第34話 私のママ
明日の授業参観で娘の若葉が「家族の作文」を読む。その作文は机の上に広げられており、私はつい見てしまった・・・ググトがいる平行世界のシングルマザーの「私」の話
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「若葉。もう寝なさい。」
私は後片付けをしながら娘の若葉に言った。
「はーい。ママ。」
若葉は素直に布団に入った。でもずっとこっちを見ていた。
「どうしたの?」
「お話しして。」
若葉は言った。いつも私は若葉に童話を聞かせて寝かしつけている。今日もそうして欲しいようだ。私は若葉の布団の横に寝た。すると若葉が私に言った。
「ねえ、ママ。明日、授業参観よ。きっと来てね。5時間目よ。」
「ええ、忘れないわ。きっと行くから。」
「きっとよ。明日は家族の作文を読むのよ。私も書いたんだから。」
「それは楽しみね。じゃあ、早く寝ましょう。」
そう言って私はお話を始めた。
「むかし、むかし、あるところに・・・」
しばらくすると若葉はすやすやと寝息を立てて眠りについた。その顔は天使のようにかわいかった。その姿を見るたびに私は「がんばってきてよかった。」と思うのだった。4畳半の古いアパートに私と若葉の2人だけ。部屋には何もないけれど、若葉がいればそれでいい。どんなに疲れて帰ってきても、若葉のおかげでまたがんばれる・・・
(さあ、さっさと後片付けを済ませて・・・・)
と私が思っていると、机の上に原稿用紙が載っていた。多分、若葉の作文だろう。書いてそのままにしておいたようだ。忘れないようにカバンに入れてやらないと・・・私はその作文を手に取った。すると中に何と書いてあるか、気になってきた。明日の授業参観で若葉が読むことになると思うのだが、それより先に知りたいという気持ちが強くなった。
(少しだけ・・・)
私は若葉の作文に目を通した。
「わたしのママ 3年3組 石井若葉
わたしのママはいつもニコニコして笑顔でいてくれます。この間、わたしがテストで100点を取った時も、『えらかったのね。』と笑ってほめてくれました。逆にわたしがいたずらしたときもおこりません。『こんなことしてはだめよ。若葉ならわかるわね。』とやさしく言ってくれます。わたしが『うん。』と言うと、『わかってくれてママはうれしいわ。』と笑ってくれます。」
私はしっかり若葉の作文を読んでいた。実際、若葉に笑顔ばかり向けているわけではないのだが、そう思ってくれていることに私はホッとした。日頃、かなりきつくしんどい日常を送っているのだが、それを若葉に見せたくないと思っていた。
作文は続いていた。
「わたしの家にはパパがいません。ママとわたしの2人暮らしです。だからママが働いています。近くにある丸英スーパーのパートで朝から夜まで仕事をしています。だから学校から帰っても夜まで誰もいません。だから少し寂しいです。」
私は若葉に寂しい思いをさせていることに罪悪感を覚えていた。もう少し一緒にいてやりたいと思うのだが、若葉を大きくするためには仕方がない。シングルマザーだから他にも辛い思いをさせているのかもしれない・・・。
作文はまだ続いていた。
「わたしはこっそりママの働くスーパーをのぞきに行きました。ママは忙しそうにしていました。段ボール箱を運んだり、品物を並べたり、レジを打ったりしていました。そこでもママはお客さんに笑顔でいました。でも朝から夜までずっとだから大変そうです。」
(あの子ったら・・・)
私は若葉がスーパーに来ていたことを知らなかった。そこで若葉が私のことをこんなに見ていてくれたことがうれしかった。ますますがんばらなくちゃ。
「ママは仕事から帰ってきたら、すぐにごはんの用意をしてくれます。わたしはおなかがすいているけど、じっと待っています。それはママの料理はおいしいからです。いつもテーブルにごちそうを並べてくれます。ママは何も食べようともせず、わたしが食べるのをうれしそうに見ています。わたしはいつも『おいしい。おいしい。』と言って食べます。そうするとママはよろこんでくれます。」
(よかったわ。私の料理でも本当に喜んでくれていたのね。)
私は若葉の喜ぶ姿を見るだけで幸せだった。彼女だけは不幸にしたくない・・・そういう気持ちだけで生きてきた。だから何だか、報われたようだった。
「朝はわたしより早く起きて朝ごはんも作ります。このようにママは朝から夜まで一生けんめいに働いて、わたしのごはんを作って、洗濯や掃除などの家のこともしています。ママはすべて一人でやっていて大変そうだけど、それでもいつも笑顔でいてくれます。そんなママがわたしは大好きです。
ママ、ありがとう。」
私は涙をこぼしていた。あれほど小さかった若葉がこんなに成長して、こんな作文を書いてくれるなんて・・・私は感動して震えていた。多分、明日の授業参観で何も知らずにこの作文を聞いてしまったら、人目をはばからず私は号泣してしまっていたに違いない。こうして前もって読んでいても、その時になったら涙がこぼれるかもしれないが・・・。
(ありがとう。若葉。ママはもっと、もっとあなたのためにがんばるわ!)
私はそう思って、しばらく若葉の寝顔を眺めていた。すると赤ちゃんの頃から今までの若葉の姿が脳裏に浮かんできた。一日一日、若葉は大きくなっていく。それは私の楽しみでもあった。それはこれからも・・・。
(あっ。そうそう。忘れていかないように作文をカバンに入れてあげなくちゃ。)
作文を手に取ってカバンに入れようとした。その時、私はその作文が2枚目に続いているのに気付いた。これで終わりではなかったのだ。私は2枚目に目を通した。
「だけど困ったことがあります。」
2枚目の冒頭はいきなりこの言葉だった。
(困ったこと? 何かしら?)
私は思い当たることはなかった。だが興味をそそられて続きを読み始めた。
「ママは時々、夜に出かけて行きます。わたしはうす目をあけて見ています。そしてこっそりその後をつけていきます。」
私は青ざめた。夜に出かけるのを若葉に知られていたなんて・・・。あの子だけには知られたくなかったのに・・・。私は慌てて続きを読んだ。
「ママはしばらく歩くと、若い男の人を見つけて後をつけて行きます。」
(やはり若葉に見られていた!)
私はいてもたってもいられなくなった。やはり若葉は見ていたんだ・・・あれを。
「わたしはどうしてなのかなと思ってそのまま見ています。するとママは急にしょくしゅをのばしてその男の人をつかまえます。そしてこわい顔になって血を吸っていきます。ママはググトだったのです。
そんなママだけはわたしは好きになれません。でもそれは私がねている間だけなので、ふだんはとってもやさしいママです。」
若葉は知っていた。私がググトであることを・・・。彼女の両親は私に血をすすられて死んでいった。残された赤ん坊の若葉があまりにも不憫だから、こうして引き取って育てているのだ。育ててみると人間の子供だってかわいい。生きる張り合いが出てくる。
だがこんなことを他の人に知られてはいけない。若葉にも言っておこう。ママがググトであることは秘密だと。誰にも言ってはいけないし、作文に書いてもだめだと。若葉だってこんなに成長したからわかってくれるはずだ。
私は2枚目の作文をビリビリと引き裂き、1枚目のみを若葉のカバンに入れた。
「これでよし。」
私はいつものようにまた笑顔になった。
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