第10話 共通点 ――― 中野 明希人

お経を唱え終わったお祖母さんが一言だけ俺達に向けて言う。

「お前達、今、お経を唱えている時に何を見た?一人ずつこの紙に書きなさい」と言い、A4のコピー用紙と鉛筆をそれぞれに配る。

俺達は、渡された紙に、何を見たのかを書き始める。

涼太さんが先に書き終え、続けて高部、最後に俺が書き終えた。お祖母さんは、一人一人が書いた紙を見終えると、俺達にも見る様にと手渡して来た。


涼太さん…

裏にあった廃屋の井戸で、女の子が人形を抱えながら歩いている。

そのすぐ近くには、誰かがいて、女の子が見上げる様に話し掛けている。

そのまま場面が替わり、風香や祥子の家の近所にある丘で、子供が遊んでいる。

男の子が一人、女の子が三人

子供のすぐ近くには、あの丘に今はない小さな池があった


高部…

裏にあった廃屋の中で、生活をしている大人と女の子。顔は黒い靄があって解らないけど、何となくおじいさんだと思う。

そのまま知らない場所に移動して、鳥居を潜って階段を登る子供達。

多分、女の子が三人で男の子が一人。


俺…

蓋の欠けた井戸の近くで、手毬を付く少女を、優しい目で見守る様な老人

その二人の顔が黒く塗り潰されて場所が知らないところに変わる。

男が一人、女が三人で、だるまさんが転んだをして遊んでいる。

鬼は女の子で、振り返ると、一人一人いなくなって、最後は鬼の女の子だけになる。

女の子の顔が、見る見る内に黒くなった。



お祖母さんが言うには、三人共に共通しているのは、山名で見た廃屋。そして、涼太さんだけが場所を知っている丘の上にある神社。

おそらく、この二カ所を俺達に伝えたいのだろうと言うのだが、そもそも誰が何を伝え様と言うのだろうか?その答えが出ないまま、涼太さんの案内で、丘の上の神社へと向かう事となった。

さっきと同じメンバーに、宏美さんが加わり五人で行く事に。

俺達が行っている間に、お祖母さんは宏美さんのお母さんに何かを頼んだ様子だけど、声が小さくて聞き取れなかった。おばさんの表情から察するに、難しい要件だったのだろうと思ったが、それは俺達が帰ってから知る事になる。


宏美さんの家から、徒歩ですぐの場所だと言う丘の上の神社へ、お祖母さんの足腰を考慮してか、高部の車で向かった。

その場所へ着くと、高部が「この鳥居と階段でした」と、お祖母さんに言う。何とも言えない空気が漂う鳥居を潜り抜けて階段を登る。

一段、一段と登るにつれ、空気が冷たくなっていくのを感じた。

最後の一段を登ると、そこには小さな神社と、思った以上に広い庭があった。

「この場所は…」俺がそこまで言い掛けると、お祖母さんは人差し指を唇に当ててシーッと言った。

涼太さんも宏美さんも、何か懐かしんでいる様に見える。きっと、この場所は二人にとって何かあった場所なのだろう、そう感じた。

お祖母さんが辺りを見渡すと、冷たく強い風が突然吹いて来たのだ。砂埃が舞う中、何かが視界に飛び込んで来た。

無邪気に走り回っている子供達だったが、今さっきまでここには子供なんていなかったし、俺達以外の人はいない筈だ。その瞬間、子供達は俺達に気付いていない様に向かって来て、そのまま通り抜けた。

もう、何が何だか解らない。しかし、この目で見たのだから否定も出来ない。俺だけではなく、ここにいる全員が見たのだから…


「宏美、涼太君。先程の子供に見覚えはあるよな?」

お祖母さんが言うと、二人は頷いた。

「お祖母ちゃん、さっきの子は、くるみちゃんと風香と祥子だよ、小学校低学年の時の…」宏美さんの言葉に涼太さんも同意した。

三人の女の子は解ったけど、あの男の子は誰なのか、二人は知らないと言う。あれくらいの年頃だと、初対面の男の子でも女の子でも、一緒に遊んだりはする。俺も、全く知らない近所の人と遊んでいた記憶がある。だから、そう言う関係なのかも知れないと、俺は安易に考えてしまった。

