第33話 ドッペルゲンガーの俺

 俺(森田雄二)の周りでは最近、おかしなことが多かった。俺そっくりな奴が俺に先回りして行動しているようだ。まさかドッペルゲンガーでは・・・。


        =================


 最近、おかしなことが続いている。俺がいつも行くコンビニに入った途端、店員に言われた。


「あれ!さっき来られましたけど何か?」


 だが俺には覚えがない。今日、ここに来るのは初めてだ。


「さっき?いや、今、来たところだけど。」

「そうですか?」


 店員は不思議そうな顔をして首をひねっていた。そんなことは多々あった。まるで俺の行き先を先回りしている、俺そっくりの奴がいるようだった。

 その話を友人たちにしてみた。


「他人の空似だろう。この世にはそっくりな人が3人いるというぞ。」

「いや実は双子じゃないのか?」


 友人たちはそう言って面白がった。だが健太だけは違うことを言った。


「雄二。それはドッペルゲンガーだ。」

「ドッペルゲンガー?」

「そうだ。自分とそっくりな分身が別の場所に姿を現すことだ。それは死の前兆ともいわれて不吉なこととされているんだ。」

「まさか。」

「いや、もう一人に自分を見てしまったら死んでしまうようだ。気をつけろよ。」

「よせよ。脅かすなよ。」


 俺は笑い飛ばした。だが健太は冗談半分に言ったのだが、その言葉は心の奥に残っていた。


(もう一人の俺を見たら死ぬ・・・まさかそんなことはないだろう・・・。)


 俺は信じまいとしたが、心の中では少しおびえていた。




 最近、この近所でも変死体が見つかるようになっていた。全身の血を吸われており、あの化け物の仕業のようだった。そしてある日、俺のアパートに2人の見知らぬ男が訪ねてきた。


「森田雄二さんだね?」

「はい。森田雄二は俺ですが。」

「今、いいですか? 少しお話を聞かせてください。」


 俺が玄関を開けると、その男たちは入ってきて俺の腕をしっかり捕まえた。俺はいきなりのことで驚いて声を上げた。


「何するんです!」

「警察です。お話を聞かせていただきます。署まで来てください。」


 その2人は警察のバッジを見せた。彼らは刑事だった。俺は任意同行ということで否応もなく警察署に連行された。



 警察では俺がその化け物だと疑っているようだった。被害者が死ぬ直前に、その近くで俺が目撃されたというのだ。しかし聞いてみるとその時間はその場所に行っていない。俺は必死に無実を訴えた。


「俺じゃない。」

「嘘をつけ!少なくとも3人の被害者の死ぬ直前にお前が目撃されているんだ。それも複数の人に。もう言い逃れできないぞ!」


 刑事は執拗に攻め続けた。しかし俺には確たるアリバイがあった。その3人の被害者が襲われた時間はバイトに行っていた。だから証明してくれる人は山ほどいる。ほどなく俺は釈放になった。


「お前だと思ったのになあ・・・」


 刑事の声が聞こえてきそうだった。だがこれではっきりした。俺と瓜二つの人間がこの近くにいるということ。それは俺に別の恐怖をもたらしていた。


(やはりドッペルゲンガーか? もしそっくりなもう一人の俺に会ったら死んでしまうのか?)




 朝、いつものように大学に向かった。すると途中で涼介が待っていた。しかし涼介は何か険しい顔をしていた。


「どうしたんだ?涼介。」


 俺から声をかけた。すると涼介はゆっくり俺に近づいてきた。まるで俺が狂暴な獣でもあるように、その足取りは慎重だった。


「お前、何か変だぞ?」


 俺は言ってやった。涼介はしばらく前から時折、おかしな行動をとることが多かった。まるで別人になってしまったのではないかと思うことがあった。涼介はいきなり思わぬことを聞いてきた。


「雄二、雄二だよな?」


 それは確かめるような口調だった。しかし俺が雄二でなければ何なんだ?


「そうだよ。森田雄二だよ。何を言っているんだ。」


 俺は涼介がからかっているのかと思ったが、そうではなかった。涼介は真剣に聞いていた。もしかして涼介がおかしくなってしまったのか・・・。いや、もしかして・・・。俺は聞いてみた。


「お前。もしかして俺にそっくりな奴を見たのか?」

「そっくりな奴? もしかしてそんな奴がいるのか? お前以外にお前と同じ顔をしたやつが。」


 涼介は驚いたように言った。やはり涼介も見たのだ。俺は教えてやった。


「ああ、しばらく前から俺そっくりな奴がこの近くにいるらしい。それもヤバい奴だ。血を吸って人を殺したみたいだ。それも少なくとも3人。」

「やはり・・・」


 涼介はそう言い残してどこかに行こうとした。俺は涼介が何か知っていると直感した。


「おい! 待てよ! お前、何か知っているんだろう! 言えよ!」


 俺はそう言ったが、涼介はそのまま行ってしまった。




 俺は不安だった。いつかは俺そっくりな奴に会う。ドッペルゲンガーだ。その時、俺は死ぬに違いない。そう思うといてもたってもいられなかった。


(俺そっくりな奴は確かにこの町にいる。しばらくここを離れよう。田舎に帰ってみるか・・・。そうだったら一刻も早く・・・。)


 俺はすぐにアパートを出た。もう外は夜になっていた。


(とにかく駅へ。)


 俺は急いだ。すると後ろから声をかけられた。


「あれ!今、駅に行かなかった?」


 振り返ると健太がいた。俺は慌てた。奴が近くにいるのか?・・・と。


「見たのか?俺を!」

「ああ、駅の方に行くのを見た。でも人違いか。」


(まずい。奴は先回りしている。駅に行くのを止めなければ・・・)


 俺は来た方向に戻っていった。


(こうなったらタクシーだ。少し離れた駅まで行こう。)


 だが運悪く、タクシーは走っていなかった。代わりに一台のトラックが停まった。


「雄二じゃないか! まだタクシーを探しているのか?」


 それはアパートの隣に住む正田さんだった。トラックの運転者で今は仕事中のようだった。またタクシーを探している・・・ということは奴がいたのか?


