最終話 悍ましき…
2022年 6月1日 AM 10 :38
「高部さん、お知り合いの方がみえていますよ」
誰かが俺の目を見て何かを言っている。
そもそも、高部って言うのは誰の事なんだ?俺の名前なのか?
解らない。
何も解らない。
「高部さん、やっと見つけましたよ…中野です。解りますか?」
誰だ、この若い男は?俺の知り合いなのか?解らない…
「俺、あれからずっと探していました。あれから何回か太田唯に遭遇して、何とか逃げ切っていますが、俺、高崎を離れる事にしました。だから、今日で最後になるけど、お元気で…」
そう言って、男は俺の視界からいなくなった…
どこからか、さっきの男の声が聞こえて来る。誰かと話している様だ。
「それで、先生。高部さんの記憶とかって…」
「残念ですが、現段階では難しいでしょう。ご自身の身にショックの事が続いたと、第一発見者の警察官から伺っておりますので…今ではご覧の通り、ご自身の名前すら解らない状況ですし、こちらでの介助がなければ何も出来ない現状でして…」
男達が俺に視線を送って来た。
「すみませんが、高部さんの事をお願いします。また、来れる時には来ますので…」
若い男が、頭を下げ、その場から離れる。
面会希望の用紙に『中野明希人』と記載されていた。
山下は、腕時計で時間を確認すると、ほんの15分程前に中野が来たみたいだった。もしかしたら、会えるかも知れないと思い、急いで名前を記入し、目的の4階へと向かった。
ちょうど、エレベーターへ向かってくる中野と会う事が出来た。
少し、二人で話がしたいと伝え、近くにあるベンチに腰を掛けた。
「山下さん、俺、高崎から出ます」
「そうですか。今日が最後になりますか?」
「多分…だから、もし高部さんの記憶が戻ったら、電話して貰って良いですか?」
「解りました。今でも、赤い服を着た『太田唯』には会いますか?」
「はい。だから、なるべく人が密集してる場所へ逃げてるんですが、それでもやっぱ怖いから、どこか遠くへ行こうかと思って…」
あんな事が立て続けに起きたのだから無理はない。中野君の気持ちは十分に解るから、引き止めたりはしなかった。
今では、高部さんも精神を破壊され、何一つの記憶もなく、空っぽの様な状態で、自分自身の事を何一つとして自身で行えない様になってしまった。
「若いのに可哀そうね」と、看護師達の声を多く聞くが、あんな事が目の当たりで起きたのだから仕方がない。
最初はお見舞いに来ていた同僚達も、日々の業務に追われ、なかなか顔を出せなくなって来ている。市民の安全を守る事が優先だから、仕方が無い事だけど。
「それじゃ、俺行きますね。山下さんも気を付けて下さい」
中野君と別れ、高部さんの元へ行く。
私の事さえ解らない高部さんと手短な会話をし、別れを告げ病院を後にした。
病院から出ると、護嶺神社へと向かった。
あれだけ警察が警備していた現場だったが、今では警備も解かれている。
敷地から少し離れた場所に車を止め、何かに導かれる様に、神社の奥へと足を運んだ。
木々の間を通り抜けると、赤い服を着た女が視界に入った。
間違いなく『太田唯』だと、すぐに解った。
「お久し振りです、山下警部」
そう言って、私に近付いて来た。
「あれだけ勇敢だった高部警部も、今では精神が破壊されて廃人の様な生活を送っていますね。良い気味です。それに、中野 明希人は、私から逃げ回ってるからなかなか手出しが出来ないし…」
「だから、ターゲットは私と?」
「はい。だって、後はあなたと中野 明希人だけですからね、私の存在を知っている人間は」
とっさに拳銃を抜こうと腰に手を回そうとしたが、体が動かない…
くくく…
太田唯が笑いながら近付いて来る。
そして、私の腰にある拳銃を抜き取り、心臓に銃口を当てて言った。
「さようなら」
そのまま左手に隠し持っていたナイフで心臓を一突きされた。
薄れ行く意識の中、彼女が囁く。
「馬鹿ね、こんなところで発砲なんかしたら、すぐにバレちゃうでしょ?後は、中野 明希人ただ一人ね…」
2022年 6月3日 PM 16:09
中野 明希人、渋谷にて落下してきた鉄骨の下敷きによって事故死
これで、誰も私の正体を知る人間はいなくなった。
これからは「太田唯」と言う人間の体を借りて私達は生きて行くのよ。
太田唯の身体に憑依しているのは、上野くるみでも誰でもなく、怨念が怨念を呼び、その怨念の集合体が作り出した未知のバケモノになっていた。
身体は太田唯だけど、その体内に、精神には、多数の怨念が住み着く様になり、その怨みや憎しみの相手を呪い殺す様に生き続けている。
今日もどこかで未知なる呪いの生贄が捧げられているでしょう…完
完
悍ましき… 神木 信 @eins-13
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