第15話 防犯カメラ ―――高部 陽介

例のあの場所へ着いた頃には、日付けが変わろうとしていた。先頭には太田。そして、俺と山中が並び、最後尾には中野が歩く形となった。

「お邪魔します」と、律儀に一礼をして、太田が鳥居を潜る。潜るとすぐに階段が続いている。俺達は、太田の真似をして挨拶を行って後に続いた。

一歩一歩、ゆっくり階段を登ると、ちょうど中間辺りで急に寒さが増した様な気がしたが、太田が言うには、ここには強い霊気が漂っているから、その現象だと言う。

頂上まで登り切ったところで、強い風が吹き荒れる。

砂埃が舞う中、神社の奥に涼太らしき人影が見えるのが、遠目でも解った。

その影は、スーっと神社の裏手へと消えて行った。

「太田、あれは涼太君か?」

俺の言葉に返事はない。ただ、じっと神社の奥を見つめている。

「なぁ、ここは廃神社になって何年くらいが経っているか解るか?もし、10年以上が経過しているのなら、結界はすでに消えてしまっているからかなり危険だ」

俺達が調べた限りだと、10年は越えていた。おそらくだけど、13年程だと思う、そう返すと、太田は無言のまま何かを考え始めた。

暫くして、俺達は涼太らしき人影が消えた神社の奥へと歩を進める。そこには人影は見当たらなかった。

この前、来た時のまま小さな池の様な形をした跡が目に入る。

それを見て、太田が何かに気付いた様だ。太田は、お経を唱えた後「失礼します」と言って、一礼してから『それ』に触れた。

その瞬間、木々がざわめき始め、強風が吹き荒れた。

遠くから子供の声が聞こえる。


『モウイイカイ』

『マーダダヨ』

『モウイイカイ』

『マーダダヨ』

『モウイイカイ』

『モウイイヨ』


この前と同じだ。子供達がかくれんぼをしている様子が目に浮かぶ程、鮮明に聞こえる声が、更なる恐怖を増殖させる。

その時、小さな池の中央にある井戸の蓋が、激しくガタガタと揺れ音を立てた。

その激しい揺れで、井戸を囲む周りのコンクリに亀裂が少し入った。

太田が「これ以上、ここにいたら危険だ!ここから離れよう」そう言って、急いで戻り、一気に階段を下り始めた。

階段を下り切る鳥居の手前で「お邪魔しました」と、太田が一礼をしたから、俺達も続けて挨拶をした。


車へと戻ると、急に中野が寒いと言って、ブルブル震えだした。

今さっきまで、そんな素振りはなかったのに、下りた途端に急に寒気が襲って来たと言う。太田が中野の背中に塩を掛けて、お経の様なものを唱え始めた。

暫くすると、ここの噂を聞きつけて来たのだろう、大学生らしき三人組がやって来た。一人は、スマホで動画を撮影していた。

「あれ?先客がいるみたいだね」先頭を歩いている男が言う。

山中が警察手帳を出そうとしたから、俺はそれを制止した。俺達も、彼等とは変わりはない。仕事とは別で来ているのだから、こんな事で手帳を出す意味がないと思ったのだ。

「君達も噂を聞いたの?」太田が優しい口調で尋ねると、先頭の男が「はい。今から行こうと思います。もう行きました?」その問いに、太田は「行ったけど、気を付けた方が良いかもね」と返す。彼等は笑いながら「大丈夫、余裕です」とだけ言って階段へと向かった。ただ、俺達は見守る事しか出来ない。

