第16話 復讐の街(前編)

妻を殺されたFBI捜査官のジャックは、復讐のために夜の街をさまよう。彼の狙いは赤い斑点のあるググト。果たして・・・ググトが現れた街に起こった悲劇


       ===================


 そこはうらぶれたホテルの一室だった。ジャックはタバコをくゆらしながら大音量でジャズをかけていた。それを鼻歌でなぞりながら、革のバッグを開けた。中にはシャツやら下着やらが詰め込まれていたが、彼はそれをすべて出してバッグの底を探り始めた。そして彼の鼻歌が止まると、バッグの底が開いた。それは二重底になっていた。そして中に英字新聞で包まれた物が出て来た。

 ジャックは真剣な目をしてその包みを開いた。すると中には大型の回転式拳銃と6発の弾が入っていた。彼は慣れた手つきで拳銃に弾を込めてシリンダーを閉じた。そしてまた鼻歌を歌い始めた。

 カバンの底に隠してあったショルダーホルスターを引き出すと、それを慣れた手つきで体につけて拳銃をしまった。そして鏡の前に来て自分の姿を映した。鼻歌を止めて真剣な顔になると、鏡の前で何度も何度もホルスターから拳銃を抜いて見せた。


「よし!」


ジャックはうなずくとそのまま上着を着て、ホテルの部屋から出て行った。



 ジャックは夕暮れの街を当てもなくさすらっていた。だが彼の鋭い目はサングラス越しに方々を探っていた。その彼には周囲の雑多なことは何も目に入らなかった。客引きもチンピラも彼の張りつめた緊張感に声をかけることもできず、ただ遠巻きに見ているだけだった。

 ジャックはコニャックの小瓶を懐から取り出し、気晴らしのために口に含んだ。酒が体にしみわたって疲れ果てた彼を生き返らせた。


(あいつはどこだ!)


彼の狙いはただ一つだった。それを彼は執念深く追い回していた。

(今日でちょうど2週間か・・・)


ジャックにはあのことが昨日のことのように鮮明に頭によみがえっていた。


        ―――――――――――――――――――


2週間前―

「そっちはどうだ?」


ニューヨークにいたジャックは国際電話で妻のヒロコと話していた。彼はFBIの捜査官だった。彼は久しぶりに休暇を取ってヒロコと一緒に日本各地を旅行するつもりだった。彼女は一足先に日本に里帰りしていた。


「まあまあね。でもあなたがいないから寂しいわ。」

「今日の飛行機で日本に向かう。もう少しの辛抱だ。ベイビー!」

「じゃあ、楽しみに待っているわ。あなた愛しているわ。」

「俺もだ。愛しているよ。」


ジャックはそれで電話を切った。それがヒロコの声を聞いた最後だった。その数時間後、ヒロコは公園を歩いているときに化け物に襲われた。その時、ジャックは日本に向かう飛行機にいた。

日本に着いたジャックはすぐヒロコのことを知らされた。


「何だって! ヒロコが・・・」


ジャックは慌てて病院に駆け付けた。だがもう遅かった。ヒロコと再会したのは病院の霊安室だった。もうヒロコは死んで冷たくなっていた。体を斬り裂かれて・・・

 ジャックはヒロコの亡骸と対面すると崩れるように膝をついた。そしてベッドの端を握り締め、


「どいつがヒロコにこんなことをしたんだ!うううう・・・」


と涙を流して嗚咽した。その声は霊安室に悲しく響き渡った・・・。


   ―――――――――――――――――――――――――


 ヒロコの葬式を終え、後のことをジャックはヒロコの実家の両親に頼んだ。そしてその夜からジャックは悲しみから逃れるためにバーで酒を飲んだ。だがいくら飲んでも酔うことができなかった。その代わりに彼は荒れて、周囲に当たり散らしていた。そんな彼に店の女は嫌がって寄ってこようとはしなかった。


「もう一杯!」


ジャックはグラスを差し出した。


「旦那。これ以上飲むと体に毒ですぜ。」


バーテンが迷惑そうな顔をしながら、ジャックのグラスにコニャックを注いだ。彼はその琥珀色の液体を見ながら願っていた。


(これですべてを忘れさせてくれたら・・・)


そしてまた一気に飲み干すのだった・・・そんな自堕落な日々が続いていた。



 そんなある夜、ジャックがバーで飲んでいる時、外が騒がしくなった。


「何の騒ぎだ?」


ジャックが尋ねると、バーテンはまたかという顔をしていた。


「この街でまた被害者が出たようですね。もう5人目だ。それに2日に1度。どうなっているんでしょう。」


その言葉にジャックの目が光った。その心に怒りの炎が立ち上っていた。


(ヒロコを殺した奴はまだのうのうと生きていて、まだ人を殺し続けている。奴に罪を償わせてやる。この俺の手で!)