「俺を見たんですか?」

「ああ、タクシーを止めようとしていたがな。さっき声をかけたが聞こえなかったのか?」


 奴は俺の近くに現れようとしている。俺に死を与えるために・・・。


(どうしよう。奴は少しずつ距離を詰めてきている。)


 俺は焦っていた。いろいろ考えているうちに正田さんのトラックは行ってしまった。


(あっ。無理を言って乗せてもらえばよかった。)


 と後悔したが、そのまま立ち止まっていられなかった。奴は追いかけてくる。会わないように逃げ続けなければ・・・。

 とにかく俺は走った。当てはなかった。ただじっとしていたら奴に会いそうな気がしていた。


「はあ、はあ、はあ。ここまで来れば・・・」


 俺は息を切らせていた。人気のない場所まで来てしまい、夜の闇は深く、不気味な雰囲気が漂っていた。前方に見える街灯がぼんやりと光を放っていた。すると前方に人影が見えた。


(誰だ?)


 俺は嫌な予感がしていた。その人影はゆっくり近づいてきた。かすかな光がその人影を照らした。


「!」


 俺は言葉が出なかった。それは俺だった。いやドッペルゲンガーに間違いはなかった。


(見てしまった。死んでしまう。)


 俺は恐怖で腰から崩れてしりもちをついた。近づいてくるもう一人の俺は不気味な笑みを浮かべていた。


(もうだめだ・・・。)


 俺はすっかり腰が抜けており、逃げることができない。


「助けてくれ・・・」


 俺はそれだけやっと言うことができた。


「お前はいたのか。まだこの世界に・・・。」


 もう一人の俺はそう言った。そしてさらに近づいてくる。俺を殺そうと・・・。その時、


「待て!」


 俺の後ろから声が響いた。振り返ると涼介だった。俺の前に出て、もう一人の俺の前に立ちふさがった。そして言った。


「やはりお前だったのか!お前がググトだな。」


(ググト? なんだそれ?)


 俺はこの状況でもその言葉が気になった。その涼介の言葉にもう一人の俺が言った。


「よくわかったな。さてはお前はマサドだな。」

(マサド?この2人は何を言っているんだ?)


 俺は涼介ともう一人の俺を見比べた。何だか、2人が得体の知れないもののように思えてきた。涼介はもう一人の俺に言った。


「そうだ。平行世界から来た。お前もそうだな。」

「ああ。だがこの世界の奴と入れ替わるはずが、もう一人の俺がここにいる。完全に入れ替われなかったようだ。だから俺は不完全なのだ。だからこの世界の俺を殺したら俺はこの世界で完全になれる。」


 もはや俺には奴が何を言っているのか、全く理解できなかった。だが涼介はわかっているようだった。


「そんなことはさせない!」

「ふふふ。俺の力を見ろ!」


 するともう一人の俺の姿が変形してきた。何本もの触手が伸び、口は鋭い歯が並び怪物のような姿になった。これが最近、巷を騒がす血を吸う化け物だろうと思った。


「エネジャイズ!」


 涼介は叫んだ。すると涼介の体は黒い人影に変わっていた。


「邪魔するな!」


 化け物は触手を振り回した。黒い人影はそれを避け、俺を抱えて後ろに下がった。


「涼介・・・」


 俺は何と言っていいかわからなかった。


「心配するな。お前は俺が守る!」


 その黒い人影は俺を下ろすと、化け物に向かって行った。激しく動き回る触手を掻い潜りながら、パンチやキックを化け物に叩き込んでいた。すると大きなダメージを受けた化け物は、

「グエー!」と声を上げて片膝をついた。そして不完全ながら俺の姿になった。その顔はまだ不気味に笑っているように見えた。


「この世界の俺が人間だったとはな・・・」


 そう言ってもう一人の俺は泡になって消えていった。俺は驚愕のあまり茫然としていたが、やがて我に返った。そうなると多くの疑問がわいてきていた。


「どういうわけなんだ?一体、あれは何だったんだ?」


 俺は黒い人影に向かって聞いた。するとそれは涼介の姿に戻って答えた。


「あれはググト。人の血を吸って生きる生物だ。平行世界から来た。そして俺も平行世界から来た。この世界の俺と入れ替わって。」


(だからか! ちょっと前から涼介の様子がおかしくなっていたのは。)


 俺は合点がいった。涼介は話を続けた。


「だが完全に入れ替われない場合もある。和夫は気の毒だった。ググトの体の一部だけが入れ替わって、やがてググトになっていった。雄二の場合は、平行世界のググトの雄二が来ただけで入れ替わることはなかった。いずれにしても不完全な状態で長く生きることはできなかったのだろう。あのググトはどちらかがいなくなれば生き残れると考えたのだろうし、実際そうなるのかもしれない。」


 俺はいまだに理解できなかった。そんなSFのような話・・・。だがひとつだけは確かだった。この涼介が俺を助けてくれたということだ。


「俺を守るために・・・」

「ああ、しばらく前にお前に似た奴がググトになって人を襲うのを見た。その時は逃げられてしまったが。必ずお前を襲いに来ると思っていたんだ。」

「ありがとう。助かった。」


 俺はようやく立ち上がって礼を言った。


「昔の涼介ではないけど、俺にとって雄二は大事な友だ。気にしないでくれ。」


 涼介はそう言った。そろそろ日が昇りかけているのか、辺りが少し明るくなってきていた。

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