第19話 正体 ―――高部 陽介
2022年 5月5日 AM10:27
俺と山中は、八幡原へと向かった。
ここには、丘の上の神社の住職の長男夫婦が住んでいるから、何かしら事情を知っているかもしれないし、神社の裏にある小さな池の解体をお願いしようと思って向かう事にした。
勿論、アポなど取っていないから、相手が留守の場合も考えられる。しかし、そんな事をいちいち気にしていたら、何も始まらない。
目的地へと到着した。
表札を見ると『野沢』と書かれている。迷わずにインターホンを押すと、ガチャっと玄関が開き、落ち着きがあり、品のある男性が現れた。
俺は、一礼をした後、警察手帳を見せ「すみません。少しお時間よろしいでしょうか?」と、丁寧な挨拶をした。
男性は、何かありましたか?と、驚いた表情をしながら、俺達を玄関の中へ通してくれた。
単刀直入に話を進めた。遠回しに言ったところで、結果は同じだから。
この男性の名は、野村義男。
57歳で、妻と二人暮らし。息子と娘がいるが、どちらも家を出ているみたいだ。
ゴールデンウィーク中と言う事もあり、会社は休みだと言う。
簡単な自己紹介を聞いた後、本題へと入った。
1、住職の事
不仲だった為、表向きの縁を切っていたが、10年程前に病気で亡くなった時に、母親と久し振りに会ったが、その母親も4年前に亡くなったと言う。
2、小さな池の解体
捜査に必要であれば、ご自由にどうぞ、と言われる。
玄関を出ようとした時、山中が玄関に飾られている写真を見て言った。
「こちらのお二人は?」
その写真には、例の神社の前で写っている子供が二人写っていた。
「親戚の子供です。今は色々あって縁を切っていますが、その写真を撮ってすぐに大きい子が事故で亡くなりまして…」
「すみませんが、この子達のお名前も伺ってもよろしいですか?」
丁重に聞くと、予想外の返答があった。
「成増健一と健二ですが、それが何か?」
まさか、ここで成増健二の名前を聞くなんて、思ってもいなかった。予想外の収穫があり、更に深く聞き込む事にした。
どうやら、この日は、成増家の両親が出掛けるからと、二人を預かっていたと言う。その後、長男の健一が事故で亡くなり、変な宗教に入ってから勧誘がしつこくなった為、縁を切ったと言う。
成増健二の父親は、野村の弟だと言う。婿として成増家に行った。
「あちらのご両親も、弟夫妻も宗教にはまってしまい、今ではどこで何をしてるかも解らないのですが。弟は亡くなった父とは不仲ではなく、仲は普通だったと思います」
成増健二の事件に付いて聞いてみた。
「ニュースを見て驚きました。ただ、ずっと疎遠だったので、気にする事もなかったって言うのが正直な気持ちですけど…」
ここで、野村が出掛ける時間になったと言うのもあって、丁寧に挨拶をして、外へ出る。そして、一度、頭の中を整理する事にした。
亡くなった住職の次男が成増健二の父親
その父親は、成増家に婿入り
事故で長男を亡くしてから、宗教の勧誘がしつこくあり絶縁
今は、どこで何しているかも謎
つまり、俺達が追っている『住職』と『成増家』は、異なる点であったが、実は見えない線で結ばれていたと言う事になる。
山中が運転する車の中、俺は太田と中野に『今夜20時に環状線沿いのファミレス集合』とメールをした。
一度、署に戻り物事を整理をしつつ、解体の許可も出たので、業者の手配もしなければならない。
約束の時間になった。
ファミレスに全員が揃うと、今日、八幡原で聞いて来た内容を説明すると、太田も中野も予想外の流れで驚いた様子だ。
それもその筈。まさか、全く接点がないと思っていた二つの真相に接点があったなんて、誰も想像していなかったからだ。
翌日、解体業者が入る事も決まったので、その旨を説明すると、中野は仕事で行けないと言ったが、太田は一緒に参加すると言った。
人工の小さな池を解体する事で、何が起きるのか解らない。ただ、上野くるみは確実にそこにいるのだから、やはり一度そこから出して上げないと何も終わらない。
2022年 5月6日 PM14:02
護嶺神社住職の小笠原に頼み、解体前のお祓いをお願いした。
山中には、解体中、誰も神社に入らない様に、階段の下で警備を任せた。
現地に着くなり、小笠原住職は「嫌な感じがしますね」と冷や汗を拭きながら言った。顔色も優れない様に見え、それだけ重苦しい場所なのだろうと思った。
階段からお祓いを始めた。
とにかく、至る場所を清めなければ危険だと言う。
太田も、その意見に同意した様で、持参した数珠を握りながら小笠原住職の後を着いてお経を唱えている。
