第38話 俺の名は

 バレてないよな?


 はぁー。なんで俺が緊張しなきゃいけないんだよ全く。それにしても信長のやつ、あいつマジで織田信長が取り憑いてるんじゃないかって思えるぐらいの威圧感だったな。


 あいつの喋り方を練習するのにかなり時間がかかってしまった。まあ、なんとか俺が明智光秀ってことだけは信用してもらえたようだ。っていうか信長の奴、なんでコンソメスープなんか知ってるんだよ。戦国時代にそんなものなかっただろ。しくじった。コーヒーとかコンソメスープとか知らない設定なんだぞこっちは。そういえば……合コンのときもカルアミルクを一発目に頼んでやがったなあいつ。こんなことなら事前に次郎から信長やヒデがどういう設定なのか詳しく聞いておけばよかった。


 俺のチャンネル登録者数は80万人。次郎のチャンネルなんかよりも断然上だ。正直見下していた。次郎は俺の敵じゃない。そもそもあいつがYoutubeをやるなんて思ってもみなかった。あいつの人間性は明るいし良い奴なのは間違いない。ただ、残念ながらそれだけ。30万人ぐらいの登録者は獲得したみたいだが、案の定それ以降伸び悩んでいるようだ。


 多田野信長。あいつは駄目。小学生の時は誰よりも目立っていた。明らかにクラスのリーダー的存在。そんなあいつが嫌いだった。妬んでいた。戦国武将ごっこも思い出すだけで反吐が出る。それでも、当時はあいつらと仲良くするしかなかった。興味もない武将になりきるしかなかった。


 それが今となっては何をやっているのかわからないただのフリーター。大学生の頃、久しぶりにあいつから連絡があった。すごい人に会わせると言ったのでホイホイついて行ってみれば、着いた先は怪しいセミナー会場だった。正直引いた。信長、こいつの時代は終わったんだ。この時初めて優越感に浸れた。結局学校でリーダー的な存在だった男の末路なんてこんなもんか。そう思うと俺にスポットライトが当てられた感覚になった。そうか、これからは俺が主役なんだ。


 俺が始めたYoutubeは順調に登録者数も増え、あっという間に収入が増えた。やっぱりね。俺が主役なんだ。信長や次郎に見せつけてやりたい。今、あいつらは何をしてるんだろう。数年ぶりにあいつらの顔を見るため、いや、優越感に浸るために俺は合コンに誘った。


 誤算だった。


 終わったと思っていた信長はまるで別人のように息を吹き返していた。小学生の頃の苦い思い出が蘇る。なんだその喋り方。なんでそんなに堂々としている?お前はまだリーダーを気取ってるのか?……なんでお前が目立っているんだ。この日は俺が二人を見下すための会のはずだった。なのに、味わったのは言葉にできない敗北感。この日は終始信長が中心で会がお開きとなった。くそったれ。


 そして俺はすぐに二度目の敗北を味わうことになる。急遽合コンの次の日に行われた信長の生配信。衝撃を受けた。多田野信長がただ織田信長の真似をしているだけ。しかも、ただ偉そうに喋るだけ。こんなのうまくいくわけない。なのに、終わってみればものすごい反響があった。認めたくない……けど、面白いと認めざるを得なかった。くそが。


 タイミングも悪かった。俺のチャンネル登録者数は順調に伸びたものの、80万人が頭打ちでそこから人も増えていないし減りもしない。これだけいれば稼ぎには困らないが、動画の再生数もいまいち伸びない。不安だった。そして、信長の配信を観て直感的に思った。このままじゃ負ける……。と。


 案の定、信長チャンネルの登録者数の伸び方は凄まじかった。というより異常だった。アキちゃんとの思いがけないトラブルの影響ももちろんあるだろう。しかしあのトラブルは本来であれば信長にとってマイナスに働くはず。あの日の視聴者はほぼ信長を敵と見なしていた。なのに、あいつはそれを覆しやがった。ちくしょう。


 負けるわけにはいかない。俺が主役なんだ。お前はもう終わってるはずだろ信長。どうする。俺は何をすればいい。そんなとき、俺にヒントをくれたのはまさかのヒデだった。豊臣秀吉。画面に映ってすらいなかったあのオタク野郎が、いい味を出していたのは間違いない。現に信長のファンとは別に、秀吉のファンも現れ始めている。


 これだ。


 信長は言っていた。人には本物か偽物かなんて測ることはできない。儂は儂だと。つまり俺が本物かどうかなんて測れないんだよな?お前が言ったんだぜ、信長よ。


 じゃあなってやるよ。お前の流れに乗ってやる。いや、とことん利用してやる。二度とあんな思いをするのは御免だ。絶対にお前だけには負けない。俺がこの武将を選んだ理由は言わなくてもわかるよな?この時代でもお前を討つのは俺なんだよ。


 今日から俺が明智十兵衛光秀だ。




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