第28話:クリスマスパーティ

「お帰りなさい、夜宮くん! 楽しかった?」


アパートに帰ると、待ちわびていたように綾香が顔を出す。

それも今日はどこか気恥ずかしそうに微笑んで出迎えてくれる。


「ああ、そこそこ楽しかったよ。遅くなって悪い」

「そんなの全然気にしてないよ。それよりも! 夜宮くんの絵、見たよ!」


普段も明るい彼女だが、今日は一段とテンションが高くなっているようだ。


「どう、だった……?」


綾香はすぅ、と大きく息を吸って深呼吸をしている。

他の人にはたくさん褒められたが、時雨の他にもう一人、綾香にも感想を聞いてみたかった。

幼馴染だからこそ――綾香だからこそ、忖度せずに正当な評価をもらえると思うのだ。


「すっごくよかったよ……! 昔の夜宮くん――ううん、それ以上に人の心に訴えかける意志があった。本当は言うつもりなんてなかったんだけど、わたし、体育館の片隅で泣いちゃった――」

「そんなに、俺の絵を楽しみにしてくれていたんだな」


俺は綾香の賞賛の言葉に心躍るが、それよりももっと言ってほしいことがある。

綾香は言ってくれないのだろうか。

慰めは人を癒すこともあるだろうが、大抵の場合、無責任なそれは他者を傷つける。

それよりも、そっとしておいてくれる――いや、それ以上に事実をまっすぐに紡いでくれるほうがいいのだ。


「――でもね、わたしはそれでも物足りないって思っちゃったんだ。夜宮くんの絵には人の心に響かせるものがある。それはきっと、他者に寄り添おうとする心。ただ、それにもう一つ、ただ寄り添うだけじゃなくて、そこに自分の主張も混ぜてほしいんだ。そうしたら、きっと絵は一方的に感動を与えるものじゃなくなるよ。描いた側の人と見る側の人との双方向のコミュニケーションになるの。それはきっと、今以上にいいものになる――あ、ご、ごめんね……! 偉そうなことを言うつもりはないんだ! ただ、夜宮くんにはわたしの正直な感想を伝えておきたかったんだ!」


そういって、俺の顔色を窺うように目線を合わせてくる。

そしてその瞳はすぐに丸くなるのだった。


「夜宮くん……笑って泣いてる……っ!? 本当にごめん! 泣かせるつもりじゃなかったの……! ただ、わたしは――」

「……あ……ああ。すまない」


俺は涙を何とかして止めようとする。

それでも、留まるところを知らず、次々に頬を伝っていく。

時雨も確かに俺の絵を見てくれていた。

ただ綾香はその一歩先を見てくれていただけのこと。


「俺は、さ。嬉しかったんだ。確かに褒めてもらえるのは心があったかくなることだ。でも、本当の意味で俺の絵を見てくれているのかと言われれば、多分、違うと思うんだ。綾香みたいに包み隠さずに、誠実な言葉をかけてくれる人なんていないよ……。それが本当に嬉しくて……」

「……そっか……。夜宮くん、はいメリークリスマス!」


俺が顔を上げると、綾香の差し出された両手には小さな箱が載っていた。

可愛らしいリボンで包装された箱、だ。


「これ、どうしたんだ?」

「いいから、いいから! 開けてみてよ!」


俺は促されるままにリボンの結びを解いていく。

箱を開けると、中にあったのはメモリアルペンダント――俗にいうロケットだった。


「それはわたしからのクリスマスプレゼントだよ。何気ない一つ一つの思い出を大切にしてほしいって思いを込めてロケット。渡すタイミングを図ってたんだけど、君の涙を止めるにはこれしかないかなあ……なんて!」

「ああ、俺が泣くタイミングが悪かったな……。嬉しいよ、綾香。ありがとう」


俺は少し気恥ずかしくなりながらもお礼を言う。

「本当だよ、もう」と拗ねたふりをしながらも嬉しそうな表情に俺は思った。


――これは先を越されてしまったな。


「俺も実は綾香にクリスマスプレゼントがあるんだ」

「えっ……!? わたしにも……!?」

「ははは、そこまで驚かなくてもいいじゃないか」

「あ……そうだ、ね……。えへへ」


俺はベッド下に隠しておいた綾香からのプレゼントと同じくらいの大きさの箱を取り出す。


「そんな場所に、隠してたんだ……。盲点だったなあ……」

「探されたらサプライズにならないだろ!」


まあ、綾香のことだから気づいてなかったというのは嘘だろう。

本棚の裏の黒歴史すら見つけてしまうのだから、ベッド下などという安易な隠し場所を見逃すはずがない。


「なにはともあれ、だ。今日は俺の絵を見に来てくれてありがとう。それと、メリークリスマス」


俺は左手で綾香の肩に手を触れつつ、右手でプレゼントを手渡す。

もはや恒例だが、彼女は何をするにもスキンシップを求めてくるのだ。

特に、何かを触ったりするときには必ず俺にも触れるように言う。

変わった癖だと思いつつも、面倒くさいと感じたことは一度もなかった。


「あ、開けてもいい……?」

「もちろん」


綾香は丁寧に包装紙を外し、箱のふたを開ける。


「わあ……! これってさ、髪留めだよね! 夜宮くんが選んでくれたの?」

「ああ、そうだよ。京都と奈良に旅行に行ったことは覚えてるよな? 観光を楽しんでいるお前の目を盗んで、買いに行ってたんだ」

「あ! そういえば確かにふと姿が見えなくなった時があったね……。そっか……そうだったんだね! 嬉しいなあ……! ――ね、夜宮くん」

「ん?」

「わたしにこの髪留めを付けてほしいな」

「……わかったよ」


幸せそうに微笑む彼女に思わずドキッとしてしまうのは男の本質だからだろうか。

俺は一足早い桜を象った髪留めをしっかりと止めてやる。


「どう、かな?」

「俺の見立ては間違っていなかった。可愛いよ、綾香」

「ひぅ……っ!」

「ひぅ……?」

「な、なんでもないよ! 急に褒めるのは反則! ルール違反!」

「本当のことを言っただけだって。もしかして、綾香は無自覚系の幼馴染なのか?」

「そんなの、シーらない!」


綾香は機嫌を損ねたふりをするも、その口元はわずかに上がっていた。

そして、それから小さく聞こえた言葉は黙ったまま受け取っておこうと思ったのだ。


「――ありがと」

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