大福の日


 ~ 二月九日(水) 大福の日 ~

 ※同工異曲どうこういきょく

  一、同じ技量の者が作った詩文や

    楽曲でもそれぞれ趣が異なる

  二、見た目は違うが中身は同じ




「チョ……、チョコ入り大福?」

「あんこの代わりにチョコいれて、一口大に丸めるのよん!」

「甘くないの?」

「甘くないから、保坂ちゃんにも向いてるんじゃない? 見た目的にもびっくりするかもだし!」

「チョコだと思って蓋を開けたら、真っ白なもち肌がこんにちは……。確かにびっくり……」

「そうそう!」

「じゃあ、それにしよう……。というわけで、チョコ大福の作り方、教えて……?」

「禅問答か?」


 びっくりさせる相手にばれてるどころか。

 作り方を教わってどうする。


 だったらいっそ。

 蓋を開けた瞬間に大福が飛び出すびっくり箱も込みで作り方を教えてやろうか?


 そんなやり取りの間。

 終始俺の顔を見て苦笑いを浮かべるきけ子の隣から。


 王子くんも話に混ざって来たんだが。

 冒頭からローテンションでため息をつく。


「僕も、違うの考えとかなきゃ……」

「え? 俺がこの間教えたやつじゃダメなのか?」

「舞浜ちゃんのこと言えないよ。保坂ちゃんも禅問答みたいなこと言ってる」

「え?」


 今のどこが禅問答?

 よくわからんが、少なくとも。


「こいつのこと言えないなんてことはない」

「そうかな?」

「あ、あのね、立哉君。二人に見つからないうちに、チョコ大福の作り方教えて……?」

「ほらな?」


 明後日、きけ子と王子くんと三人でチョコ作りをすることになっている。

 そんなこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 それが、なぜ俺に指導を頼んでくるのかと言えば。

 料理下手なところを、一緒に作る二人に見せたくないから。

 二人に内緒で練習しておきたいというのが理由だったはず。


 だというのに。

 二人の見ている目の前で頼むか?


「来客前に、居間のゴミを全部ぶち込んだ隣の部屋への扉を開きっぱなしにしておくスタイル」

「な、何の話……?」


 秋乃の両側。

 肩越しに見える、きけ子と王子くんの苦笑い。

 

 こいつが、隠し事とかできないことは分かってる。

 それを美徳と、もちろん思いはするが。


 呆れがどうにも先に立つ。


 こんな世間知らずが。

 社会に出てやっていけるのだろうか。


「まあいいや、教えてやる。でも、饅頭のガワにチョコはやめろ」

「なんで? せっかく夏木さんに教えてもらった、甘くないチョコ……」

「甘く無けりゃいいってもんじゃないんだよ。求肥ぎゅうひにチョコならそんなに嫌いじゃないんだが、餅にチョコはいかん。あと、パイ生地の場合は……」


 食うのは俺なんだ。

 好みをもろもろ押し付けて構わんだろう。


 そんな意見をひとつひとつ。

 指折り数えながら聞いていた秋乃が、がたっと音を鳴らして席を立つ。


「じゃ、じゃあ……、いろんなので試さないと……」


 そして、鼻息荒く握りこぶしを作ると。

 様々な食べ物を求めて、外に飛び出していった。



 もちろん、俺も。

 席を立って廊下に向かったんだが。



 秋乃の後を追ったわけではなく。


 今が授業中だったからである。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「買ってきた」

「満足そうでなにより」


 こいつの代わりに立たされた怒りなど。

 四時間目も終わればすでに忘却の彼方。


 教室を出た時と同じで。

 鼻息荒く戻って来た秋乃だが。


 左と右に、ひとつずつの大袋。

 パンパンに膨れたそいつらが。

 秋乃の腕を真下に引っ張り続けていた。


「買ってきたねえ……」

「うん。エコバッグも二つ買うことになった……」

「余計反エコになってねえか?」


 二つのエコバッグに詰まった無数の食材。

 全部が、具を食べられる皮に包まれた食い物なんだよな?


