第2章 二つの覇道

第39話 三年三組

「今日から新しいお友達がこのクラスに増えます。さあ、早速自己紹介をしてくれるかな?」


「はじめまして。多田野信長です。よろしくおねがいします」


 のぶなが?


 え、名前がのぶなが?嘘だ。でも……冗談のような名前が彼の胸元の名札に張り付いている。


 マジで?漢字まで一緒じゃん。ウケる。信長と名乗る彼は空いていた僕の隣の席にちょこんと座った。


「ねえねえ、信長くんってもしかして織田信長の生まれ変わりなの?」


 一斉に笑い声が上がる。いつもそうだ。僕が何かを喋るだけでクラスみんなが沸く。この感覚が気持ちよくて人を笑わせるのが大好きだった。僕はこのクラスの紛れもない中心のはずだった。


「僕は光安。みんなからはミッチーって呼ばれてるよ。よろしくね殿


「あー。うん、よろしく


「……よろしく」


 転校初日にいきなりミッチーって呼ぶのはさすがに恥ずかしいのかな。殿って呼んでみたのに全然反応もしないし……面白くない。っていうかいきなり呼び捨てかよ。まあいいや。それにしてもなんか暗そうなやつだな。


 まあ誰が転校してきても関係ない。クラスの中心は常に僕だ。最初は信長のことなんてどうでもよかった。


 ________________________________


「や、ちょっとやめてよ光安くん」


「やめてってなんだよ?別にいーじゃんなくなるもんでもないし。ちょっとでいいから貸してよ」


「だ、だめだよ」


「うるさい。フケ男のくせに生意気だな。お前がいつも新しい消しゴム買ってくるから千切りたくなるんだよ」


 嫌がるヒデからお構いなしに奪い取る。そしてそれを細かく千切る。なんでそんなことするのかって?そんなの楽しいからに決まってんじゃん。千切った消しゴムのカスをヒデに投げて頭の上に乗っける。そういうゲーム。遊びだよ。ヒデはどんくさいから消しゴムのカスを頭に乗っけても全然気づかない。いつの間にか頭はカスだらけで今日もフケ男の誕生だ。


「わーまたヒデの頭がフケだらけになってる〜!きったねぇ」


 クラスが盛大に沸いている。いいぞ。もっと笑え。あー今日も気持ちがいい。でも、相変わらずこの笑いがわかってないやつがいる。森次郎。普段は明るいくせにこういうときだけ自分には関係ないと態度で示す。


 気に食わないな。


 次郎はこっちなんて気にせず机に頭を伏せて寝ているみたいだから次郎にもフケをプレゼントしてやろうかな。消しゴムを細かく千切る。いいサイズのカスを次郎にも投げようとしたその時、ひんやりと冷たい床が僕の左頬に体当りしてきた。


 え、一体何が起こった?


 気づいたら僕は椅子からころげ落ちていた。クラスのみんなは誰も言葉を発していない。そして、僕以外誰も転げ落ちてなんかいない。見上げると戸惑う皆の顔とは別の表情がそこにはあった。


「ねー光安。なにが楽しいの?」


 信長だった。


 彼は怒っているようにも楽しそうにも見えない。どんな感情なのか読み取れないからか、彼の顔はすごく怖かった。


「え。信長くん。急に何?もしかして……今僕を蹴った?」


「蹴るわけないよ。ただ光安の椅子を思いっきり引いただけ」


 ???


 蹴ってはない?ただ椅子を引いただけ?いやいやそういうことじゃない。なんで僕は今椅子から転げ落ちたのか。なんで信長は僕を椅子から落としたのか。それが全然意味が分からない。僕の頭は一瞬で真っ白になった。


「はい。これ君の消しゴムでしょ?」


「あ、ありがとう……」


 いつの間にか僕が持っていた新品の原型すらない消しゴムを、信長はヒデに返していた。




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