6


 三月みつきを過ぎた頃から、徐々に彼は執筆を再開させた。

 熱や発作は相変わらずだったけど、彼はそれに慣れてしまったようだ。彼なら、地獄にいたって、いずれはくつろぐすべを見つけ出すだろう。

 最初のうちこそ調子がうまく出ないみたいだったけど、何日かすると、彼はすさまじい勢いで言葉をち出し始めた。この頃から、彼はふたたび眠らなくなった。

 三十八度近い熱があっても、激しい動悸どうきの発作に襲われても、彼のペンは止まらなかった。

 目にはかつての光が宿り、彼の饒舌じょうぜつは日ごとに激しくなっていった。わたしが聞いていようがいまいが、彼はただひたすらにしゃべり続けた。ふっと眠りに落ち、ふたたび目を覚ましてみると、まだ彼がしゃべり続けているということもたびたびあった。


 彼はなにかに取りかれたようにマンションのまわりをぐるぐると歩き回った。独り言が激しく、幾度も警官に呼び止められた。

 ああ、とわたしは思った。彼が戻ってきた。この狂気すれすれの才気こそが彼だった。

 結局彼は千八百枚書き、五百枚削って、それを出版社に郵送した。

 さて、と彼は言った。

「どうだろう? 彼らに字が読めるんなら、結果はひとつしかないと思うけどね」


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る