第16話 防犯カメラ ―――高部 陽介
「あなた方は?」住職に質問された。
俺は、警察手帳を提示した後、簡単に事の成り行きを話すと、こちらへどうぞ、と言って俺達をその場から離れさせる様に隣接している建物へ誘導し始めた。
普段は、お守りなどを販売している建物の奥へと通され、6畳程の和室へと案内された。歴代の住職の古ぼけた写真や、神社の写真などが部屋中に飾られている。
暫く待つ様に言われる。壁に飾られている写真を眺めていると、奥から住職がお茶を持ってやって来た。
「改めまして。私が護嶺神社住職の小笠原修仁と申します。よろしくお願い致します。ところで、先程のお話ですが…」
俺は、中野の顔をチラっと見てから言葉を発した。
「こちらの彼が、何者かに操られてしまいまして。彼が、意識朦朧の中、辿り着いた場所が先程の木の前でして…ご迷惑をお掛け致しましてすみませんでした。しかし、少し不思議なお話になってしまうのですが、よろしいでしょうか?」
小笠原住職が頷きながら、続けて下さい、と了承したので、事細かく話す事にした。
俺の話を聞いて、疑うどころか信じてくれた様で、全ての話を聞き終えた後に、小笠原住職からも衝撃な話を聞かされる。
それは、今から数年前、あの神木に触れた女子高生がいて、それ以来おかしな現象が起き始める様になったと言う。例えば、夜になると謎の発光体、つまりオーブが肉眼でもクッキリと数体見える様になったり、女性の啜り泣く声が聞こえて来る様になったと言う。
その女子高生に関しては、名前も素性も知らないけど、純平や祥子、中野が動画を撮った高校の制服を着ていたと言う。それ以外は、何も解らない。
その女子高生が来なくなったと思うと、別の女子高生が一度だけ来たと言う。二人は、同じ制服を着ていたと言うが、特に注意などはしなかったと言うのだ。
ただ、不思議と思って、最初に数回訪れた女子高生の姿だけは、防犯カメラに残っていた記憶をパソコンに残してあると言う。
お願いして見せて貰う事にした。
神木に向かって何か喋っている様に見える映像は、途中でノイズの様に画面が揺れたり、急に画面が真っ暗になったりと、不思議な現象が起こっている。
小笠原住職が言うには、こんな事は有り得ないと言う。それもあってか、未だに消せずに所持していると言うのだ。
画面を見ていると、見覚えのある女子高生だと気が付いた。
中野がその名前を溢す。
―――大崎愛奈。
紛れもなく、その女子高生の顔は大崎愛奈だった。
高校の正門前で殺害されてしまった被害者。でも、何故その彼女が?
更に映像は続いた。
彼女が、神木に何か白い紙を張り付けている。そして、カバンから藁人形を取り出し、釘で打ち込み始める。ゾッとする映像だ。
本当に藁人形に釘を打ち込む呪いがあるとでも言うのか?そんなのは、映画や作り話だけだと思っていた。
「これは、見ようによっては理に適っている呪いの儀式だ」太田が冷や汗を垂らしながらボソっと呟いた。
神木から、何か黒い霧の様な物がゆらゆらと出て来るのが解った。小笠原住職が、ここで一時停止をした。
「おそらく、この霧が何なのかは解っていませんが、私の見解になりますが、この黒い霧は怨みや憎しみが形になった物だと、私の友人も言っておりました。そして、この続きですが、もっと得体の知れない物が写っています。よろしいでしょうか?」
その場にいる全員が息を飲み、そして頷く。
映像が再生された。
この世界に、こんな映像が存在するのか?目を疑う様な映像に、俺達は声も出せなかった。あの、太田ですら、驚愕した表情で固まってしまっている。
それだけ、再生された映像は不可解で悍ましかった。
暫く時間が止まったかの様に、誰一人として口を開かなかった。
小笠原住職が「これで防犯カメラの映像は以上になります」パソコンの電源を落とす。真っ黒になったパソコンのモニターが不気味に見える。
一体、あの映像は何なんだ?加工なんてする必要もないし、何とも言えない恐怖しか残っていない。
あの後、再生された映像は、大崎愛奈が藁人形を釘で打ち込んだ後、振り返り歩き出した映像だったが、その神木の端から数本の腕が大崎愛奈に向かって伸びて来た。そして、その腕が全て消えると、右端には少女らしき人影が写り込んだ。しかし、その少女らしき人影は、一瞬で左端へと移動したのだ。その動きを数回した時、画面が真っ暗になり、砂嵐へと切り替わると、歪で乱雑に書かれた文字が不規則に一文字ずつ浮かび上がった。
全ての文字を繋げると、背筋が凍った。
『6月14日 死』と、描かれたのだ。この日は、大崎愛奈が亡くなった日。それを、警告しているのか解らないが、その文字を残して映像は終わったのだ。
小笠原住職が言うのは、この防犯カメラが撮影された日は、2017年の4月16日だと言う。
奥の部屋から、お札の貼ってある木箱を持って来る。
この木箱の中には、すぐに回収をした白い紙と藁人形が入っているらしく、それを見せてくれた。
白い紙を見て、太田が驚愕をした。それを悟ったかの様に、小笠原住職が説明をしてくれたが、この白い紙は、禁忌と言われている呪術のお札だと言う。直訳すると、そのお札には『呪い殺す』と言う意味らしい。
そして、藁人形を見ると、至るところに髪の毛が結ばれていた。おそらく、髪の長い女性の物だろう。それが誰の髪の毛なのか、解る術はないが…
藁人形の背面には、小さな紙が貼られていたが、その紙には『成増 健二』と書かれていた。
