第15話 絶対許さない!

 私は決して許さない。マサドの事務局長の藤堂氏を。彼は女性蔑視発言をしたのだ! ネットで徹底的に叩いてやる!・・・ググトのいる世界のネット民の「私」の話


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 私は自分が一番正しい・・・とは思っていないけれども間違っていないと思っている。世間ではいけないこと、間違っていることが充満している。それを決して許せないのだ。私のような者がこの社会を正しい方向にもっていっているのだ!


 ググトに圧迫されているこの閉塞した社会の中で、抱えるストレスは大きい。それを解消するために私はネットで声を上げる。そこは実名を記さなくてもいいし、何を言ってもいい。ただし場合によっては吊し上げを食うが・・・

 だが私は正しいことしか言っていないつもりだ。ちゃんと議論したら私が正しいのが分かる。私とぶつかる人はすぐに誹謗中傷という悪口を書いて炎上させようとする。愚かな奴らだ。

 私はそんなことはしない。その代わり冷静に何度もネットに書き込みをする。しつこいと思われるまで・・・。そうすると私の意見に同調する人たちが大勢、その人を叩いてくれる。いい気味だ。


 先日、ある女優の夫の不倫騒動の記事が週刊誌に載った。しかもその女優は妊娠中で、その時の不倫だったからなお罪が重い。週刊誌はその夫が一般人ということで実名も載せなかったし、追及も甘かった。


(何が一般人よ! 大きな会社の取締役というセレブよ。そんじょそこらにいる一般人とはわけが違うわ。そんなセレブは一般人とは言わない。週刊誌がそうだったら私が追及して罪を償わせてあげる。社会的制裁を!)


 私はネットの書き込みを始めた。すると私と同じように思っている人たちは多かったのだろう。見る見るうちにネットではその夫に対する非難の言葉に覆いつくされた。そうなればその夫も沈黙を守っているわけにいかなくなった。

 週刊誌に顔を隠して謝罪の記事を載せ、妻は許してくれているという見え透いた嘘までついていた。そんなことでだまされる私たちではない。その記事は火に油を注ぐことになり、その夫の会社は仕事にならぬほどの抗議の電話が殺到して来たのだった。それを見て妻の女優もその事務所も火消しに回ったようだが、もう遅い。止まられないほどの広がりを見せていた。

 そしてとうとうその夫は会社の取締役を解雇された。妻の女優もイメージが悪くなったということでCMやドラマを降板させられた。これで夫婦の亀裂が決定的になり、別居して最後には離婚ということになった。

 私たちはネット上で勝利を祝った。悪い奴はこのように制裁されるべきなのだ。妻の方には気の毒と思った人もいたが、不倫した夫をかばったことで同罪だ。女性を何と思っているのだ!・・・だが幸せそうに見えたこのセレブな夫婦に嫉妬していなかったと言えば嘘になる。私たちのような庶民にはこうでもしなければ気が収まらない。


 ネットは面と向かって物を言えない人たちが自分の思うところを忌憚なく、また忖度することもなく言えるところだ。中にはヒートアップしてしまうことがあるが・・・。ネットの主流の意見は多くの人が思っていることなのだ。それは正義以外の何物ではない。そのネットを味方につけるため私は書き込みを続けているのだ。


 ある日、私は小さな記事を目にした。それはマサドの事務局長の藤堂氏のインタビュー記事だった。

「襲い掛かるググトに対応するため、マサドの数を増やし・・・」などとつまらないものだったが、その中に、

「女性のマサドはいますか?」の質問に、

「男性向けに開発されており、マサドに女性は向かない・・・」と答えていた。


「『マサドに女性は向かない。』ですって!こんな差別的発言は許されないわ!」


 私は声を上げた。その後には女性用も開発していると書かれてはいたが・・・

 この藤堂氏というのは長い間、マサドの事務局で事務局長を長年務めている。それはググト対策に最前線に立つ部署だ。そんな大事なポストにいる人の女性に対する認識がそれでは困る。一般人ではないのだ。公的機関の長だ。これだから女性の地位は向上しない。