「高部、今までと違って、今日の空気はヤバイかも知れないぞ?」ボソっと太田が言う。俺は、霊感なんてないから何も解らないけど、明らかに空気が変だなと言う感じだけは何となく解った。
上手く説明が出来ないけど、息が苦しいと言うか、呼吸が上手く出来ない様な。
それと、足が少し重くて痛みを感じる。
丘の上に到着した。
ここには、俺と太田と小笠原住職と解体業者の計7人。
人工池の前に立つと、小笠原住職が代表して挨拶をし、お経を唱え始めた。
俺を含め、そこにいる人達は、みんな目を閉じ手を合わせる。
お経を唱え始めてから1分程が経過した。今まで穏やかだった天気が、急に荒れ始め、強い風が吹き始めた。
更に2分程が経過すると、どこからともなく子供の無邪気な笑い声が聞こえて来た。
住職がお経を終えて「みなさん、目を開けて下さい」と言った。
俺達は目を開けると、今さっきまで人工池に水が少しあった筈なのに、水がなくなり渇いていた。
「水は?」と、解体業者が質問すると、小笠原住職が「水は渇きました。いや、正確に言うと、渇いたではなく蒸発したって表現ですね。古来より、水辺に霊体は集まりやすと言われています。なので、今まであった水はお祓いで清めました。つまり、あの水自体が霊体を表すモノの一部だったのです」
言っている意味の半分は理解不能だったが、今までの経験からすれば、何ら不思議な話ではないなと思った。
俺も、解体業者も、先程の出来事で恐怖を抱いたが、気持ちを切り替えて「すみません。では、予定通り解体お願いします」と告げた。
解体が始まった。
この中で一番年上の男が先頭を切って、人工池に近付いた。そして、振り返り「危険はないのですよね?」と、小笠原住職に確認を取った。
「100%の安全は約束は出来ませんが、大丈夫だと思います」
「解りました。お前達、やるぞ」そう言って解体作業が始まった。
作業中、小笠原住職はお経を唱えながら、近くで見守っている。
俺と太田は、ただ作業が無事に終わるのを待つ事しか出来なかった。
40分程で、人工池から井戸の部分だけが剥き出しになった。
剥き出しになった井戸。
その井戸の蓋を解体して、中から上野くるみの霊魂を取り出すのが目的だ。
おそらく、遺体は月日が経ちすぎて跡形もなく腐敗しきってしまっただろう…
蓋の解体が始まった。
コンクリ専用の電動ノコギリが、ゆっくりと蓋を切り始める。
残り数センチのところで、階段の下から山中の悲鳴が聞こえて来た。
俺は駆け足で階段を下り、山中へと近付いたが、山中は気絶している様で、意識はないが呼吸はあり、安心した。
救急車を呼ぶ手配をすると、今度は上の方から悲鳴が聞こえて来た。
すぐに駆け足で戻ると、解体業者の4人が尻持ちを付いてしゃがみ込んでいるのが解った。
「何が起きたんだ?」顔面蒼白の太田に声を掛けるが、返事がない。
小笠原住職も顔面蒼白で、ただ一点を見つめたまま動かなかった。
俺は、その視線の先に目をやると、蓋の取れた井戸が視界に入る。そして、その井戸の淵には、赤い服を着た少女が立っていた。
少女の体は透けている。
その少女が、上野くるみだと、すぐに解った。
『タスケテクレテアリガトウ。デモネ、モウオソイノ…』
上野くるみが、小さな声で囁いた。
そして、上野くるみの姿が消えると同時に、井戸のずっと奥の木々の間から、人影が近付いて来る。
一歩一歩、こっちに近付いて来る度、木々が激しく音を立て揺れ始める。
風が強くなり、目も開けていられない程になると、自然と右腕で目元を覆い隠す体勢になった。
木々の揺れる音
吹き抜ける風の音
そして、舞い上がる砂嵐の音
全ての音が、風がピタリと止まった瞬間、ゆっくりと腕を下ろして目を開けた。
目の前には赤い服を着た女が立っていた。
その距離、10センチ程しか離れていない距離に…
目が合う。
体が動かないが、思考だけは機能している。
俺は、この女の顔を見つめて、誰なのか思い出そうと考え様としたが、その答えは考える間もなくすぐに出た。
『水瀬風香』だ…
赤羽涼太の彼女で、行方不明になっている水瀬風香が、何故ここに?
『くるみちゃんは、私を利用しようとして私に憑依したみたいだけど、逆に私が利用して上げたのよ。実体を持たないくるみちゃんより、実体のある私の方が何かと便利だし都合が良いのよ。その代わり、くるみちゃんの復讐のお手伝いも果たしたし。それに、復讐の最後の相手が私だから、何も出来ないのよ…』
そう言い残して、水瀬風香はフフっと笑いながら、俺達の目の前から姿を消し、階段の方へと向かって行った。
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