「高部さん、確か成増健二って…」中野が確認をして来る。
この男こそ、大崎愛奈を殺害した加害者だ。
高部が警察の力や、仲間に頼んで調べた事件の加害者であり、以前に宏美の家で見た純平達の心霊動画の最後に写し出された住所『高崎市山名町×××-×』に住んでいた男の名前だった。
―――成増 健二 犯行当時17歳。市内の公立高校2年生
取り調べをした結果、大崎愛奈と交際していたらしいが、すぐに振られてしまったらしい。その未練がストーカーへと変貌し、歪な愛情が憎しみへと変わったと供述。
一方的に振られ、その後復縁を試みるが、音信不通。いくら携帯に電話しても、待ち伏せをして話し掛けても無視されたと言う。
交際のきっかけは、彼女の方から歩み寄って来たと言う。
ある日、進学校に通う加害者である成増 健二は、友人のAと予備校から出て来ると、大崎愛奈に話し掛けられたと言う。
会話自体はたいした内容ではなかったが、男子校に通い、女性との接点が普段ない成増は、それだけで舞い上がったと言う。
会話の内容は、私もここの予備校に通おうか悩んでいるから、詳しく教えて欲しいとの内容だったと言う。
その後、二人は何度か顔を合わせる内に恋愛へと発展したらしい。
とにかく、誰が見ても美人の彼女と、誰がどう見ても女性慣れしていないガリ勉の自分じゃ不釣り合いだと思ったけど、初めて付き合った彼女と言う事で、相当のめり込んで惚れてしまったらしい。
しかし、2カ月程すると、彼女は他に好きな人が出来たからと、別れ話を切り出した。その後は、愛情と未練だけが残り、ストーカーへと変貌した。
周りからは、遊ばれたんじゃないか?と、言われたらしいが、だからと言って、金銭的な関係でもなく、月に2~3回程しか会わなかったと言う。
一度だけお願いをして家に呼んだ事があったが、その日は特に何もなかった。むしろ、家に来るなり気持ちが悪くなったなど、体調不良の訴えを何度も言っていたらしい。それが、真実か嘘かは解らないが、ただ、その日は家族がいなかったから、薬の場所が解らず、彼女に頼まれて買いに出掛けたと言う。
そして、戻ると彼女の姿はなく『ごめん、ちょっと気持ち悪いのが酷くなったから帰るね』と、置手紙が残っていたと言う。
どうやって帰ったのかを、後で確認すると、近所に先輩の家があるからお願いしたと言っていたらしいが、真相は何とも言えない。
それから数日が過ぎた頃、我が家では大切にしていた木箱がなくなったと、祖父母が騒いでいたが、それに何が入っているのかさえ聞いた事はない。
彼女以外、この家に来ていないから、もしかしたら…と思ったが、疑う前に愛情が勝っていたからか、その事は誰にも言っていない。
後々、祖父母に聞いた話だと、その木箱には成増家の家系図や禁忌のお札などが封印されていたと言う。
その箱は、カッコ良く言えば『パンドラの箱』だと聞いた。
つまり、開けたら希望か絶望かの二択しかないらしいが、成増の血筋以外が開けると災いが起こると、先祖代々語り継がれて来たらしい。
それから彼女へのストーカー行為は、日々増して行き、別れを告げられて6カ月以上が過ぎた頃に彼女を殺害した。しかし、本人が言うには記憶にはあるけど、意識が朦朧としていて、気が付いたら殺していたと言う。
そして、成増 健二は数日後に少年院にて、シーツを首に巻き付けて自ら首を吊って自殺となる…
その後、成増家は世間からの目を避ける様に一家蒸発とか、夜逃げとかと、近隣では囁かれているが、終息不明のまま今に至る。
いくら調べても、成増家の本家や分家の情報は掴めなかった。もしかしたら、他の家系はすでに壊滅しているか、縁を切っているのかも知れない。
それが、捜査の結果だった。
おそらく、警察だからと言って、それ以上の詮索や捜査は必要がないと判断し、そこまで本腰を入れていなかったのっだろう。
何故なら、親戚関係が浮かび上がったからと言って、殺された被害者は帰って来ないし、事件には何一つ関係のない事だからだ。
もしかして、最初から成増家の大切な木箱を狙って近付いたのか?
その可能性もあるなと、ふと思った。
どこからか、木箱の話を聞いて、その木箱が欲しさに近付いた。手に入れたら目的は達成となる。そうなれば、成増は既に用なしへとなる。
彼女の、大崎愛奈の目的は最初から木箱だった。
その木箱には、神木に張り付けた禁忌の呪術のお札が入っていた。
そう考えれば辻褄が合う。
確信はないが、それ以外に考えられなかった。
やはり、もう一度成増の住んでいた『高崎市山名町×××-×』に行かなければならないと思った。
それと同時に、あの丘の上にある神社の神主は既に亡くなってしまっているから、八幡原町に住む長男夫婦にも会って話を聞かなければならない。
まさか、今のこの時点で、誰も予想していなかった点と点が線になるとは…
いや、この事態は誰でも予測不可能だろう。
何故なら、全く無関係だと思っていた『成増家』と『丘の上の神社の神主一家』には、過去にまで遡る程の悍ましき関係があるなんて…
俺達は、開けてはいけない『パンドラの箱』を開けてしまう事になる。
そして…
一人、また一人と、犠牲者を生んでしまう事となる。
―救われない過去、救いたい現在、救われた未来―
全てが交錯する『現在』で、『救われた未来』を手に入れる為に、真実を追求し、その真実を暴いて救いを請う以外に道はないと悟った。
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