「これは許されない!」


 私は叫んだ。こんな発言を容認していたら世界はいけない方に向かってしまう。私はネットに向かって訴えかけた。


「みなさん!ひどいことありませんか!藤堂氏は『マサドに女性は向かない。』と発言したのですよ。女性だってマサドになれます。男性に負けない働きができます。これは女性蔑視です。」


 するとネットから声が上がった。


「そうだ!そうだ!女性を馬鹿にするな!」

「私たち女性だってやれるんだ!」

「こんな男がいるから世間の女性に対する理解が進まないのだ!」


 それは多くの賛同する声だった。そうだ。私は正しいのだ。こうなったらみんなと協力して徹底的にやってやる。


「こんな藤堂氏をどう思いますか? マサドの理念は人類すべての平和をもたらすこと。これには男も女もないと思います。この人の発言はそれにふさわしくない。こんな人がマサド事務局のトップをしているんですよ!」


 とネットで言ってやった。


「そうだ!こいつはふさわしくない!」

「クビだ!クビにしろ!」

「こんな奴がトップだと世界に知られたら日本の恥だ!」


(うん。いい、いい反応だ。やはり私は正しい。みんな同じ意見だ。いや、私こそがオピニオンリーダーだ。)


 だが中にはへそ曲がりもいる。


「すべてが男と女が同じにできないだろ。」

「女性の志願者が少ないんだろ。」

「だったらお前がマサドになってみろよ!」


 こんな意見は無視する。もっともマサドになれって言われても、私は嫌だ。大きな声では言えないけどそんなことは男の仕事よ。か弱い女性のすることじゃないわ。これは体力的な区別で差別じゃない。あの藤堂氏の様に差別意識があるわけじゃないわ! でもこれ以上、私に反対したら、こちらから意見してやるわ。あなたは女性蔑視をしていると。ネットのみんなは私の味方よ。徹底的に叩いてやるわ!


 そんな風にネットで意見を言っていたら海外からも書き込みがあった。海外はそんなことに敏感で厳しいからもっと炎上するだろう。


「そんな人間は排除します。徹底的に!」

「もし藤堂氏に会ったら徹底的にとっちめてやります。彼がぐうの音も出なくなるまで。」

「私は彼を無視します。」


(うむ。さすがに外国は違う。辛辣な意見だ。それも著名人も混じっている。これはいい。私の正義がまた証明されたわ! でもその人たちが藤堂氏の言葉の真意が本当にわかったかどうかは知らないけど・・・まあ、いいか。)


 それからも海外からの意見はどんどん増えていった。藤堂氏を非難する意見が。するとマスコミも無視できなくなった。ニュースでは藤堂氏の発言を報道し、そんなネットでの非難の模様を伝えていた。ワイドショーでは毎日のように取り上げ、コメンテーターが藤堂氏を徹底的に叩いた。不思議なことに誰もその最初のインタビュー記事をすべて読んでいなかった。ただ切り取られた言葉を見て批判しているだけだった。


「あの方は前から問題があったのですよ。」

「何様のつもりですかね。」

「あの人がいるとググト対策が何もかも滞りますよ。」


 などと言っていた。それまでは藤堂氏におもねるように言っていた人まで・・・。藤堂氏を非難するのを反対する人はいない。もし反対したらその人も徹底的に叩かれるからだ。藤堂氏を非難さえしておけば番組の流れに乗れる。司会者や番組スタッフの受けもいいし、男女差別に厳しい人だとして好感度も上がる。

 これがマスコミの「いじめ」だ。大多数で一人の人を攻撃する。こんなにわかりやすく、誰も止めようとしない「いじめ」なら、子供たちのよい「いじめ」の手本となるに違いない。

 だが実際、マサドの事務局などからは藤堂氏を擁護する人もいた。


「これまでググト対策に奔走した人であり、マサドの事務局の設立に尽力した功績は計り知れない。この人がいなかったらマサドの運営はうまくいかなかった。」


 それは過去の話だ。一度の誤りだって許すもんですか! ネットの世界は寛容などないのだから!私の気が済むまで徹底的に懲らしめてやる!

 その擁護した人もワイドショーでかなり叩かれた。腰巾着だの、女性差別容認者だの・・・。

 ネットの意見は大多数の人の意見よ。逆らえるはずはないわ!私が正義なのよ!