「どうやって検証する気だ?」

「あ、あたしが中身を食べて、空洞になったとこにチョコを入れて、立哉君が食べる……」

「ちゃんと食えるものが出てくるんだろうな?」

「も、もちろん……」

「その実験、皮とチョコを別々に口に入れちゃいかんの?」

「文句ばっかり……」

「言いたくもなるだろうよ」

「餃子を食べたデザートに、酢ゴショウ飲む人いないでしょ?」

「まあ、納得。じゃあ一つ目を出してもらおうか」


 この、お昼休みの半ばまで。

 秋乃の帰りをずっと待っていたきけ子と王子くん。


 二人も椅子を寄せて見守る中。

 こいつが袋から取り出した、その一つ目の品は。


「え、駅前の豚まん……」

「マジなのん!?」

「よく買えたね!」

「おお! お昼前だから買えたのか!」


 すぐに売り切れることで有名とは言え。

 授業を堂々と抜け出せば。

 確かに買えるよな、そのレアアイテム。


「散々文句を言って悪かった! 皮でチョコ包んだのもちゃんと試すから、中身も食べさせてくれ!」

「う、うん……」


 皆が興奮気味に見つめるせいで。

 ちょっと引き気味の秋乃が、お椀の上で豚まんを二つに割る。


「凄くいい香りなのよん!」


 そして零れ出たたっぷりのスープに。

 右手に持った半分の豚まんをそのまま浸して。


「あっは! おいしそう……!」


 空いた右手にレンゲを持って。

 具とスープをすくって俺に向けて、あーん。



 ……なんてするはずはもちろんなくて。



 レンゲで左半分の肉まんから具を全部掻き出して。

 板チョコを詰めて、はいどうぞ。


「ああそうだったよな! 浮かれた俺がバカでした!」

「じゃあ、あたしもちょっとだけ食べよ……」

「残しとけよ?」


 秋乃は、食べるの遅いから。

 急ぐ必要なんかないけれど。


 何度も残せと釘を刺しながら。

 チョコまんを急いで平らげる。


 この、もっちり感強めの生地にチョコレート。


 人によっては好きなのかもしれないが。

 俺には苦手な組み合わせ。


「うーん、やっぱ豚まんの皮でチョコまんにするのは無し」

「了解……」

「ってことで、そっちをよこせ!」

「それが、あたしもびっくりなんだけど……」


 そんなこと言いながら、秋乃の右手はおなかをさすり。

 左手が、空になった皿を机に置いた。


「早いな珍しく!」

「すごくおいしい、これ……」

「すごく悔しい、俺!」

「でも後味を楽しんでる余裕、ない……。沢山あるから、急いで検証していかないと……」

「まてまて。大食いなお前はともかく、俺はそんなにたくさん食えんぞ?」


 大食いと言われて。

 ちょっと膨れた秋乃だったが。


 そこは実験好きの血が勝ったようで。

 俺をその気にさせようと、言葉を選ぶ。


「か、皮の味の違いを楽しんでるうちに、結構いけるんじゃ……?」

「具がチョコ一点張りじゃ、すぐ飽きるわ」

「大丈夫。これだけたくさん買ってきたのに、全部違う商品だから。チョコは同じでも全部違う味になる……」

「ほんと?」

「というわけで、二つ目はあんまん。三つめはピザまん、四つ目はカレーまんで五つ目は……」

「うはははははははははははは!!! ばかやろう、皮まで一点張りじゃねえか!」

「え……? 色が違うから、違う味がするのかと思ってた……」


 最後の最後で常識しらずを発動した秋乃のせいで。

 ありとあらゆる色の皮でチョコを包んで食うことになった俺の。


 素直な感想。


「…………包むのは、無し」

「了解」


 そして、ピザ屋と同じように。

 皮ばかりを俺の前に積み上げて。


 黙々と中身を楽しむ秋乃が。

 また、この中華まん大会を開きたいと思いませんようにと祈りつつ。


 酢醤油ラー油の中華付けダレで。

 色とりどりなのに全部同じ味のタワーを崩し続けていたら、お口に強烈な違和感。


「うわっぷ!? 大福の皮ぁ!!!」

「……え? それは違うの?」

「持った時、気づけぇ」


 自分のことを棚に上げながら。

 秋乃に文句を言う俺に。


 二人分の、同情の視線が注がれるのであった。

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