ジャックはすぐに立ち上がって外に出た。そこにはまぶしいネオンが灯る街の姿があった。



 ヒロコは無残に殺されてしまった・・・。ジャックは復讐のため休暇を伸ばして日本に居続けた。奴を仕留めるために・・・。それから彼は裏通りのうらぶれたホテルに滞在し、夜中、街をさまよい続けるのだった。



 ジャックは親友のトムに会うためにアメリカ大使館に来ていた。トムはジャックの古くからの親友だった。


「これを方々から集めた。」


数十枚の写真をトムが見せた。彼が示したのはググトが人を襲っている写真だった。日本大使館に勤める外交官のトムが、ジャックに頼まれて情報を集めていた。ヒロコが殺されたのを同情して、親友のジャックにために力を貸してくれていた。


「これが例のモンスターの写真だ。」


その中にピントのぶれた写真があった。そこには顔に赤い斑点のあるググトがかすかに写っていた。それは公園の監視カメラからのものだった。トムが説明した。


「様々なタイプのモンスターがいるが、この赤い斑点の奴は他のと違う。動きが素早くてカメラで追い切れていない。多分、こいつが奥さんを殺した奴だ。」


「こいつが!」


ジャックはその写真を凝視した。その目には強い憎しみが浮かんでいた。トムはさらに資料を渡した。


「日本の警察も捜査しているらしいが、相手がこんな奴ではどうにもならないのが実情らしい。警官の使う9ミリ口径の拳銃も歯が立たない。」


ジャックは返事もせず、黙って真剣に資料に目を通していた。トムはそんな親友の殺気みなぎる様子に眉をひそめた。


「ジャック。まさか変なことを考えているんじゃないだろうな。こいつはお前の手に負える奴じゃない。しかもここは日本だ。いくらFBIだからと言ってここでは通用しない。」


「わかっているさ。トム。君には感謝するよ。」


ジャックはその資料をカバンに入れるとすぐに部屋から出て行った。トムは何か嫌な予感を感じていた。


「ジャック。決して短気を起こすな! 奥さんだってそんなことを望んでいないはずだ!」


トムは後ろから追いかけて行って声をかけた。しかしその声はジャックに届くはずはなかった。



 ジャックはすぐに闇の武器ブローカーと連絡を取った。FBI捜査官のジャックにはそうした闇のつながりもあった。そうしていくつかの武器を手に入れた。彼が持っているのはマグナム44だった。殺傷力の強い拳銃でモンスターを倒そうと考えていた。


 夜の街にネオンがまぶしく通りを照らしていた。そこを一人歩くジャックに女が寄ってきた。厚化粧の中年の商売女で酒の匂いをプンプンさせていた。


「ちょっと、お兄さん。遊んでいかない?」


女はジャックにもたれかかるように寄ってきた。


「いや、いい。」


ジャックは手で押しのけた。


「サービスいいわよ。安くしておくから。」


女は言ったが、ジャックは振り返りもせずそのまま通り過ぎていった。その後ろから、


「ケチ!お前なんか、誰も相手にされないんだよ!」


と女が罵声を浴びせた。ジャックは気にせず、また周囲に目を配って街を歩き続けた。


(今夜も出くわさないのか・・・)


ジャックがあきらめかけた時、後方で、


「ぎゃあ!」


と悲鳴が聞こえた。さっきの女の声のようだ。


(奴か!)


