第30話:冬休みが始まったね

「冬休みが始まったね!」

「ああ、そうだな……」


俺と綾香は大型ショッピングモールに来ていた。

普段の俺は人の集まる場所は大嫌いであり、それは綾香も同じはずなのに、今日ばかりは張り切っている様子だ。

俺は人酔いで胸焼けをする思いだったが、何とか気持ちを落ち着けた。


「夜宮くんには、今日一日で生まれ変わってもらいます!」

「嫌だ」

「即答!?」

「……冗談だ。こんな根暗で冴えない俺をどうにかしてくれるなら、着せ替え人形にでも何でもなってやる」

「ふっふっふ! そう来なくっちゃね!」


俺たちは早速ファッションショップが集合する二階のフロアへと足を進めた。

綾香は俺に色々な服を手に取ってみるように指示する。

その中から、俺の感想を聞きつつ、矢継ぎ早に男物の服を選んでいく。


「これとこれとこれと……。うーん、夜宮くんならこれもいけそうだね!」

「な、なあ、少し多くないか?」

「全然! 私服は見たところ、それしか持ってないよね?」

「まあ、そうだが」


俺の今の身だしなみは長袖のTシャツに真っ黒なジーパンだ。

当然冬の只中なので、Tシャツの下には薄いシャツを何枚も重ねてきている。

誰に突っ込まれるでもなく、服装のセンスは皆無と言っていいだろう。


「なら、今日は最低でも三セットの私服を買おうよ」

「そうは言っても、だなあ……。本当に情けないけど、俺の安アパートは見ただろ? アルバイトしてても、生活資金に余裕はないんだ。だから、そんなに選んでもらっても買えないよ」

