第20話 正体 ―――高部 陽介

風香が立ち去って数分が経った。

作業員達は、呆気に取られていて、冷静さを失っている。小笠原住職が声を掛けて、やっとの思いで作業に使った機材をまとめて、神社を後にした。

今日の事は口外しない様に、そう告げると全員が覇気のない返事だけをした。

それもそうだ、あんな事が起きた後だから、動揺して当たり前。

そして、それだけ恐怖を感じたと言う事。

階段を下りると、ちょうど救急車が到着したところだった。気絶している山下を救急車に乗せ、俺は簡単に事情を説明しながら同乗した。

「落ち着いたら連絡する」とだけ太田に言い残し、その場で一度解散となった。

救急車の中でも山下の意識は戻らなかった。一体、何が起きたと言うのだ?まさか、水瀬風香が山下を?

いや、そんな筈はない。水瀬風香は、神社の裏手から現れたのだから、階段の下にいる山下と会うなんて考えられない。

考えている内に、搬送先の病院に到着した。

ここは、赤羽涼太が入院して亡くなった病院。そして、太田の妹の唯が勤務している病院だった。

太田からメールが届いた。内容は『護嶺神社にいるから、落ち着いたら来てくれ』だった。どうやら、小笠原住職と一緒にいるみたいだ。きっと、あの二人なら、さっきの現象が何だったのか解っている筈だ。

看護師に、山下の意識が戻ったら電話して欲しい、と伝えて病院を出て、正面玄関前に止まっていたタクシーに乗り、護嶺神社へと向かった。


護嶺神社へは30分程で到着した。以前、案内された建物へ向かうと、太田と小笠原住職の声が聞こえて来た。

部屋へ入ると、二人で先程の出来事の整理を行っている様だ。

俺に気付くと、小笠原住職が言った。

「先程の事ですが、単刀直入に言うと、かなり難しいです…」

太田が頷く。

「一体、何が起きたのか、一度整理したところ、私も太田さんも初めてなケースの為、未だに信じられない現状です」

「俺も、整理してみたんですが、まず初めにこれを見て貰って良いですか?」

俺は、上着のポケットからメモ用紙を取り出した。

救急車の中で走り書きしたメモを二人に見せて説明した。


上野くるみ→大崎愛奈(死亡)

上野くるみ→大塚ほたる(死亡)

上野くるみ→敦司(死亡)

上野くるみ→水瀬風香(憑依に失敗)

水瀬風香(+上野くるみ)


「つまり、上野くるみが最初に憑依していたのは大崎愛奈になります。その大崎愛奈が死亡した事により、新しい憑依先を用意したのは大崎愛奈であり、新しい憑依先は大塚ほたる。ただ、ここで問題が起きる。大塚ほたるに関しては、上野くるみと言うより、大崎愛奈の怨みを果たすだけの体だった。おそらく、成増健二・小田切貴弘・大塚ほたる、この三人が大崎愛奈の恨んでいた人物に違いない。

そして、大塚ほたるが死んでから、上野くるみは新しい憑依先に敦司を選んだが、すぐに敦司からは離脱し、今度は水瀬風香を選んだ。しかし、水瀬風香に憑依を試みたが、最終的に上野くるみは憑依する事が出来ず、逆に上野くるみの持つ力や怨みを水瀬風香が受け継ぐ形になった。結果、水瀬風香の中に上野くるみが存在している。これが、俺の考察になります」


説明を終えると、太田が口を開いた。

「俺も、その線で良いと思うけど、それなら何故、彼女は涼太君や宏美ちゃんを殺したのかが解らない。そもそも、涼太君とは恋人同士だった。宏美ちゃんは友達だった訳だし。井戸の中で一人寂しく、苦しい思いをして死んだ、その理由は助けてくれなかったから。その時いたのが、祥子と風香と成増健二の兄、健一になる。

それが怨みとなり、殺意となったのなら、何故、高部の親戚の純平も殺されなきゃならないんだ?」


パチパチパチ…


拍手をする音が近付いて来た。

入り口を見ると、真っ赤な服を着た水瀬風香が立っている。

「よく、そこまで解りました」

俺達は、またしても身動きが取れなくなってしまった。小笠原住職がお経を唱えたが「そんな事しても無駄ですよ」と、笑顔で水瀬風香が応える。

俺達の顔を一通り見渡しながら、水瀬風香が被っていたフードを外した。

写真で見た姿とは違い、当時よりも痩せこけている印象と、顔色が青白かった。

そして、目が死んでいる様に感じた。

生気のない眼球が、更なる恐怖心を高まらせる。


「くるみが怨んでいたのは、私と祥子だけ。だから、祥子の家を燃やしたの。純平君は、心霊スポットとか好きだったでしょ?だから、成増家の箱にあった『禁忌のお札』を使って、死んだ祥子の幻想を見せて『ここで首を吊って』と、促したの。それと、涼太君と宏美はね、私に内緒で付き合ってたでしょ?それを偶然見ちゃってね。だから、二人共殺したの…敦司君や宏美の家族も巻き込んでね。彼氏、友達と思っていた人からの裏切りって、酷いよね?」

