ふきのとうの日


 ~ 二月十日(木) ふきのとうの日 ~

 ※山肴野蔌さんこうやそく

  山の幸と野の幸




 俺が知っている。

 悲しい光景の一つ。


「によーっ!! よかったよかった!」


 自分は悲しいくせに。

 それでもみんなの幸せを心から喜ぶ。


 心の強い人の笑顔。



 ここ数日、必死に頑張って。

 守備も打撃もそれなりさまになって来たというのに。


 レギュラーの子の用事がキャンセルとなって。

 試合に出る事が出来るようになったらしく。


 朱里の試合への参加が。

 無しになってしまった。



 もちろん、ずっとみんなで頑張って来たんだ。

 客観的に見たら、多人数が幸せになるにはこうするのが一番正しい。


 ただ、こいつだけは文句を言ってもばちなんか当たらないと思うし。

 そんな発言を聞いて、嫌な気分になる者もいない。


 だというのに。


「いままでずっと一緒にやってきたみんなで試合した方がいいに決まってます!」


 そんな言葉を。

 心からの笑顔で言ってのけるこいつを見ると。


 たまに思うんだ。

 ほんとに大人だなって。



 ――今日は、来月頭に迫った受験の準備とのことで。

 授業は午前中で終了。


 でも、教室を使わなければという条件付きで。

 部活は許可されていた。


 応援に足を運ぶつもりだった俺たちは。

 練習が無くなったせいで、急に暇になり。


 滅多に使わない自分たちの部室で。

 弁当箱を広げて暇つぶし。


 それぞれ、お互いを気遣って。

 交わす言葉も少なく、妙な空気感。


 でも俺は、もやもやしたままじゃいけないだろうと。

 はっきりと朱里に聞いてみた。


「そうは言っても、がっかりしてはいるんだろ?」

「そりゃ残念ですけど、数日お邪魔したぼくと、ずっと一緒に戦ってきた仲間とじゃ比べる必要すらないでしょ?」

「まあそうなんだけどな。でも、お前を元気づけてやる手段は無いかなって」

「ありますよ?」

「あるんかい。なんだ、言ってみろよ」

「揚げ物食べたい!」

「は?」


 また変なこと言い出したなと突っ込もうと思ったところで。

 ふと気づく。


 そうか、お前。

 少しでも動ける身体になろうと思って。


 ダイエットでもしてたんだな?


「……ようし、じゃあ今日は思いっきり食え」

「やた! 先輩のお料理、実は大好きなんで!」

「そうだったのか?」

「でも、安もんでいいです! 野菜くずのかきあげとか、その辺の食べられる葉っぱとか!」

「お前は俺の財布の中身見たの?」


 ここんところ、まるでバイトしてなかったからな。


 そう言ってもらえるなら助かる。


 俺は、上手い言葉を見つけられずに居心地悪くしていた丹弥とにゅに適当にお金を渡してお使いに出すと。


「お前も何か揚げられるもん入手して来い」

「あ、あのね? 揚げ物の夢、昨日見た……」

「ウソついて誤魔化してねえでとっとと行け」


 俺がにらみつけるのを。

 そうじゃないのと誤魔化すこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 実はこの教室の中で一番辛い思いをしているであろうこと。

 それくらい分かるから追い出してやろうとしているのに。


 誰よりも朱里の気持ちを汲んで悲しんで。

 でも、誰よりも不器用だからどうしたらいいのか分からずに、ずっとわたわたしっぱなし。


 そんなお前にできる事。

 どこからか揚げ物の材料入手して来るか。

 みんなを笑わせることくらいしかねえだろ。


「いいから、なんか買って来い」

「あのね? 夢の中に巨人が出て来て……」

「揚げ物はどこ行った」

「逃げたんだけど掴まって、下を見たら巨人用の大きな中華鍋にぐつぐつ油が煮えていて」

「ああ、もう駄目だな。投げ込まれておしまいだ」

「あたしもそう思ったんだけど、いい人だったの」

「投げ込まれなかったのかよ」

「うん。お風呂に入れてもらって、お風呂上がりに全身卵パックしてもらって、ふかふかのパンみたいなベットに寝かせてくれたの」

「うはははははははははははは!!!」

「きゃははははははははははは!!!」


 その後、絶対鍋の中じゃねえか!