ジャックはすぐに振り返ると、そのままその方向に走っていった。 



 そこにはもう人が集まっていた。そしてその中心には血まみれで倒れているあの女がいた。体を斬り裂かれて血をすすられていたようだった。まさにあのモンスターの仕業だった。だがそのモンスターはすでに姿を消していた。


(くそっ! 一足違いか! しかし奴はいる。この近くに・・・)


ジャックはモンスターの気配を感じていた。



 この街で2日に一人のペースで誰かが殺されていた。少ない目撃者の証言では、犯人はあの赤い斑点のあるモンスターらしかった。奴は他のものよりも狡猾に、かつ残酷に人を殺していた。ジャックの妻と同じように・・・。

 彼はいつもあと一歩のところでそのモンスターに遭遇できなかった。だが彼はその現場にいつも一人のある若い男がいるのに気付いた。その若い男はどこにでもいそうな大学生という感じだった。別に怪しい雰囲気があるわけではなかった。だが、


(あの男がそうなのか?)


ジャックはトムからもらった資料に、モンスターは普段は普通の人間の姿をしていると書かれているのを思い出した。それならあいつをマークすれば、いつかはモンスターに変わって人を襲う現場に遭遇できると考えた。




 ジャックはあいつを探して夜の街を歩いていた。するとその前方にあの若い男が歩いているのを発見した。その男もまた何かを追い求めているかのように街を歩いていた。


(あいつだ!)


 ジャックは男に気付かれないように後をつけた。男は次第に人通りの少ない場所に向かっていた。まるでターゲットが定まったかのように見えた。その男の前には若い女性が歩いていた。


(あいつ! やるのか!)


ジャックの捜査官としての勘がそう思わせた。ジャックは急いで男に駆け寄った。


「そこまでだ!」


ジャックは後ろから男を羽交い絞めにして捕まえた。


「何をするんだ!」


男は手足をばたつかせて暴れた。だがモンスターに変身しなかった。その前を歩いていた女性は角を曲がって姿を消した。


「このモンスターめ!姿を現せ!」


ジャックがさらに声を上げた。彼は男をがっちりと捕まえていた。


「俺じゃない。放せ! 奴が人を襲う!」


男は暴れながら叫んだ。すると角の向こうで、


「ぎゃあ!」


という悲鳴が聞こえた。だがそれは若い女の声ではなく少年のものだった。


「奴だ!」


ジャックとその男は同時に叫んだ。ジャックは男を放り出してその角を曲がった。すると目の前に恐るべき光景が広がっていた。

 モンスターが一人の少年を触手で捕まえて、体を斬り裂いていた。そしてその顔にはあの赤い斑点があった。そうだ。奴だった。妻を殺した・・・

ジャックはすぐに拳銃を取り出した。


「その人を放せ! すぐ放すんだ! そうしないと撃つぞ!」


ジャックは拳銃で狙いながら叫んだ。だがモンスターは血をすするのを止めようとしなかった。ジャックは拳銃の引き金を引いた。


「ズドーン!」


大きな衝撃を残して弾丸が発射された。それはモンスターの体に見事に命中した。


(やったか!)


ジャックは拳銃を下ろした。だがモンスターはやや体をくねらせたものの、相変わらず血をすすっていた。ジャックはさらに接近して拳銃を構えなおすと、


「ズドーン!ズドーン!・・・」


と何発何発も空になるまでモンスターに強烈な弾丸を叩き込んだ。だがモンスターには効果がなかった。血をすすり終わったモンスターは少年を投げ捨てると、ジャックに向かって触手を振るった。


「うわっ!」


それはジャックをはね飛ばした。


「お前を斬り裂いて殺してやろうか!」


そのモンスターは言った。ジャックは立ち上がろうとしたが、モンスターの触手で何度も打ちのめされた。彼に鋭い口が迫っていた。


(やられる・・・)


ジャックに死の恐怖が迫っていた。だがその時、何か黒い人影が急に現れた。それはモンスターに体当たりをしてはね飛ばした。


(何だ?)


ジャックの目の前でモンスターと黒い人影が戦っていた。それは今まで見たことがない奴だった。両者は激しい格闘戦を繰り広げていた。


(こいつらは一体何なんだ!)


ジャックは思った。どう見てもこの世界に存在するものではなかった。FBI捜査官の彼が見ても・・・

 戦いは五分五分のようだったが、やがてモンスターの触手が黒い人影をとらえた。するとその人影は吹っ飛ばされた。その間にモンスターは逃げ去り、その場から姿を消した。人影はすぐに起き上がってモンスターを追っていった。ジャックは立ち上がれず、それを見ているしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る