第9話 共通点 ――― 中野 明希人

動画が写し出された事で、部屋に明かりが不気味に灯される。

俺も含めて全員が一点を見つめている。体は動かないが、視覚も聴覚も思考だけは、いつも以上に感覚が敏感になっている様だ。

俺は、今の状況を一度整理する事にした。

ここにいる全員が金縛りに遭い、動かない筈の体の首だけが何者かの力によって、壁を向かされている状態。

そして、壁に写されている映像は、あの日、あの学校での動画。その動画は、純平さんがカメラを回して、俺と祥子さんが写る場面もある。

大塚さんに教えて貰った学校で、不可解な出来事と影や声を捉えた動画。その動画を編集したのは純平さん。編集した動画を、動画投稿サイトに載せた事で、更に不気味な現象が起きた。その日、誰も気付かなかった事、編集中に気付かなかった事、そして、その動画を何故か今見せられている。

そんな事を考えている中、自然と動画は再生され、体育館裏の映像になっている。ここまでは、今まで見たものと何一つ代わっている感じがない。

校舎内の反対側に移動する16分12秒に差し掛かった時、部屋中から不気味な足音の様な鈍く重たい音が響き渡った。

しかし、声を出す事が出来ない。それは、俺だけじゃなく、ここにいる全員が同じ。

問題の16分12秒になると、動画がバグったかの様にガガガッと、ノイズ音を出して画面が気味悪く揺れたり、停止したりと、不可解な現象を始めた。やがて、不気味な音と共に、初めて見る映像へと切り替わった。


―――白昼の校門前


そこには、一人の女性が自転車を押して歩いている。見た事のない女性だけど、制服姿から察すると、この高校の在校生なんだろう。

身長が少し高めで、細身でスタイルが良くてロングの髪を風になびかせているこの女生徒は、どことなく悲しい表情をしている様にも見えた。

この生徒が誰なのか、そんな事は解らないけれど、校門から出ようとした瞬間、今度は私服姿の男が現れたのだ。

何かおかしい…

男は、挙動不審の様な動きで、女生徒へ近付いて行く。その男を見るなり、悲しい表情から怯えた表情へと切り替わった女生徒。

次の瞬間、男が刃物の様な物を女生徒に突き刺した。怯え、逃げ様とする女生徒の背後から、更に刺す…

胸や足や腕など、数カ所を女生徒が刺されると、男はその場で座り込んだ。赤く染まったナイフの様なものを見つめながら、許しを請うかの様に、跪いている様に見える。画面が、女生徒の方へと切り替わった。

ピクリとも動かず、ただ天を仰ぐ様に上向きで横たわっていた。

女生徒の体も、その周りさえも血塗れの湖が広がっている。女生徒は、即死だろうと、直感した。この時、脳裏に何かが浮かび上がって来た。

『高崎市〇〇高校ノ怪』と言うサイトで見た内容そのものだと。

確か、校門で、他校生徒(ストーカー?もしくは元彼氏?)に刺されて即死って書かれていた事を思い出した。


思い出した瞬間、部屋中で鳴り響いていた音が一斉に止まった。


『高崎市山名町×××-×』


画面いっぱいに住所らしき文字が写し出された。

突然、動画はプツンッと消えて、部屋の明かりが静かにゆっくりと灯された。

すぐに、高部がさっきの住所をメモに残した。

俺達は、呆気に取られたまま、金縛りが解けたと言うのに、誰一人として動こうとはせず、その場で唖然と座っていた。

誰よりも先に高部が立ち上がり、今さっき見た事件と、住所に付いて調べてみると言った。

この高部と言う男には、恐怖心なんかないのか?と、思わされた。

暫く放心状態の俺達を残して、高部は足早に家から出て行く。

やっと、口を開いたお祖母さんが言うには、今までの中で一番恐ろしい体験であり、一番不可解だと言った。

そして、何よりも、この女生徒は、俺達に何かを伝え様として、この動画を見せたのだと説明してくれたが、全く持って意味が解らなかった。


俺も、サイトの話をすると、宏美さんのノートパソコンで検索し、みんなで見る事になったのだが、いくら検索をしても見つからない。

ほんの少し前に見たばかりと言うのに、またしても不思議な現象に俺達は恐怖した。

その日は、ここにいる全員が宏美さんの実家に泊まる事になった。

俺も涼太さんも、家に帰る事に恐怖をしていたからだ。

俺達は、これまでの経緯をお互い情報交換として話始めた。色んな話を聞けば聞く程、気になる点がいくつか浮かび上がった。

純平さんの死。

祥子さんの死。

大塚ほたるの死。

小田切貴弘の死。

今さっき聞かされた、涼太さんの元彼女である水瀬風香さんの謎の失踪。

すでに亡くなっている上野くるみと言う同級生の存在と見えない接点。

そして、先程の動画の女生徒と、殺人犯の男。


「おそらく、全ての事件が一つの何かに繋がっていると思う」

俺が口に出すと、みんなも同じ意見の様だった。

「とにかく、今は高部警部からの連絡を待つしかない」と、お祖母さんが言った。確かに、俺達があれこれ考えるより、高部からの連絡を待った方が良いに違いない。そう結論が出た。


