あるとき、彼から電話があった。

「すぐにアイルランドまで来てほしい。きみが必要なんだ」

「どうしたの?」

「ホテルの五階から飛び降りて両足の骨を折った。動けないんだ」

「なんで、そんなことをしたの?」

「うっかり羽がないことを忘れちゃってさ。映画で賞を取って浮かれてたんだ」

「こんな突然の電話で、わたしが本当に行くと思ってるの?」 

 思ってるよ、と彼は言った。自信に満ちた声だった。

「オレはきみを小さな巣穴に誘おうとするカラスなんだ。でも、楽観主義者のカラスは、けっしてめげないんだな。種を超えた愛だって勝ち取ってみせる」

 突然涙があふれてきて、わたしは声に詰まった。

 ばかじゃないの、と呟くように言う。

「ああ? なんだって? 聞こえなかったよ」

「待っててって言ったの。これから荷造りするわ」

「了解。きみの匂いが待ち遠しいよ」

 わたしは目にあふれた涙を拭い、それから何千キロも彼方にいる彼にむかって、そっと囁いた。

「ええ、わたしもよ」


                       終

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ローレンツとカラス 市川拓司 @TakujiIchikawa

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