第29話:本気で好きだと思うな

「へえ、夜宮くんにそんなことがあったんだ」


その夜、ベッドの中で綾香に時雨の話をした。

告白のことまで話すのは時雨の気持ちを無視していると思った。

それでも、綾香には話しておきたかったのだ。


「聞く限りさ、時雨さんは夜宮くんのこと、本気で好きだと思うな。夜宮くんのために、いつも近くにいて守ってくれていたんでしょ?」

「ああ。時雨は高校に入って同じクラスになってからは、俺に些細な嫌がらせをするクラスメイト達に注意をしてくれた。他にも今日の冬凪祭の演劇で使う背景を担当させてもらえて、少なくない人の見る目が変わったと思う」


うーん、と話の内容を吟味している様子の綾香は一つの質問を投げかけてくる。


「夜宮くん、時雨さんのこと嫌いじゃないんだよね?」

「ああ、むしろ好きの部類に入ると思う」

「ならさ、わたしに相談するまでもなく、取るべき選択肢って一つしかないんじゃないかな……?」


それはある一つの選択肢を暗示していた。

だが、それは俺の気持ちがはっきりしてからでなければ取ることのできない選択肢だ。


「それにさ、夜宮くんが時雨さんを好きで、時雨さんが夜宮くんのことを好きなら幸せじゃない……? ハッピーエンドはみんなが欲しがるけど、必ずしも手に入れられるものじゃないんだよ。それを蹴るなんて、よっぽどの頓珍漢とんちんかんかお馬鹿さんだけだよ」


背中合わせでベッドに入る俺と綾香は互いの顔を見ない。


「――もしかしてさ、わたしに遠慮してたりする?」

「っ」


当たらずとも遠からずの指摘に思わず、反応してしまう。

ささやかな空気の流れと共に綾香側の掛け布団がわずかに動くのを感じる。


「あはは。夜宮くんは素直だなあ……。気にしなくていいよ。わたしが半同棲を望んだ本当の理由はね、夜宮くんを近くで支えてあげたかったから。わたしね、再会した時から少し怖かったんだ。君には生きようとする光が見えなかったから。何かの弾みに暴発して壊れてちゃいそうだったから。でも、今は以前とは違って、大丈夫そう。――それに、わたしは近いうちに別のところに行くしさ」


綾香はほの暗い中で俺に向き直ると、微笑みかける。

月明かりが青白く室内を照らし出す。


「俺さ、時雨のことは好きだ」

「……うん」


その言葉に綾香の眉が悲しげに歪んだのを気づかない俺ではない。

それを見逃すほど、俺と彼女との付き合いは浅くない。

それに、正直な気持ちを吐露することに何のためらいもなかった。

例えそれが今はまだ形のあいまいなものであったとしてもだ。


「でも、それ以上に綾香のことが好きなんだ」

「え……?」


綾香は布団から身体を起こし、俺の顔を見る。


「……それって、幼馴染として? それとも……一人の女の子として?」

「ごめん……。それはまだ分からない」

「……っ」


綾香は苦しそうにしながらも、泣き笑いの表情を浮かべる。

俺の感情がふらりと一方向に傾くような感覚を得る。


「どっちか、分からないけど……好きでいてくれるんだ……」


異様なほどに凪いだ雰囲気に飲まれそうになる。

そのまま再び綾香は逆を向いてしまう。


「ねえ、夜宮くん。わたしに向けてくれる君の好きは幼馴染としてのものだと思う。君が恋をしているのは時雨さんとだよ」

「それは……まだ分からないだろ……」

「ううん、分かるよ。わたしだって女の子だもん。相手が男の子――それも幼馴染の夜宮くんが誰に惹かれているのかは見てれば大体見えちゃうものなんだよ」


俺はその言葉に何とも言えなくなってしまった。

それを綾香も予期していたかのように、はっきりと言ってのける。


「だからさ、明後日からの冬休みに時雨さんとのデートに向けて洋服とかを買いに行こう!」

「随分と、一方的なんだな」

「わたしは元からこんなんだよ」


正直俺の心は自分でも分からない。

でも綾香から客観的に見たら、時雨のことを俺は好きなのだろうか。

そもそも、俺の好きは友達としてのものか、付き合う対象としてのものか、はたまた幼馴染としてのものなのか。

心のしこりは常に傍にある。


「――それでも悩んじゃうなら、やっぱり自分でよく考えて出した結論が唯一の正解なんだよ。――おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


夜のとばりは深くなるばかりだ。

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