一通り、庭を見回り、今度は神社の裏を見に行く事になったのだが、お祖母さんが言うには、今ここの神社には神主様が不在だから、とんでもない状況になっていると言うのだ。つまり、神社を守り、管理する人がいないと言う事は、凄く恐ろしい事だ、と教えてくれた。


神社の裏に行くと、土で盛られた場所が一カ所あった。大きさは、だいたい幅が1メートル程で、高さは60センチ程。それが、何なのかは、俺には解らなかったが、涼太さんと宏美さんは、それが何なのか、その場所に何があったのかを、思い出した様に見える。

「宏美、これって確か…」涼太さんの声に、全員が耳を傾けた時、その土で盛られた山の部分だけが強風に吹かれ、少しずつ山が削られて行った。

削られて出て来たのは、小さな池の様な形をした跡。

しかし、その中央部分に違和感があった。明らかに、その箇所だけ他の部分よりも古く見えた。きっと、後から付け足したのではないかと思える様に。

高部が、その箇所の周りの砂を掻き分けると、中央部分の全体像がハッキリと出て来たのだ。

中央部分は、おそらく当時『井戸』だった様にも見える。井戸に蓋をして、その周りにコンクリを敷いて、周りを囲んだ様にすれば、簡単な池が出来上がる。

その池が井戸を隠すと言う構図が出来上がったが、一体、何の為に?その意図が解らない。その意図が解けた時、事の真相に近付けると、俺は何となく確信を得た。


井戸の蓋は、隙間なく埋められている。きっと、二度と開かない様にと、これを作った人間が念入りにコンクリを敷いたりしたのだろう。

涼太さんも宏美さんも、池があった事を覚えていたが、それはある程度大きくなってからの記憶だと言う。小学校の高学年くらいの時、池に金魚がいると噂になり、みんなで餌を上げに来た事が何回かあったと言う。

いつ、池になったのかも解らないし、その池すら今では原型を留めておらず、砂で盛られていた現状だったのだから、もしかしたら、当時ここにいた神主なら理由を知っているに違いない。

ここは、高部の出番だ。警察の力を駆使して、真相を知るしかない。誰もがそう思った矢先、お祖母さんが一つ提案を持ち掛けた。

この池を壊して、井戸だけを復元出来ないかと…

流石にその提案は却下となったが。

それはそうだ、全くの他人の土地で、しかも神社にある物を壊すなんて、とんだ罰当たりだし、法的にも捕まってしまうから。

いくら警察の力があっても、不可能な物は不可能なのだ。


俺達は、来た道に戻り、階段を下りて帰ろうとした時、階段の下から強風が襲って来た。その強風の中に、女の子の声が交っている。耳を澄まして聞くと、

『モウイイカイ』

『マーダダヨ』

『モウイイカイ』

『マーダダヨ』

『モウイイカイ』

『モウイイヨ』

かくれんぼをしているのだろ。

その声を聞きながら辺りを見回すけれど、そこには俺達以外に誰もいない。

気が付けば、宏美さんが何かに操られる様に、もう一度神社の裏にあった池の場所へと向かおうとしていた。

「宏美!」そうお祖母さんが大きな声で怒鳴る様に呼ぶが、宏美さんは止まろうとしない。高部と涼太さんが必死に止めに入ったが、それでも宏美さんは止まらない。俺の加わり、三人で止め様とする。