 きっと低温でじっくり揚げて骨までサクサクにされる!


 俺と朱里とで机を叩いて大笑いしているうちに。

 秋乃は、笑顔を残して部室を出ていった。


「ひい……、ひい……。ま、舞浜先輩は、笑いのスペシャリストです……」

「下らんことをポンポン思い付くなあいつは」

「先輩は、なんか面白いことできないんですか?」

「できるが、せっかく二人なんだ。みんながいるとできない内緒話でも聞いてやろう」

「内緒の話ですか?」


 こいつはお袋と凜々花に聞いた、ちょっと卑怯なテクニック。

 女子は共通敵の話とか、共有してる内緒の話をできる相手に信頼感を覚えるとか。


 もっとも、こんな手を使うのも初めてだから。

 上手くいくかどうかなんてよく分からないけどな。


「あ……。そしたら、お聞きしたい事があったんですけど」

「おお、なんだ?」

「バレンタインにですね、ゆあが渡したい相手分かったんだけど……」

「にゅが? へえ!」


 そりゃ驚いた。

 恋バナから一番遠いとこにいそうなのにな、あいつ。


「どんな人なんだ?」

「それが、三年の先輩なんですけど」

「まじか。三年が十四日に学校なんか来ねえだろ」

「それもあるんですけどね? その人、にやに告白して玉砕した人なんですよ」

「お前ら青春してんなぁ!!!」


 え? え? え?

 なにそのはなし、お父さんは何も聞いてないぞ!?


 凜々花といいお前らといい。

 そういうことはちゃんとお父さんに話しなさい!


「意外……。お前にもそういうのあるのかよ?」

「全然ないです!」

「いや。そんな嬉しそうに言われても」

「そういうことなんで。ゆあはホントは渡したいのに、きっと渡さないんだろうなって」

「まあ……、気を使うよな、普通」

「でも、それってなんかもったいないし背中を押したいんですよ!」

「まあな」

「じゃ、よろしくお願いします!」

「何を!?!?」


 ちょっとまてこら!

 最後に全部投げてくんな!!!


 こちとら、彼女もまだいない身なんだぞ?

 他人の恋愛の面倒なんか見てられるか!


 でも、やんわりお断りできる言葉を探っているうちに。

 丹弥とにゅが食材を抱えて帰って来たから話は強制終了。


 えらいもん押しつけられたと頭を抱えながら。

 揚げ物を作る羽目になる。


 ……それにしても。

 こいつらの恋模様か。


 とくに、にゅの恋バナとか驚きだ。


 自分を守るために。

 言葉を発しないひきこもり。


 いつか、お嬢様である自分を自然に出して。

 学園生活を送ることになるのだろうか。


 雪の下。

 誰の目にも触れない所で。


 芽吹きを迎えたフキノトウ。


 その成長をしっかり見守ってやらないと。

 頼りないかもしれないけど、俺に任せておけ。


 そう決意を固めたところで。

 秋乃が部室に戻って来たんだが。


 こいつが両手いっぱいに抱えて来たものと言えば。


「うはははははははははははは!!! もぎやがった!」

「え? 園芸部で分けてもらったんだけど、ダメだった……?」


 俺が成長を見守る間もなく。

 もがれたフキノトウをカラッと揚げて。


 塩を振って、にゅの前に差し出す。


 大人へと、一歩を踏み出そうとしているにゅ。

 その恋を応援したい。


 にゅは、俺の意図を知ってか知らずか。

 その正体であるところのお嬢様然とした微笑をこちらに向けながら。

 上品にフキノトウを口に運ぶと。


 久しぶりに、にゅではなく。

 ゆあとしての。


 お嬢様らしい、大人びた声を聞かせてくれた。




「にがあ」




 ……大人への一歩。

 踏み出したばかりの彼女の舌は。


 まだまだ子供だった。

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