双葉の日


 ~ 二月八日(火) 双葉の日 ~

 ※栴檀双葉 《せんだんのふたば 》

  才能ある者は小さな頃から

  頭角を現す




「ほらほら! しっかりボールの正面で腰を落とす!」

「もういっちょお願いします!」

「よし! あと五球!」


 厳しさの中に大きな愛が垣間見える声を浴びながら。

 白球へ飛びつく一年生。


 新田朱里。


 スポーツは嫌いだし苦手。

 そう公言する彼女だが。


 夢とは異なもの。

 こいつ、ソフトボールに憧れがあったようで。


 十四日に行われる他校との練習試合に急きょ出場することになり。


 それまでの間。

 必死に練習を続けていたりする。



 ……もちろん。

 そんな朱里を応援するのは親友たちの仕事。


「しゅり! 頑張れ!」

「にゅ!」


 まったくもって。

 微笑ましい光景なんだが。


 どうしてそんな雰囲気を。

 お前は台無しにしやがるの?


「も、もうヘトヘト……」

「てめえは応援もしないでなんで練習に混ざってるんだ?」


 体操着はおろか。

 顔まで土色に染めて。


 ベンチで横たわっているのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 朱里の汚れたユニフォームは賞賛すべきだが。

 お前の遊び半分は叱られるべき。


「くうっ! おしかった!」

「にゅー!」

「れ、連続ノックの厳しいところ……。後半になると足がもたついて、ボールに追いつけなくなる……」

「舞浜先輩。実体験からくる御高説は信憑性あるにはあるんですが……」

「練習の邪魔しといて偉そうなこと言うんじゃねえ」

「にゅ」

「にゅーーーー!!!」


 にゅの真似して誤魔化そうとしたもんだから。

 ぽかぽか叩かれているんだが。


 ほんとにグロッキーなんだな。

 逃げるも防御もできやしねえなんて。


「よし! 交代!」

「あ……、あざました……」


 そんなことをしてる間に。

 朱里の練習はいったん休憩。


 ふらふらしながらベンチに戻って来る朱里と交代で。

 二人の選手が、セカンドとショートの位置につく。


「おつかれ」

「にゅ!」

「おみず、ありがと……。一球も取れなくて悔しい……」

「悔しいと思うなら、しっかり休んで次に備えろ。あと、上手い人のプレーをよく見とけ」

「うん」


 いつもなら、こういった根性論に対しては絶対に文句を言って来る朱里が。


 素直にアドバイスを聞いて、二人の練習を真剣な表情でじっと見つめる。


 お前が守るサードと動きは違うとは思うけど。

 ただ取るだけのことすらできないお前だ。

 なにか学び取ることができるはずだ。


「じゃあ、4-6-3!」

「「ほいきた!!」」


 息の合った、、まったく同じ声がステレオで耳に届いた後。

 朱里の時とは明らかに違う快音を残して、鋭い打球がセカンドベースの少し右あたりをかすめたと思ったら。


 横っ飛び一閃。

 セカンドの子が見事にスライディングキャッチ。


 しかもその球を、右手で持たずにグラブから直接ショートの子へパスすると。

 セカンドベースを踏みながら右手でキャッチしたその子は、ほぼ予備動作無しでファーストへ鋭く送球した。


「うわ……」

「にょー!? 先輩先輩! 先輩の言う通りに、よく見てたとて!!」

「すまん、間違えて囲碁の大会に連れて来ちまった。お前が知りたかったのは五目並べだったよな?」

「いいえ! おはじきからじゃないと!!」


 二人の選手は、グラブ同士をぶつけてから再び元の位置につくと。

 以降も華麗なプレーを連発する。


 いやはや、これじゃ参考にならんよな。

 朱里どころか、全員そろって口あんぐりだ。


 ……そんな二人へのノックは、たったの五球。

 ウォーミングアップだろうか。

 二人並んで、一旦ベンチに戻って来たんだが。


「お……? 双子? だったの?」

「「はい!!」」

「え? 気づいて無かったんですか、先輩」

「この二人、一年の間じゃちょっとした有名人なんですよ?」

「にゅ!」


 俺の前に並び立つその姿。

 髪の分け目と泣きぼくろ。

 そして利き腕までが見事なまでに左右対称。


 確かにこれは。

 有名になるよな。


「双子のショートとセカンドか……。滅茶苦茶うまいじゃないか」

「「どもども」」

「バッティングの方は?」

「「打順は」」

「一番と」

「二番」

「息ピッタリ」


 まるで芝居を見ているかのよう。

 お互いが何をしゃべるのか理解し合ってるって事だよな?


「そして、打率は五割」

「出塁率八割」

「ええ!? すげえな!」

「「最初の打席だけ」」」

「……ん?」


 そこまで言うと。

 双子は俺の左右をそれぞれ通り越して。


 秋乃同様。

 ベンチに横になる。


「え? どうしたんだ?」

「疲れちゃったの」

「面倒になったの」

「ウソだろ?」


 そばにいた他の選手が。

 これがほんとなんだよねーとか、笑ってるけどさ。


「なんという短期集中型……」


 それで最初の打席だけ信じがたい成績なんて。

 呆れたやつらだ。


「す……、すごい手を考えた!」

「急にどうした」


 今までの会話を。

 横向きで聞いていた秋乃が。


 なにやら急に目を輝かせて。

 がばっと起き上がる。


「すごい手って、なんだよ」

「二人、そっくりじゃない?」

「そうだな」

「もう一人部員がいたら、一人が先に出て、途中で交代してもバレない!」

「うはははははははははははは!!!」


 俺が大笑いしている姿を見て。

 秋乃はきょとんとしてやがるが。


 なんで笑ったのか。

 本気で分かってねえのか?


「……あのな?」

「う、うん……」

「もう一人部員がいたら、普通に選手交代可能なんだが」

「あ」


 今になってようやく気付いて。

 顔を隠して再びふて寝。


「こら。迷惑だからもう起きろ」

「も、もう二度と立ち上がれない程のダメージ……」

「自業自得だ」

「双子のお姉ちゃんを連れてきて欲しい……」

「は?」


 急になに言い出したんだ?

 双子のお姉ちゃん?


「下らんウソつくな」

「い、いるはずだから……」

「どこに」

「化学準備室」


 もう、ほんとに何が言いたいのか分からない。

 でもここまで来たら、下らん与太話に最後まで付き合うほかに術がない。


「万が一化学準備室にいたとして、連れてきたらどうなると思う?」

「立ち上がれないあたしを負ぶって、家まで連れて行ってくれる……」

「そうはならん」

「え? じゃあどうなるの?」

「ぐったりしてる秋乃が二人になるだけだと思う」

「…………さもありなん」


 秋乃の返事に。

 みんな揃って苦笑いを浮かべると同時に。


 聞こえてきた校内放送。



『あー、テステス。……化学準備室に『クローン培養中』なる怪しい張り紙をして私物化していた者は、今すぐ立ってろ』



「「「あはははははははははははは!!!」」」



 みんなが腹を抱えて笑う中。

 俺一人だけ、ムッとしながら。

 真犯人の代わりに立ち上がるのだった。



「た、助かります……」

「あのな? 一人だけでも十分迷惑なんだから」

「はい。実験は直ちに中止します」


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