その日、俺は夢を見た。正確に言えば、俺だけじゃなく、そこで眠った全員が同じ夢を見たと言うのだ。後日、確認すると、高部は見ていないらしい。

それは、誰も住んでいない朽ち果てた廃屋の前で、全く知らない少女が誰かと話をしている夢だった。その誰かの姿は見えなかったが。

ただ、時代背景的におかしな点があった事に気付いた。少女の服装だ。

今の時代では、考えられない服装だったから。

着物姿で、何やら手には人形を抱いている風にも見えた。

少女が相手に向かって笑顔で何かを話している。話の内容までは解らないけど、とても楽しそうにも見えた。

俺は、一つの仮説を立てた。もしかして、この夢は、俺達があの動画を見た事で引き寄せられたのではないか?と。

そして、この廃屋の場所こそが、動画の最後に写し出された住所の場所なのではと…


2022年 4月12日


朝早くに、宏美さんの自宅に高部から電話が来たのだ。

動画の最後に出た事件に付いて調べた結果、

『2017年 06月14日 ストーカーによって女生徒が校門前で殺害された』と聞かされた。まさに、昨夜の動画がその事件に間違いないと。

殺されたのは、大塚ほたると同級生だった大崎愛奈と言う女生徒だった。

警察が調べた結果、犯人は元恋人であり、他校の生徒。

現行犯逮捕された後、少年院で自ら首を吊って自殺。世間には出回っていない情報らしいけど、警察の力を駆使して高部は調べたらしい。その自殺した彼の実家と、動画の最後に出た住所が一致したとの事。

今からその家に行くけど、一緒に行くかい?と聞かれたから、俺と涼太さん、お祖母さんの三人で同行する事にした。敦司さんは、仕事がどうしても休めないらしく、職場へと向かう形になったのだ。


電話から1時間掛からないくらいで、高部は宏美さんの家にやって来た。

正直、山名町の方に行く事もない為、いまいち場所が解らなかったが、高部は車のカーナビに従って 目的地まで車を進めた。

上り坂を登ると、西山名駅と言う駅に出て、更に奥へと車を走らせる。だんだんと家が少なくなり、寂しい雰囲気が漂って来ると、細い脇道に入る様に、カーナビが指示を出した。やっと、車が一台通れるくらいの道だった。

その道を抜けると「目的地に到着しました」と、カーナビが知らせた。

荒れ果てた100坪程の庭が広がっている奥に、古い家が建っている。

無駄に広い荒れ果てた庭に車を止め、俺達は外に出ると、お祖母さんが数珠を握りながら、お経みたいなものを唱え始めた。

一歩一歩近づくにつれ、足元が重く感じたが、気のせいだろうと思い、更に一歩一歩と奥へと向かう。

廃屋に近付き、割れた窓から中を覗くと、家具などはそのまま残っていた。中に入る事は出来ないから、高部さんを先頭に廃屋の裏手へ回ってみる事に。

お祖母さんは、裏手には回らず、ずっと廃屋の中を見つめている。お祖母さんには、何かが見えたり、何かが聞こえているのだろう。


廃屋の裏には、手前の廃屋よりも更に古いだろう建物があった。当時は、玄関だっただろう場所が剝き出しになっている。

「これ、夢で見た家じゃない?」涼太さんが言うと、俺は頷いた。

高部さんが中を覗き込むと、放置されて数年は経っただろうお仏壇があると言う。文字などは、刃物の様な物で抉られていて読めなかったが、明らかにおかしいだろうと、誰が見ても思う状態。古い廃屋の裏へ回る。

そこには、寂しく佇んでいる朽ちた『井戸』があったのだ。近付いてよく見ると、井戸には部厚い石の蓋がされているのだが、蓋の一部が欠損していた。

その時、お祖母さんが慌てて俺達の元へ来て「こっちは危険だから、早く庭に」と大声を出して俺達をその場から離れる様に促した。

庭に向かう途中、誰かが俺の足を掴んだ様に感じた。すると、お祖母さんが俺に向かってお経みたいなものを唱える。

すると、掴まれていた様な感覚はなくなり、走って庭へと戻った。


「お前達、背中を向けて並びなさい」と、お祖母さんに言われるがまま従うと、ポケットから小さな袋を取り出し、その中にあった塩を俺達に振り掛け始めた。

一連の動作が終わると、すぐにここから離れるから、車を出す様に言う。

高部は、言われるがまま車を運転し、宏美さんの家へと向かった。

一体、あの場所で何があったのか?

お祖母さんは何を感じ、何を見て、何を聞いたのか…

気にはなるけど、それを聞いたら、きっと恐怖するだろう。しかし、何も聞かないままも、気になって仕方がないのも事実。

家に到着するなり、お祖母さんに促され、お祓いを受ける事になった。あの場所で振り掛けた塩に関しては、応急処置にすぎないと言うのだ。

「正美、準備をして」その呼び掛けに、宏美さんのお母さんは何かを運んで来た。

おばさんが、お米、日本酒、塩を、次々と運んで来る。

お祖母さんは、戸棚から大きな水晶を持って来て、何やらお経を唱え始めた。


瞼の奥

更にその奥

脳に記録された『蓋の欠けた井戸』が見える。

井戸の近くで、手毬を付く少女

その少女を優しい眼差しで見守る老婆

やがて、その二人の顔が黒く塗り潰されて行く…


場面が切り替わる。

どこか解らない場所で、男の子と女の子の四人が遊んでいる。

『だるまさんが転んだ』をしている様に見える。

鬼の役は女の子。

一人、また一人と、子供が消えて行く。

そして、鬼役の少女だけが、その場に残る形となった時、少女が振り返った。

見た事もない、あどけない笑顔の少女。

暫くすると、少女の顔が、見る見る内に黒く塗り潰されて行った…






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