彼等の姿が、頂上へ着くのが見えた。その時、三人の悲鳴が聞こえて来たと同時に、走って俺達の元へと戻って来た。

数分後、落ち着きを取り戻した彼等に話を聞くと、頂上に着いた時に、白い子供の様な影が見えて、耳元で『アソンデ』と囁かれたと言うのだ。

それも、三人同時に聞いたと言う。

どんな声だったか聞くと、幼い子供の声だった、と言った。

それだけ俺達に言い残して、彼等はその場から逃げる様に帰って行った。

彼等が見て聞いたのは上野くるみで間違いがないと、太田が教えてくれた。


「高部、火事に遭った家にも行ってみたいんだけど、良いかな?」そう言って、祥子の家へと移動した。

相変わらず不気味に佇んでいる焼き焦げた祥子の家を見て、中野が気持ち悪い、と言ってその場にしゃがみ込んでしまった。

吐き気もある様で、その場で少し嘔吐してしまった。

「山中、中野を見ててくれないか?俺は、太田と中に行って来る」

行こう、そう太田に言うと、危険だからお前もここで待ってろ、と言われた。

太田が焼き焦げた家を見つめながらお経を唱え始めた。

「お邪魔します」さっきの神社と同じ様に挨拶をし、一礼をしてから中へと入って行った。そのまま井戸のある場所まで進むと、ここでも太田は一礼をした。

5分程して太田が戻って来たが、さっきまでと違って、疲れ切った表情をしている。

「ここからすぐに離れよう」

俺達は、太田に従って早歩きで車へと戻る。

その時、中野が歩くのを止めて青白い顔で震え出した。

「どうした?」俺が声を掛けても反応がない。

「二人は先に車へ行っててくれ。ただし、何があっても振り向いたり、知ってる人間がいても無視をしてくれ。中野君は俺が連れて行く」

俺と山中は、太田の言う通りに車へと走って向かったが、途中で涼太らしき人影に遭遇した。しかし、太田に言われた通り無視をして車へと急いで乗り込んだ。


意識を失くした中野を背負って、太田が車へと帰って来た。

すぐにエンジンを掛けて、コンビニへ行く様に太田に言われたから向かった。

コンビニの駐車場に着くなり、太田は急いで店内へと向かい、何かを買って来た。

意識のない中野を、コンビニに設置されていたベンチへと運ぶと、太田は買っ

て来たばかりの日本酒のビンを開け、中身を少しだけ捨てた。

その中に、塩と米を入れて、お経を唱えながら割り箸で混ぜた。

ビンを少し斜めにして、左手に少し垂らすと、その水滴を中野に向かって掛け始めた。

全身に行き渡る様にと、太田が何度もその行為を繰り返す。

すると、意識のない中野の体から、何か黒い蒸気の様な物がスーっと上がって行くのが見えたが、それが何なのかさえ解らない。俺だけじゃない、山中もその黒い蒸気の様ものを、息を潜めながら見つめていた。

「これで大丈夫」そう言って、太田は煙草を咥えて火を付けた。

一体、何があったのかを聞くと、あの家から戻る時に、中野の足を誰かが掴んでいたらしく、そいつのせいで意識を失ったと言う。さっきの黒い蒸気は、その何者かの怨念の一つで、どうやら中野に対して何かを訴え様としていたと言う。その訴えを、代弁して太田が聞いたと言う話だった。

訴えとは、くるみちゃんを開放させて欲しい、そう言われたと言う。


―――中野が意識を取り戻した…


「俺、行かなきゃ…」そう言って立ち上がる。目の焦点が合っていない。

そんな状態で、中野はフラフラと、足元がおぼつかない状態で俺達がいるのも忘れて歩き出した。太田が言うには、中野は操られている、と言うのだけど、それなら誰にだ?疑問しか浮かばない俺に対して、解らない、知らない女の子だ、と太田が冷や汗を流しながら言った。

太田が冷や汗を流す姿を見たのは初めてだった。

それだけ、その誰かは強い怨念を抱いているのか?そして、何故、中野を操るのだ?

上野くるみなのか?

それとも、別の誰かなのか?

解らない…いくら考えても、答えが出ない。

だが、中野が向かう先は、きっとあの神社に違いない。しかし、中野が向かう方角は、神社とは別の方向だった。

それじゃ、どこへ向かおうとするんだ?

太田に聞いても「解らない」としか返って来ない。

「俺達は、中野の後を着けるから、山中はここで待機しててくれ。場所が解ったら電話するから、そこまで車で来てくれ」

見失わない様に、俺と太田は中野の後を追った。


やがて、中野は環状線沿いにある『護嶺神社』の前で足を止めた。

敷地内に一歩、足を踏み入れると、ゆっくりと俺達に向かって振り返る。

目の焦点は合っていない。いや、それだけじゃない。

中野の顔とは別人の顔の様にも見える。

おそらく、中野の顔に重なって、二重の顔になっているのだと気付いた。

だが、何となくその顔に見覚えがあった。

確か、彼女の名前は…思い出そうとしている時、中野の口から名前を告げられた。

『大崎愛奈』

白昼、通う高校の正門前で殺された子。

中野、純平、祥子の三人で心霊動画を撮りに行った高校の生徒だ。

でも、何故、彼女が中野を操って、ここに俺達を誘導したのだ?

太田の表情をチラっと見る。

冷や汗を流しながら、ジーっと中野の体を操っている大塚愛奈を見つめている。


「そう言う事か」太田が煙草に火を付けながら言う。

どう言う事なのか、俺には全く解らなかったけど、太田には解ったと言うのだ。

「おい、高部!こりゃ俺達の勝算は限りなく低いかも知れないぜ…」

何が何だか解らない。ただ、太田が少し怯えている様にも見えなくはない。太田が勝てないなら、俺が勝てる筈がない。

「大崎さんって言ったよね?君がこの世に残した未練や怨みで他人を不幸にしたり殺したいって事でしょ?その為に、あの神社の井戸にいる同じ仲間の上野くるみさえも仲間にして利用している。それで当たってるかな?」

女の高笑いする声が響く。

「全然違うね…良い?もっと答えはシンプルなのよ?こっちへいらっしゃい」

そう言って、神社の右手を抜けて、木々が生い茂っている方へと歩き出した。

そこには、大きな神木らしき木が聳え立っている。

よく見ると、幾つかのお札や藁人形が祀られていた。

ふと、背後から人の気配を感じた。

とっさに、俺と太田は振り返り身構えると、50歳過ぎに見える男が立っている。

見た目からして、ここの住職だろう、そう直感した。

視線を住職に逸らした瞬間、

「あれ?ここはどこだ?」と、大崎愛奈に操られていた筈の中野が、自分自身の意識を取り戻した…


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