「いいの! 今日はわたしが全部持つんだから!」

「そんなのだめだ! いくら何でも万は下らない額だぞ? それも幼馴染の女の子に奢ってもらうって」

「わたしがそうしてあげたいからそうするの。わたしのことはわたしが決める。――それとも夜宮くんは、わたしの意志を捻じ曲げてまで拒絶するの?」


その言葉は本当に卑怯だと思う。

そんなことを言われて、それでも突っぱねる人なんてこの世界には誰一人だっていないに違いない。


「……分かったよ。でも、俺にも何かプレゼントさせてくれ。綾香がくれるものには絶対に釣り合わないけど、少しでも返したいんだ」

「うん。じゃあ、お互いにプレゼントってことでいいよね?」

「ああ」


俺は選ばれたすべての服を持って、試着室に行く。

それからはファッションショーのようだった。


「おー! ラフだけどオシャレ!」


「やっぱりパキッとした色合いの組み合わせが似合うね!」


「うわあ……かっこいい!」


終始こんな感じだ。

こっちが照れくさくなるほど、真正面から褒めちぎるのだ。

その上で可愛い幼馴染のテンプレとも言えるトラブルが発生する。


「あ……ごめん……。お財布、忘れてきちゃった……」

「おいおい……。まあ、今日に限って言えば、金銭は気にしなくていいさ。お前が選んでくれたものなら俺は躊躇なく買う」


大きな余裕は確かにないが、余裕と言っていいのか分からないくらいの余裕はある。

万が一の時のための貯金もあるしな。

俺は自身の吐いた臭いセリフに、無人レジにて購入を済ませる頃には顔が熱くて仕方なかった。

そんな俺の様子を見て、綾香も財布忘れのミスを忘れてくれたようだった。

折角の買い物だ。

楽しまないと損だからな。


「さてと! 次は髪を切りに行こうかな」

「なら、俺は適当なところで時間潰してるよ」

「え? ああ、わたしじゃなくて夜宮くんが髪を切るんだよー」

「俺が!?」


何度綾香の行動と言動に度肝を抜かれただろうか。

数えることは不可能だろう。


「だってさ、夜宮くんの前髪って長いじゃん? それで前見えてる?」

「見えてなくてここまで歩けているなら、それはそれですごくないか?」

「ふふふ、そうだね! 折角いい顔なのに台無しだよ……? 服も買ったんだし、今日はわたしに騙されたと思ってコーディネートされちゃって!」

「もう、好きにしてくれ……」


そんなこんなで綾香の言う通りの注文をし、髪を切り終えた。


「わあああ! 磨けば光るのは知ってたけど、これほどだったなんて……」

「やっぱり、変か……?」


今までは目にチクチクと髪が入ることが多かったのだが、さっぱりと切ってもらったのだ。

久しぶりに周囲からの光を直視したため、目がちかちかとしている。


「ぜーんぜん! むしろ、すっごくかっこいいよ! これなら、時雨さんとのデートの時でも平気だね。自信、持っていいんだよ?」

「いきなり、かっこいいとか言われても、よく分からないよ、俺。それに時雨と付き合うって決まったわけじゃ――」

「夜宮くん。君はその子に対して嫌な感情どころか、むしろ好意を持っているんだよね?」

「そうだ」

「なら、両想いってことじゃない。ついこの前も行ったけどさ、自分の心に嘘はつかなくていいんだよ。夜宮くんの中学時代につらい過去があったことは知ってる。お父さんがいなくなっちゃったのも知ってる。でも、だからって、人を信じないって言うのは間違ってるよ。みんながみんな君を悪者扱いをしているんじゃない。時雨さんは夜宮くんの言ったことを信じてくれたんでしょ? 支えてくれたんでしょ? そのおかげで、大部分の人は噂がまやかしだと気づいたんでしょ? だったら、やっぱり選択肢は一つしかないと思うよ」

「……ああ」


綾香は煮え切らない俺の返事にクスリと微笑んだ。


「でも、そんな夜宮くんも夜宮くんなんだよね」



♢♢♢



昼食はどこかのファミレスで食べようかと言ったのだが、やはり人前で食べるのは苦手らしい。

俺は彼女が家であっても何かを口にしている場面を一度たりとも見たことがない。

自惚れと思われるかもしれないが、俺の前で食べられないのなら、他人の前ではもっとだろう。

だから、いったん解散にして昼食を食べてから、再び合流することとなった。

ちなみに綾香は携行食を持ってきているとかで、お昼代の心配はないんだとか。

時間は余裕をもって一時間後にショッピングモール一階の大広場だ。

俺は早々に菓子パンを食べ終えると、まだ見ぬ三階へと足を運ぶ。


クリスマスと言い、今日と言い、俺は綾香からプレゼントを貰いすぎだ。

もっとも今回は綾香の財布忘れによって俺自身が買うことになったのだから、プレゼントではないか。

それでも普段から俺の傍にいてくれる幼馴染に、日頃の感謝を贈りたかった。


「何か綾香の喜びそうなものはないか……」


一通り巡回してみるが目ぼしいものはなかった。

次に四階へと足を運ぶ。

そこでも納得のいくものが見つからず、諦めかけたその時に片隅にとある店を見つけた。

確かここは以前、父さんの友人――神原春之助さんから貰った名刺に書いてあった画材専門店だ。


「やあ、悠斗君。あの個展以来だね」

「お久しぶりです」

「ささ、折角来てくれたんだから見ていきなよ」

「分かりました」


冬凪祭があってからというもの、絵に対する忌避感は薄れていた。

認めてくれる人も少なくない。

ふと、そこで妙案が思いついた。


「あの」

「お! 何か欲しいものがあるのかい?」

「ポストカード用の画材を選んでいただけませんか?」


すっかり絵とはかけ離れていたので、最新の画材がどのようなものなのかが把握できていないのだ。

どの産業分野もたった数年で日進月歩の技術革新があるため、絵具や色鉛筆なども知らないものが多くあった。


「よしきた。ポストカードってことは誰かにあげるのかい? 絵仲間? お友達?」

「そう、ですね。幼馴染、です」


言葉がぶつ切りになってしまったのは、どのような関係が最も妥当なのかが分からなかったからだ。

綾香はただの友達にしては距離が近いと思う。

かといって恋人かと言われても違う。

だとしたら幼馴染だけが適当に思えたのだ。


「よしよし。これでどうだい?」

「大丈夫です」


予算的にも大ダメージというほどでもない。

そして、いい絵を描くために必要なものは揃っていそうな印象だった。


「お買い上げありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」



♢♢♢



時間通りに待ち合わせ場所に行くと、綾香がぼうっとショッピングモールの天井を見上げていた。

スマホで時間を確認するが、まだ時間に余裕はあった。


「綾香」

「……ん、夜宮くん、早いね。それ、何か買ったの……?」


俺が手に提げている洋服が入った袋の隣りの紙袋を指さす。


「ああ、少し画材をな」

「へえ~! もうすっかり絵に対する嫌な感じは抜けたんだ?」

「まあな。まだ本格的に、とまではいかないが。お前に今日のお礼をしたいと思って」

「ふふふ、そんなこと気にしなくていいのに。実際に、お金を払ってくれたのは夜宮くんだし……」

「なら、今までのお礼ってことでどうだ? 俺は受けた恩は返す男だぞ」

「うん、そういうことなら」


それからはウィンドウショッピングを楽しんだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る