ると。


 その手が。

 鉄条網に引っかかって。


 見事に、普通のチョコで。

 痺れて、天にも昇る心地になった。



 ……やれやれ。

 バレンタイン当日が不安でしかねえ。


 過剰な期待はしないから。

 せめて何事もなく終わってくれますようにと願うばかりだ。

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