何とも言えない強い力で、男三人で止め様としても、逆に俺達が引き摺られてしまう。お祖母さんが宏美さんの背中に向かってお経を唱えながら塩を振り掛けた。

何者かの力が弱まったのか、その場で宏美さんは倒れ込んだのだ。

高部と涼太さんで宏美さんを支えて、何とか階段を下りる事が出来た。そのまま車に乗って、その場から逃げる様に立ち去る。車の中で、宏美さんは意識を取り戻した。


宏美さんの家に戻ると、玄関にはさっきまでなかった靴がある事に気付いた。

「正美、正美ー!」お祖母さんが呼ぶと、おばさんが玄関に駆け寄って来て「お祖母ちゃん、頼まれた方、奥のお部屋で待たせてるわ」と言う。お祖母さんがおばさんを褒め、俺達は出掛ける前までいた奥の部屋へと向かった。

知らない女性がいる。それが誰なのか、そこにいる全員が解らなかった。お祖母さんと、おばさん以外は。

「上野です。上野くるみの母の…」自己紹介をされた。上野くるみって、確か涼太さんなんかと同級生で、亡くなったと聞いた人のお母さん?

「単刀直入に聞きますが、あなたのお子様のくるみさんは、本当に亡くなりましたか?」お祖母さんが強い眼差しで聞く。

上野くるみの母親は、カバンからハンカチを取り出し、涙を拭きながら応えた。

「いいえ、まだ亡くなっていません。いえ、そう信じているのは私達だけで、あの子は、ずっと行方不明のままなんです…」

涼太さんと宏美が唖然とする。それもそうだ、亡くなったと思っていたのだから仕方がない。でも、何故、行方不明?何か、事件にでも巻き込まれたのか?


「あの日、いつもの様に学校へ行き、いつもの様に帰って来ました。ランドセルを置くと、すぐに風香ちゃん祥子ちゃんで遊ぶと言って出掛けました。その日、そのままくるみは二度と家には戻る事無く…勿論、風香ちゃん、祥子ちゃんにも聞いたんですが、二人共、一緒に遊んでる途中で居なくなったと言うので、警察にもお願いをしたんですが、16年が経った今でも解らなくて…」

声を詰まらせながら、上野くるみの母親が話すと、お祖母さんが言った。

「そうでしたか。もしかしたらですが、くるみちゃんの居場所が解るかも知れません。おそらく、その答えを握っていたのがうちの孫の友達だと思われます」

そう言って、宏美さんを見る。

宏美さんは、ずっと気になっていた事があると言って語り始めた。それは、二人とは仲良かったのに、私だけが知らない秘密があった、と言うのだ。

つまり、その秘密が上野くるみの行方不明に直結している原因なのかも知れない。


「母親である、あなたに立ち会って貰って、これから『降霊術』を行おうと思いますが、真相を確かめる気はありますか?もしかしたら、くるみちゃんの声を聞けるかも知れませんが…」

お祖母さんの提案に上野くるみの母親が頷いた。

「正美、宏美、いつもの様に準備をして、10分後に開始するぞ」

お祖母さん達は、別室へ行く。

俺達は何も話さずに、ただ、その降霊術が始まるのを待っていた。

そして、準備が終わる。

お祖母さんとおばさんが、白装束に着替え、お経を唱え始めた。

そして、白装束に着替えた宏美さんは、二人の目の前で、目を閉じて正座をしている。俺達は、宏美さんから少し離れた場所を指定され、息を潜める様に、ただ今から起こる事を見守る事しか出来なかった。

部屋の中が異様な雰囲気に包まれ、至る所からラップ音が鳴り響く中、俺達はとんでもない光景を目の当たりにした。

それは、宏美さんが急に倒れて、しかも、倒れながら何かを話し始めたのだ。

おばさんだけがお経を唱え、お祖母さんは倒れた宏美さんへと近付いて「上野くるみちゃんですか?」と、質問をしたのだ。

「ハイ」と宏美さんの声ではない声で応えた…

それが、宏美さんの体を介しての上野くるみの声だと、確信をせざる得ない光景を目の当たりにする事となった。


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