笑いながら水瀬風香が説明をする。

部屋中の至る所からガタガタと、ラップ音が鳴り響く。


「山下もお前がやったのか?」


「あぁ、あの警官ね。あの人には何もしていないわ。ただ、階段を上ろうとしたら邪魔をしたから、ちょっと悪戯しただけ。その内、目が覚めるんじゃないかしら?」


「もう、お前の復讐は終わったんだろ?」


「後、一人よ…今から一時間後にここの神社に電話をするから、その場所に来たら全てが解るわよ。一時間後、お楽しみにしてて下さいね、高部警部と、小笠原住職と太田さん…」


そう言って、水瀬風香は笑いながらこの場から離れて行った。

彼女の姿が見えなくなり、暫くすると体が動く様になった。


そのタイミングで、山下が運ばれた病院から電話が掛かって来た。

どうやら、意識が戻って目が覚めたらしい。

仕事が終わった頃だと思い、中野に電話をして、今日の出来事を簡単に説明した。これから太田の妹と合流して山下の様子を見に行って欲しいと頼むと、快く承諾してくれた。

太田も妹に電話を掛け、中野と合流する様に伝えた。

後は、水瀬風香からの電話を待つだけ。

とにかく、電話が掛かって来なければ、この場からも離れられない。不安と恐怖と苛立ちが交錯する中、煙草を吸ったりして時間を潰した。

俺達は、会話もなく、ただ時間だけが過ぎて行った…


水瀬風香との約束の時間10分前、中野から太田の妹、唯と合流したとメールが来た。そして、山下と話をしたが、何が起きたのか覚えていないと言う。

そのまま病院で待っていてとメールを返した。

時計を見ると、約束の時間まで残り2分になった。

小笠原住職も、太田も緊張している様子が見て解る。この電話が、何を意味するのかさえ解らないが、『後、一人』の意味が解るのかも知れないと思うと、何とも言えない様々な感情が沸き起こって来る。


部屋に着信音が響いた。

スピーカーにし、三人が聞こえる様にして小笠原住職が電話に出た。


「観音山にある赤い橋。ここで待っているわ」


そう、一方的に言われただけで電話は切れた。

観音山の赤い橋…

ここも曰く付きの心霊スポットとして有名な場所。何年も前から心霊スポットと噂は聞いていたし、実際にここで自殺が何件もあったのは事実だ。

高崎で、最も有名な自殺の名所。

そこで待っている?

そこに何があると言うのだ?

俺達は、急いで太田の運転する車に乗り、赤い橋を目指して進んだ。

その道中、中野に電話をして、太田の妹と一緒に護嶺神社で待つ様に伝えた。

もし、俺達に何かあったり、連絡が付かなくなったら、建物の中にあるテーブルの上に行き先を残したから、そこに警官を向かわせて欲しい。

30分に一回、電話するから、もし電話が来なかったら掛けて欲しい。それで安否の確認になるからと…



2022年 5月5日 PM22:43


神社を出発して40分が経った。

遂に、水瀬風香に言われた赤い橋へと到着した。

そして、中野達も神社に着いたらしく、俺達の行き先を知った様だ。


不気味に街灯が点いたり消えたりを不規則に繰り返す。

その街灯が、草木に覆われた赤い橋を照らしている。

橋の両脇に設置された自殺防止用のネットが、ゆらゆらと風に揺れている。

橋の長さは50メートル程で、高さは暗くて詳しくは解らないが、飛び降りたら即死するだろう高さはある。

その橋の向こう側に、きっと水瀬風香のだろう車が一台停まっていた。

この場所には、確かに水瀬風香はいる。

中野に「今から彼女を探す」と電話して、俺達は懐中電灯を頼りに、水瀬風香を探す事にした。


まさか、この場所であんな結末が待っているなんて、この時、誰一人として俺達は予想をしていなかった。

これも全て、水瀬風香の計算通りの結末なんだろう…






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