 そうすると藤堂氏の謝罪会見が開かれた。彼は目の下に隈をつくり憔悴していた。


「この度は・・・私の発言は女性蔑視を意図したものではありません。しかし不快な思いを多くの人にさせてしまった。・・・・謝罪して、発言を撤回させていただきます。」


 藤堂氏は深く頭を下げた。だがここを逃すまいという記者はいる。なんとかボロを出させて、紙面を飾って手柄にしようとする輩が・・・


「どういう意識でそんなことを言われたのですか?」

「日頃からそんな風に思っているのですか?」

「自分が適任と思っているのですか?」


 辛らつな言葉を浴びせていった。さすがに藤堂氏もムッとしたが、記者たちはその瞬間を見逃がさなかった。そこはカメラに大写しにされた。それで次の日には、


「藤堂氏、謝罪会見。しかし反省は見られず。」

「謝罪し発言を撤回。だが逆切れ!」


 それでますますマスコミの格好の餌食になった。報道は過熱し、藤堂氏への非難は強くなった。そして街では藤堂氏辞任を求めるデモが開かれ、街角のインタビューでは一般人までが藤堂氏を非難するようになった。その多くは藤堂氏が何を言ったかも知らずに、ただ世間が非難しているから自分も非難しているという風だったが・・・


「いいわ!いいわよ!」


 私はこの状況に驚喜した。そうなると世間は冷たい。擁護に回っていたマサドの事務局は手のひらを返したように藤堂氏に背を向け、藤堂氏に近いと思われていた人までも非難し始めた。挙句の果てに、関係のない著名人までがこの流れに乗り遅れまいと非難するコメントを出した。それはもう大きなうねりになっていた。


「よし!これで決まりだ!」


 私は確信した。そうしたら案の定、藤堂氏は辞任した。記者会見を求める声が上がったがそのまま入院したようだ。引継ぎがスムーズにいくように後任の事務局長を根回ししていたようだが、そんなものも潰してやった。後がどうなろうと知ったことではない。とにかく藤堂氏をいじめることに快感を見出しているのだ。しかし肝心の藤堂氏が表舞台から消えてしまった。


「逃げたか!それなら・・・」


 私は攻撃の先をその家族に向けようとした。藤堂氏がだめならその家族だ。ネットの力を合わせて目にもの見せてやる・・・

 だがその頃になると今までの勢いがなくなった。みんな飽きてしまったようだ。それは仕方ない。みんな一時の感情で動いているだけだから・・・。かくいう私も本当のところ飽きてきていた。さて、今度はどいつをターゲットにしようかな?

 世の中には私の許せないことはたくさんある。こうしてとっちめてやるのだ。



 藤堂氏の後任選びにはなかなか苦労したようた。透明性だとか、誰もが納得できる人だとか、選考基準を明確にとか、コメンテーターが偉そうに言っていた。それを真にとらえたら絶対に決まらないだろう。それに会議なんてみんな好き勝手に長く話して終わるのだから・・・。そしてかなり長い時間をかけて後任の事務局長が決まった。

 ジェンダーに配慮したのか、行き過ぎた女性中心主義なのかはわからないが、ただ女性だということだけで事務局にいる女性職員の一人を無理やり事務局長に据えた。藤堂氏が辞めて事務局長が変わったことで世の中、平和になった・・・はずだった。だがマサドのシステム運営が急にうまくいかなくなり、ググトの被害が急増した。大事な役目をしていた藤堂氏がいなくなり、事務局の仕事に齟齬をきたしたようだ。これは誰のせいだ?それは・・・


「マサドの事務局のせいだ。藤堂氏がいなくてもちゃんと仕事をしてくれなくては困る。無能な奴らしかいないのか!」


 今度もネットで徹底的に叩いてやる。マサドの事務局を粛清してやればきっとよくなるはずだ。


「みんな辞めさせてやる!」


 私は今日もネットに訴えかけた。


 私は正しいのよ。ネットの意見はみんな私を応援してくれるわ!こうして悪い奴をやっつけて行けば世の中がよくなるはずよ。

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